Annular Eclipse

 その日は、夏の日差しを思わせる午後の日差しが降り注ぐ雲ひとつない天気だった。風は以外にもさわやかで、その日は窓を開け放して、執務をしていた。

 時々入ってくる風に、レースのカーテンは揺れ、にぎやかな小鳥の声を運んできていた。デスクワークの普段ならうんざりしているところなのだが、今日は窓を開けているためか、思った以上に仕事がはかどり、気分もどこかうきうきした感じだった。

 仕事も一息つき、休憩にしようと思い従卒に頼みコーヒーを入れてきてもらったときのことだ。急に雲ひとつなく晴れていたのに、日がゆっくりと翳り始めた。

「ビューロー…今日、天気は下り坂だなんていってたっけ?」

「いえ。今日は移動性の高気圧のためよい天気なはずですが」

「じゃあどうしてこんなに暗くなるんだ?」

 ちょうどミッターマイヤーが、休憩に入ろうとして時には既に日食が始まっていたのだ。それを知らない、いや忙しさで忘れていたミッターマイヤーたちだった。

「もしかして」

 そういうが早いか、ミッターマイヤーはそばのテラスへと出て行った。
そこから空を見上げると、そこには日食の始まっている太陽が見えたのだった。

「卿らこっちに来て外を見てみろ。これは結構見ごたえがあるぞ」

 そう上官に言われ、休憩をいっしょに取っていた、幕僚がテラスへと足を踏み入れた。
そしてそこで彼らが見たものは、久々に見る日食だった。

「日食ですか」

「道理で、こんなにゆっくりと暗くなるはずですね」

 などと皆の口々から納得の言葉発せられた。

「そういえば今日の日食はどういう日食なんだ?」

「といわれますと?」

 ミッターマイヤーの問いに首をかしげる幕僚たちに説明をついだ。

「皆既日食とか、金環日食とか、部分日食とか、色々あるだろう」

「今日は、金環日食だそうだ」

 突然後ろから聞きなれたテノールの声が聞こえた。

「金環日食か。ところで、ロイエンタール。俺に何か用があるのか?」

「ずいぶんな言い方だな。卿のところに持ってくる書類があったので来ただけだが」

「そうか。せっかくだから、卿も日食見ていったらどうだ?」

「そうしたいのは山々なんだがな、この書類早いとこ持っていかなければならんので遠慮しとく」

 ミッターマイヤーは少々残念な表情を浮かべた。その表情に弱いロイエンタールはもしこの書類を持っていって、時間があけば来るというと、ミッターマイヤーは急に笑顔を取り戻した。結局こいつには敵わないのだなと思いつつロイエンタールは書類を届けるべくミッターマイヤーの執務室を後にした。

 結局ミッターマイヤーは、仕事そっちのけで自然の光と影の織り成すショーを楽しんでいた。しかし、このときばかりは、他のかの人々も仕事を忘れてかなりの人が、この日食を見ていた。どいつもこいつもまったく困ったことである。そしてそのときは訪れた。太陽と月がしっかりと重なって、リングが出来上がった。

「うわー綺麗だな。でもあんなに大きなリングは指に入らないな」

 まるでそれを自分の指にはめるような仕草をしながら、ミッターマイヤーはいった。

「指にないらないなら、首にでもかけておくか?」

「それも嫌。熱いし、それでもまだかなりデカイ」

 いつのまにかまたミッターマイヤーの背後に立っていったロイエンタールに驚くでもなく、現実的な返事をした。

「でも、どうしてこんなに綺麗なんだろうな」

 そのころ日食はゆっくりとリングを解き、また離れ始めている。

「さあな」

「相変わらずつれない返事をありがとう」

 少々膨れ気味のミッターマイヤーに、ロイエンタールは内心苦笑しながら、いつも通のポーカーフェイスを演じたつもりだが、ミッターマイヤーのはわずかな瞳の表情からロイエンタールの苦笑を読み取ったらしい。

「今、笑ってただろう。どうせ俺は子供地味てますよ」

「そんなこと誰も言っていないだろうが」

 しっかりとミッターマイヤーに心を読まれてしまい、鋭くなったものだと内心舌打ちをしたロイエンタールだった。

 すっかり太陽と月が離れること、ようやく天体ショーに満足したのか、さてそろそろ仕事をするかといって執務室の中へ入って椅子に座ろうとしてミッターマイヤーは言った。

「今度の日食はいつかな?」

「気の早いことだなミッターマイヤー。もう次の日食のことか? 今度もまた何年か先のことだろう」

 ミッターマイヤーは、ちょっとむくれながらもその理由を話した。

「わるかったな気が早くって。だってさまた月かは知らないけど、また太陽と軌道が巡り合う訳じゃあないか。俺たちが生きている間に見れるのってほんのわずかだけれどな、長い目で見れば、太陽は色々な星とめぐり合って、離れていってるんじゃあないかな、と思ってさ。まぁ俺たちも似たようなもんだけど。めぐり合って、そして離れていく」

「そうかも知れんな。だがミッターマイヤー。めぐり合ったからといっても離れてないこともあるんじゃないか?俺たちみたいに」

「そうだな」

 ミッターマイヤーは、ロイエンタールのいったことににこやかに微笑みながらいった。

「ところでロイエンタール、さっきから気になっていたんだけどその書類は?」

「これか? 言うまでもなく卿の決済待ちの書類だが」

 応接用の机の上に乗せてある書類を流し目で見ながら、あっさりと言い切ったロイエンタールだったが、ミッターマイヤー絶句するほどの量はあった。そしてため息をいた。

「みんな急ぎ?」

少々ウンザリ気味の顔をしながらミッターマイヤーは言った。

「中にはあると思うが、俺もよくわからん。俺も預かっただけだからな」

「う〜〜がんばって仕分けからしなきゃいけないわけか・・・・・」

「まぁ、がんばることだな。さて俺もそろそろ帰る。ベルゲングリューンとレッケンドルフあたりが、そろそろ小言を言い出すだろうから」

 そういうと、自分の執務室へと帰っていった。さて、みんなで手分けするかと思い、ミッターマイヤーはビューローを呼んだ。

 そしてまた、普段と変わりない一日が過ぎていく。そして星々もまたいつもと変わりないように軌道を滑り行く。そしてまた星々の出会いがあるように、人にもその人生にも色々な出会いがあるのだ。そしてその出会いがよい出会いであり、別れであることを思わずにはいられなかったミッターマイヤーだった。

 時はたち、ミッターマイヤーは一人で金環日食を見ていた。

「めぐり合ったからといっても離れてないだよ・・・」

 つぶやくようにいった。

「おまえは大嘘つきだなよ」

 ちょうど星と星が重なり、リングになった。ミッターマイヤーは一筋の涙を落としていた。星と星があともう少しで離れるというときミッターマイヤーは呼びかけられふと我に返った。

「国務尚書閣下。よろしいでしょうか?」

「あぁ、かまわない。どうした?」

 ミッターマイヤーは瞬時に気持ちの切り替えをし、公人としての顔になった。

 星々もまた出会いと別れを繰り返しながら軌道を滑り、そして人々も出会いと別れを繰り返しながら、時の流れを進んでいくのだ。いろいろな思い出を抱えながら。

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銀鈴様からいただきました。
最初は相変わらずの?双璧のやりとりが何かしら楽しく、そして最後は切なくなってしまいました。
いろいろな出会いと別れがあって、いろいろな思いを抱えて、残ったものは生きていかねばならないのですね・・・。
銀鈴様、すてきなお話をありがとうございました。


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