〜ウォルフガングの子守歌〜
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトが海鷲に行くと、そこには先客がいた。 壁際の席に陣取っている二人・・・一人は、蜂蜜色の髪の、もう一人は金銀妖瞳の提督。 (相変わらず仲がよろしいことだ) ファーレンハイトは苦笑する。 注文したスコッチに口を付けながら、ファーレンハイトは二人を観察する。 いつになくハイピッチで黒ビールを飲んでいる二人。 (あれではせっかくのうまい酒がかわいそうだな) そんなことを考えてしまう。 (あんなに次々と飲んでいては、味わう暇もないだろうが・・・) うまい酒。 いい女。 そして、人生。 この3つだけは、ぜひ、長い時間をかけて味わいたいものだ。 ファーレンハイトはそう考えている。 ・・・と、どうも双璧の様子がおかしい。 何か言い争いを始めたようだ。 (これもいつものことか) ファーレンハイトは苦笑する。 うまい酒・酒・酒・寝る。 もしくは、うまい酒・酒・議論・酒・酒・言い争い・酒・酒・殴り合い・寝る。 いつもの二人のパターンだが・・・どうも今日は後者のようだ。 彼ら曰くの「酒を肴にした活発な議論」が、今日は成立していないのだ。 ミッターマイヤーが若々しい顔を紅潮させて、何かを一生懸命に言っている。 ロイエンタールは、それを面白くなさそうに聞いている。 (珍しいこともあるものだ) つい好奇心が芽生え、ファーレンハイトは二人に声をかける。 「二人で酒談義か?」 すると、ミッターマイヤーがうれしそうに言う。 「ファーレンハイト!いいところに来たな!」 「・・・は?」 「この強情ものに言ってやってくれ!」 「なにを・・・?」 「ああ、ファーレンハイト、気にするな。ただの酔っ払いの世迷い言だ」 「おれはまだ酔ってない」 ミッターマイヤーは、完全に酔っ払った表情でつぶやく。 「・・・まあ、話してみろ、ミッターマイヤー提督」 ファーレンハイトが、あきれつつもそういうと、ミッターマイヤーは嬉しそうな顔になる。 「実はな・・・」 つい数日前、二人で海鷲で飲んでいたときのこと。 いつものごとく、最後は意識が朦朧になるくらいに酔っ払っていた。 先につぶれたのは、これも例によってミッターマイヤーのほう。 どうやって家まで帰ったのか、まったく覚えていない。 しかし、ひとつだけ覚えているのは、背中をなでる優しい手。 そして、子守歌・・・。 「子守歌?」 ファーレンハイトは、あきれたようにつぶやく。 「そう、こいつが歌ってくれた子守歌だ」 「おれは子守歌など歌っていない」 「歌ったって!・・・だから、卿がもう一度歌ってくれたらわかるんだ。さ、歌ってくれ」 「どうしておれが、卿の妄想に付き合わねばならぬのだ?」 「歌ってくれなければ、どうも安心して飲めない!さ、歌え!!」 「・・・いやだ」 「歌うだけだぞ!・・・それとも卿、何か歌えない理由でもあるのか・・・?」 「またそういうことを言う・・・」 「わかった!卿は音痴なんだ!そうだろう!?」 「・・・・・・」 ロイエンタールは苦笑する。 「すまんな、ファーレンハイト。とんだ酔っ払いにつきあわせて・・・」 「いいや、かまわん」 ファーレンハイトも苦笑を返し・・・自分でも思いがけないことを言う。 「おれが子守歌を歌ってやろうか?」 「は?」 「え?」 双璧の二人は、同時に声を出す。 「卿が、子守歌を歌うのか?」 ミッターマイヤーが素っ頓狂な声を出す。 「聞いていたら、もしかしたら誰が歌ったのか思い出すかも知れぬだろう?」 「だから、歌っていたのはロイで・・・」 「俺は歌ってなどいない」 「・・・まあまあ・・・」 ファーレンハイトはもう一度笑う。 「よく聴けよ。アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの歌がただで聴けるんだぞ」 「卿は子守歌一曲で金を取る気か?」 ミッターマイヤーがからかうように言う。 ファーレンハイトはそれには答えず、生演奏をしていたピアニストに何かささやく。 そして流れた曲は・・・。 ねむれよい子よ 庭や牧場に 鳥もひつじも みんなねむれば 月はまどから 銀の光を そそぐ この夜 ねむれよい子よ ねむれや モーツァルトの子守歌だ、と、ロイエンタールがつぶやく。 「お前の子守歌だな」 「・・・ああ」 ミッターマイヤーもつぶやく。 「ウォルフガングの子守歌だ」 家の内外 音はしずまり たなのねずみも みんなねむれば 奥のへやから 声のひそかに ひびくばかりよ ねむれよい子よ ねむれや ささやくような声。 「あいつ、うまいな・・・」 ミッターマイヤーが感心したように言う。 ロイエンタールは目を閉じて聞いている。 幼いころ、誰かが歌ってくれた子守歌。 あれは誰だったのか・・・。 「・・・・・・・?」 ミッターマイヤーは、ロイエンタールの顔をまじまじと見つめた。 (ロイエンタールが、歌っている・・・) ファーレンハイトの歌に合わせて、ロイエンタールが歌う。 (この声だ・・・) ミッターマイヤーは目を閉じる。 そう、この声だ。 いつも楽しい しあわせな子よ おもちゃいろいろ あまいお菓子(かし)も みんなそなたの めざめ待つゆえ 夢にこよいを ねむれよい子よ ねむれや あのときの、子守歌。 優しいテノールの声。 「愛してるぞ、ロイエンタール!」 ミッターマイヤーはそういうと、親友に抱きつく。 「・・・そう叫んで抱きつく相手が違うだろう?」 ロイエンタールはそうつぶやく・・・しかし、瞳は笑っている。 そんな二人をファーレンハイトは苦笑して見守る。 やがて、グラスを手にして、小さく上に掲げる。 「お二人の友情に、乾杯・・・」 よき酒、よき友。 そして、よき人生かな・・・。 |
reureuさん25000キリリク、双璧とファーレンハイトです。 ファーレンハイトがまじめな話で出てきたのは初めてなんじゃ?キャラクターがこれでいいのか、少々心配しつつ書いております(笑) |