「おい、明日は競馬場に行こう!」 ミッターマイヤーがそう言ったとき、いち早く反応したのはファーレンハイトの水色の瞳だった。 「また卿の馬・・・いや、フラウ・エヴァの馬が出馬するのか?」 と、そう聞いたのは、前回負けっ放しだったルッツ。 すでに(今回は勝ってやる!)という意気込みが感じられる。 「ああ、今回は帝国ダービーのトライアルに出馬するんだ。 3着までに入れば帝国ダービーの出走権が得られる。で、また競馬場に応援に・・・」 「行くぞ!」と、ひときわ大きな声で叫んだのはビッテンフェルト。 「また食い放題飲み放題だな!」 「ああ、もちろんだ」 「ミュラーも行くな!」 前回ツキについたミュラーはもちろんはずせない。 そう思い、すでにミュラーの胸ぐらをつかんで離さないビッテンフェルトである。 「ああ、今回はおれの幕僚たちも招待してある」 ミッターマイヤーがそういうと、それまで黙って聞いていたロイエンタールの金銀妖瞳が妖しく光る。 「青二才・・・いや、バイエルラインもか?」 その声には、何か、殺気のようなものさえ感じられる。 「もちろんだ。今回の主役はあいつだからな」 「しゅ・主役?」 提督方が素っ頓狂な声をあげる。ロイエンタールの瞳に、敵意以上の何かが光る。 (男の嫉妬はこれだから見苦しい・・・) と思いつつ、ひそかにバイエルラインに同情する提督方であった。 で、例によって馬主専用貴賓席。 今日は帝室杯・春 3200mも行われるため、一段とにぎやか、かつ華やかな雰囲気の馬主席だ。その中で、ミッターマイヤーとその一段だけが異様な雰囲気を醸し出している。 前回も異様な雰囲気だったが、今回はそれにまして異様な雰囲気だった。 そして、それを特に醸し出している提督が一人。 ロイエンタールはおもしろくない。 いつもは自分の隣でにこにことしているミッターマイヤーが、今日はやけにバイエルラインに絡んでいる。 「バイエルラインは初めてか?」 「は、はい、閣下。初めてです」 「どうだ?」 「すばらしいです!(閣下の横に座れて、閣下とこんなにお話しできて・・・)」 にらみつけているロイエンタールの視線が怖いが、それにもましてミッターマイヤー閣下の優しい視線が嬉しい。 自分に話しかけてくださる柔らかな声が耳にしみる。 (ああ・・・閣下、小官は幸せです) 体中からハートマークを飛び散らせ、幸せに浸るバイエルラインである。 「ところで、今度の馬の名前は何だ?まただれかの旗艦の名か?」 焼きそばとソースかつをほおばりながらビッテンフェルトが聞く。 「あ、ああ。今年の名前は旗艦シリーズだったからな」 「シリーズ?」 「ああ、毎年、馬の名前にはテーマを設けている。去年はエヴァが好きな花の名で、その前がエヴァが好きな俳優の名で、その前はエヴァが好きな・・・」 「前はいいから、今年は?」 うんざりしたようにワーレンが言う。 このまま続けると、「エヴァが好きな」を何十回と聞かされるような予感がする。 「なんだ、もういいのか?」 ちょっと残念そうにミッターマイヤーが言う。 ワーレンは、自分の予想が当たっていたことに少し安堵する。 「で今年は『あなたが好きなものの名前にしてよろしいのよ、ウォルフ』ってエヴァが言うんだ。おれは『好きのは君だけだよ』っていったんだが、すべての馬の名前をエヴァにするわけにはいかないだろう?だから、エヴァに相談したんだ、そうしたらな・・・」 エヴァが、エヴァが・・・エンドレスで続きそうなのろけを、ルッツが遮る。 「で、ことしの馬は!?」 「あ、ああ。そうだったな。で、エヴァと相談して艦隊の旗艦の名前にしたんだ。エヴァが 『あなたがいないときでも、宇宙にいるあなたのことを考えることができるように』 って言ってくれてな」 ・・・結局はのろけになる。約1名をのぞき、まわりの人間があきれ顔になる。 (愛妻家の閣下もすてきだ)と、バイエルラインだけがいまだハートを飛ばし続けている。 「・・・でも、今日の馬の名前は違うぞ。出走表を見てみろ」 言われて、本日の準メインレース、ダービートライアル・グリーンリーフ・ステークスの出走表を見る。そのとたん、滅多なことで驚かない提督方の顔が驚きで固まる。 ・・・そして、出走表を食い入るように見ている二人の人物の顔を交互に見やる。 一人は金銀妖瞳を異様に輝かせて。 一人はうれしさと、とまどいと、そして金銀閣下の視線を痛いほど感じ、恐怖に震えつつ。 6枠11番、バイエルライン。 