黒猫騒動記

今朝も、いつものようにエヴァンゼリンに見送られて出勤した。
いつものように元帥府の門の前で衛兵が敬礼をする。

そして、いつものように「おはよう。いつもご苦労。」と声をかけ、自室へと足を速める。
ウォルフガング・ミッターマイヤーにとって、ここまではいつものように過ぎていったが、自室のドアを開け机へ向かったとき、いつものようにいすに腰をかけることができなかった。
「・・・」
いつ、どこからやってきたのか、彼のいすに黒猫が一匹、太陽の光を全身に浴びて気持ちよさそうに眠っていた。その毛は黒く輝いていて、手入れが行き届いていることがすぐにわかった。首には小さな鈴のついた、青い首輪がかかっていた。
「迷い猫かな?それにしても、どうしてここなんだ?」
ほかの場所へ移してやろうかと思ったが、その姿がなんともかわいらしかったのでそのままにしておくことにした。必要な書類だけを手にとって、出窓に腰をかけた・・・。
時計に目をやると会議の時間が近づいていた。
「おっと・・・遅れたらロイエンタールにワインでもおごらされかねないな」
あいつは・・・と黒猫に視線を移すと、相手もこっちを見ていた。黒と青の瞳・・・妙に懐かしい感じがした。
「にゃーお」
「何だ、目がさめたのか。まだ眠っててもいいんだぞ。俺は今から会議があるからこの部屋はお前だけだからな、遠慮するなよ。」
そういって頭をなでる。黒猫はうれしそうにきゅっと目をつぶった。ミッタ―マイヤーは何かを思い出して、引き出しを開けた。
「腹減ってるだろ。ほら、エヴァが作ったクッキーだ、おいしいぞ。」
「にゃーお」

「いいか・・・ここにクッキーが隠してあるのは俺とお前の秘密だぞ、わかったな。じゃあ行くからな。」
そういって部屋を出る彼の後ろから、チリンチリンと鈴の音が聞こえてきた。
「にゃーお」
「あ、お前、部屋にいろって!!」
「にゃーお、にゃーお」
「俺は仕事なんだっての!!」
「・・・にゃーお・・・」
さみしそうに鳴く黒猫を、しょうがないなあと言い訳しながら抱き上げる。
「静かにしてろよ。どうせ、ロイエンタールとキルヒアイスが一緒なだけだから大丈夫さ・・・」

会議室に着くと、そこにはキルヒアイスだけがいた。ロイエンタールはまだなのか、と問うミッタ―マイヤーに、赤毛の同僚はこう言った。
「執事の方から連絡がありまして、頭痛と発熱、いわゆる風邪のようですよ。」
「そうなのか・・・昨日は元気そうだったのにな」
「・・・ところで提督、その猫はどうされたのですか?」
「あ、こいつ?実は・・・」
・・・気がつくと二人の提督は猫を相手に遊ぶ、ただの子供になっていた。キルヒアイスですら、
「猫のじゃれる姿はやはりかわいいものですね。」
と言って、(何処から持ってきたのか)猫じゃらしを使って戯れていた。もはや作戦会議どころではない・・・こんなことで対貴族連合軍の作戦立案は大丈夫なのか・・・などとは考えない彼らであった。ただ、1時間後「そろそろお開きに」と席を立ったとき、このことはローエングラム侯には絶対に内密に・・・とお互い念を押すことだけは忘れなかった。

結局、その黒猫は一日中ミッターマイヤーにくっついていた―トイレだけは例外だったが。
午前中は帝国軍上級大将をして、クッション、ミルク、餌の調達に奔させておきながら、クッションではなくミッタ―マイヤーのひざの上を陣取り、ミルクではなくコーヒーを、高級缶詰ではなく食堂の食事を選んだのであった。

昼食の時には同僚の提督たちが寄ってきて、ミュラーは抱いてほお擦りをしまくる、メックリンガーは表情といい毛並みと言い実に芸術だなどと褒めちぎる、ビッテンフェルトはどんな高いところから落ちても着地できるんだよなと「実験」をする、ケスラーにいたっては「お前いったい何処から侵入してきた?」と尋問する始末だった。

「卿ら、この猫は卿らのおもちゃではなく他人様の飼い猫なんだぞ。そんなに乱暴に扱うな!怪我でもしたらどうする気だ?・・・ほらほら、こっちへおいで。俺のそばから離れるなよ、いいな?」
そういって黒猫を抱きしめるミッタ―マイヤーを見て一同は思った。
黒と青の瞳には、やはり、彼をひきつける何かがあるのだろうか・・・。

結局その日のミッタ―マイヤーは、突然現れた黒猫の世話だけをしていた(ただ遊んでいただけだったりする)。そして・・・仕事を終えて帰宅するミッタ―マイヤーの腕には、黒猫がいた。

「まあ、かわいい。あなた、どうなさったの?」

エヴァンゼリンは大喜びだった。夫から黒猫を渡されると鼻にキスをしてこう言った。
「いらっしゃい、オスカー。」
「・・・エヴァ、オスカーって・・・」
「あら、ウォルフ、気がつきませんでしたの?この子の首輪にちゃんと名前が書いてますわ。」
見るとそこには「OSKAR」と書いてあった。今まで全然気がつかなかったぞ・・・。

エヴァンゼリンは嬉しそうにオスカーの体をきれいに拭き、食事を与え(あろうことかこの黒猫は家主のワインまでちょうだいしたのである。これには夫妻はただただ驚いていた)、それが終わるとひざの上に載せて遊んだ。ミッタ―マイヤーは、そんな妻の様子を嬉しそうに見ていたがどうしても気になることがあった。何でコイツはエヴァのそばにずっとくっついてるんだ!
さらにこのオスカーは、寝るときまでもエヴァにくっついてきたのである。おいオスカー、お前少しは遠慮しろよ!とプッツン寸前の疾風ウォルフであった。

翌朝、エヴァンゼリンが目を覚ますと、オスカーはどこにもいなかった。
「きっと飼い主のところへ帰ったんだよ。」
「そうね・・・遅かれ早かれ帰してあげなくてはいけなかったんですものね・・・」

そういえば、ロイエンタールのやつ、風邪治ったのかな・・・

そして今朝もまた、いつものように出勤し、衛兵に声をかけて執務室へと向かった。
そこには黒猫はもういなかったが、かわりに彼の親友が入ってきた。
「ロイエンタール、治ったのか?」
「ああ、心配かけてすまないな・・・ところでミッタ―マイヤー」
「なんだ」
「いや・・・ちょっと小腹が減ったんだが、夫人手作りのクッキーをわけてもらえんか。ほら、そこにかくしてあるだろうが。」
「なっ何でお前が知ってるんだよ!!」

クッキーを数個せしめて自室に帰るロイエンタールは一人ほくそえんだ。
俺が黒猫になって、お前の家にまで押しかけていった夢を見ただなんて言ったら、あいつ、どんな顔をするかな・・・。

〈おしまい〉

ラインハルトが貴族連合軍と戦わんとするころの話です。
あーとうとう投稿してしまいました。初めての作品なのでお粗末なのは許してください!!
みつえ様、投稿のお許しをいただきありがとうございました。

みつえより

疾風しゅんっちさんより、かわいいお話をいただきました!
しかし、ネコになったロイさん、エヴァにばっかりくっついていたのは、女好きゆえか、エヴァへの嫉妬か・・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;)
ねこじゃらしで遊ぶキルヒアイス、想像するだけでおばさんは嬉しくなってしまいます。
本当にありがとうございました。


しゅんっち様のHPはこちら HP


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