「・・・バ、バイエルライン???」 (なぜ、オスカーでも、ロイエンタールでもなく、バイエルラインなのだ!?) すでに敵意が殺意にまで変わりそうな勢いのロイエンタールである。 「そいつは牧場でやけにおれを追いかけてきたんだ。甘えん坊で、それがかわいくてな、ついお前の名前をつけてしまったんだ、バイエルライン」 にこにこと笑って言うミッターマイヤー。 「ほう・・・・・・そうか。ミッターマイヤー。かわいかったのか・・・よかったな」 震える声を必死で押し隠し、ロイエンタールがミッターマイヤーの髪をくしゃ、とかき回す。 まるでバイエルラインに見せつけるかのように。 (ふっ、おまえはこんなことはできまい) 余裕の微笑み(実は余裕はなかったのだが、ここで余裕を見せておかねば、と思うロイエンタールである)を見せ、ロイエンタールがバイエルラインを見やる。 「しかし、あまり勝ちに恵まれそうな名前ではないな」 「うん、いままで展開に恵まれず、なかなか勝利が来なかった。しかし、今日はダービートライアルだぞ。これで3着までに入ればダービー出走だ。期待も持てるというものではないか」 「そうだなそうだな」(今日も負けるな、きっと) そう思いつつ、ミッターマイヤーの髪から手を離そうとしないロイエンタールであった・・・男の嫉妬は恐ろしい。 それぞれの思惑を潜めつつ、ゲートインが近づく。 今回もそこそこの小銭を使い、そこそこの利益を上げているファーレンハイトは、今回は判断ミスをせぬようにあらゆる情報を仕入れていた。 ミッターマイヤーの馬は来ない。今回は捨てるに限る。 では、どの馬にすべてを託すべきか。 今回はトライアルだ。 ということは、ある程度予想通りの展開になることが考えられる。 ここであくまでひとたたき、という馬はおるまい。 よし、一番人気の馬に賭けよう。単勝を50帝国マルク。 勝負はメインレースだ。 三強の対決と言われている。もちろんその3頭のワイドをボックス買いだ! ・・・・・・勝負だ!と意気込む割には、せこい買い方のファーレンハイトである。 「・・・あの16番の馬、こっちを見てますよ。かわいいなぁ」 ミュラーがつぶやく。 「まるで、買ってくれって言ってるみたいだ」 その一言にルッツが動いた。 よし!本命と16番の馬連で行こう!ミュラーの強運に賭けるぞ! そうつぶやきつつ、窓口へと走る。 そして、ゲートイン。 ガシャ!と音がして、各馬、一斉にスタート!! バイエルラインは幸せの極地にいた。 閣下が、閣下が、自分の名前を連呼してくださっている!! 「行け!!バイエルライン!」 ・・・行きますとも!!宇宙の果てまでも、同盟領だろうとどこまでも! 「差せ!バイエルライン!!」 ・・・はいっ!!!行かせていただきます!!! 「・・・・ふっ、もうバイエルラインはいっぱいいっぱいのようだな」 と、冷たい声。もちろん、声の主はロイエンタールである。 「そ、そんなことはありませんよ。一生懸命、けなげじゃありませんか」 「青二才が不相応なレースに出るからだ。自己条件で満足しておればいいものを」 (コーンビーフにしてやろうか?まだまだトリスタンの域には達していまい) そう言い出しかねない勢いだ。(たかが馬のことでしょ?あんたら・・・^.^;) バイエルラインはいいところなく、人気通りの8着に終わった。 しかし、ミッターマイヤーは満足であった。 「うん、あの甘えん坊が成長したものだ。あのチャレンジ精神を卿も見習うといい、バイエルライン」 「はい!小官もがんばります」 馬が望んでチャレンジしたのではなく、馬主がチャレンジさせたことはこの際どうでもいいらしい。 ロイエンタールはと言えば、バイエルラインが期待通りの惨敗だったことに満足だったらしい。 「馬も、人も、結局は青二才と言うことだ・・・」 一人そうつぶやき、自己満足に浸っている。 提督方はまたまた大騒ぎだ。 ミュラーが最後につぶやいた馬が、なんと2着に飛び込んだ。 ルッツは28.4倍の中穴を当てたことになる。この結果にルッツも満足である。 「よし!この勢いでメインレースもいただきだ!」 勢いづく提督方。 春だというのに、まだまだ暑い日が続きそうだ。 |
このあと、バイエルラインは無事に家まで帰ることができたのでしょうか? ハイネセン侵攻の時、バイエルラインがロイエンタールに対して第一級戦闘態勢を引いたのは このときのトラウマがあったりしてヘ(__ヘ)☆\(^^;) |