We Wish You a 
Merry Christmas!

もうすぐクリスマス。
オスカー・フォン・ロイエンタールにとって、今年も頭の痛い日がやってくる。


「メリー・クリスマス、ロイエンタール!!」
右手をひらひらと振りながら、あいつが向こうからやってくる。
そう、毎年この日、ロイエンタールの元へとやってくる“嵐”・・・いや、“疾風”だ。
「おはよう、ミッターマイヤー。相変わらず早いな」
「ああ!・・・そうだ、今日が何の日か、もちろん知っているだろうな?」
「ああ」
ロイエンタールはうっとうしそうに答える。

知らないはずがないだろう?毎年、おまえが底なしに騒ぐ日だ。

「すまんな・・・イブの夜は、いつものようにエヴァと一緒にディナーを楽しむ予定になっていてな」

こいつの女房もそうか・・・どうして女は、クリスマスというと、こうもプレゼントだ、ディナーだと騒ぐのだろう?
まあ、いいか・・・昼も夜も、お前のドンちゃん騒ぎに付き合っていてはたまらないからな・・・。

「その代わり25日の昼はお前とクリスマスのお祝いをするぞ!」

おいおい?もうすぐ30にもなろうという男が、たかがクリスマスごときでこうも騒ぎ立てるんだ?

ロイエンタールは誰が見ても分かるほどのうっとーしそうな顔をする。
・・・しかし、目の前にいるのー天気な提督は、それが分からないらしい。

「だからな・・昼休みになったら、おれの執務室に来てくれ」

・・・え?お前の執務室だって?

「今年はおれと、おれの幕僚たちと、手作りのささやかな宴を用意しているからな」

・・・手作り?

ロイエンタールの脳裏に、いや〜な思い出が一瞬よみがえる。
誕生日のあのどうにもならないようなケーキ(とミッターマイヤー本人は主張する)・・・。
やっとの思いで食べた次の日、猛烈な腹痛に襲われた・・・。
別に毒が盛られていたわけではないのだが、どうしてこうも不可思議なケーキを作ることができるのだ?

「・・・あ、大丈夫だ。ケーキはバイエルラインが担当した」

・・・何?あの青二才が・・・?
余計に心配だ・・・胃腸薬は必需品だな・・・。
いや・・・もしかしたら、解毒剤も・・・。

「・・・実はな、ちょっとした余興も用意した」

は?余興?ますますそれは、不吉な予感がする・・・。

「お前、何か楽器弾けたっけ?」
「楽器…?」
「・・・おっと、いや、なんでもない」
ミッターマイヤーはニコニコと笑っている。
「とにかく、昼休みには来てくれ。時間厳守だぞ」
「・・・ああ」
「じゃ、またあとで」
ミッターマイヤーは上機嫌のまま、手をひらひらと振りつつ足早に立ち去った。

ロイエンタールは不吉な予感を通り越して、悪寒すら感じてきた。
・・・楽器?あの芸術おんちが、楽器だと?
まさか何か演奏でもしようというのか?
ロイエンタールは真剣に考え込んでしまった。
・・・あいつの作った料理と、あいつの演奏する音楽と・・・どちらがましなのだろうか?しかし、ここで敵に後ろを見せては、オスカー・フォン・ロイエンタールの名がすたるというものだ・・・。

昼休み。
「実はわたしもビューローに招待されておりまして」
「ほう・・・さすがの幕僚たちも、自分たちだけでは対処できないらしいな」
「そうではないでしょうが」
ベルゲングリューンとそんな会話を交わしながらミッターマイヤーの執務室に向かったロイエンタールは、部屋に入ったとたん専制パンチを受けた気分になった。

壁を飾る、色紙で作られたわっか。
広い部屋の真ん中にでん!と置かれたクリスマスツリー。
・・・棚や机は、いつの間に準備したのか、電飾で飾られている。
大きなテーブルがおかれていて、その上には七面鳥の丸焼きが置かれている。
そして、その横には・・・。
(青二才め!何がうれしくてあんな大きなケーキを作るんだ!)
・・・そこには、ウェディングケーキもかくやあらんと思えるばかりの大きなケーキが鎮座ましましていた。
ロイエンタールは何か言ってやろうと思ったが、ニコニコと青二才の傍らで笑っているミッターマイヤーを見ると、何もいえないでいる。

「・・・・今年は、いつになく派手だな、ミッターマイヤー」
ようやくの思いで、それだけを口にする。
「ん?あ、ああ。せっかくだからクリスマスらしいクリスマスを、と思ってな。いろいろと文献を調べた」
「文献を、ね・・・」
「はるか昔、人間はこうやってクリスマスのお祝いをしたらしい。由緒正しき方法だぞ」
「・・・それはご苦労だったな、ミッターマイヤー・・・わざわざ調べたのか」
「ああ、お前に本当のクリスマスと味わってほしくてな」
・・・自分のため、と思えば嬉しいのだが、何か違うような気がする・・・。

もちろんその「文献」が「小学校低学年のための楽しいお楽しみ会」であることなど、露ほども知らない双璧である。

「古式ゆかしき」?プログラムにしたがって、いい年をした大人たちの「お楽しみ会」は続く。

「出し物があるんだ」
ミッターマイヤーがニコニコという。
「出し物・・・ね」
「卿も参加するか?」
「いや・・・遠慮する」
「そうか、残念だが仕方ないな」
あまり残念でもなさそうにミッターマイヤーが言う。
「じゃ、聞いていてくれ」
「・・・」
「“ミッターマイヤーとその仲間たち”による、クリスマスキャロルの演奏だ」
平行しているロイエンタールを尻目に、楽器を手に手に、ミッターマイヤーの幕僚たちが楽器の用意をする。
「おれは楽器が弾けないから、歌専門だ」
ミッターマイヤーがにこやかに言う。
「・・・・・・」
「よく聞けよ」
はいはい、とロイエンタールは苦笑しながらも言う。

コホン、と小さく咳払いして、ミッターマイヤーが合図する。
バイエルラインが、ギターを弾きだす。
その音にあわせて、ミッターマイヤーが歌いだす。
・・・結構いい声じゃないか。
ロイエンタールはひそかに感心する。


今夜はクリスマス 一年が過ぎ去って
また年が始まる今 あなたの心に残る思いでは何だろう?
今夜はクリスマス みんな楽しんでいるかい?
身近な人 愛しい人 老いた人 若い人
メリークリスマス そしてハッピー・ニュー・イヤー
なんの迷いもなく 今年もよい年であることを祈ろう

今夜はクリスマス 弱い人 強い人
金持ち 貧しい人 世界はこれでいいとは思わないけど
ともかく ハッピー・クリスマス 
肌の黒い人 白い人 黄色い人 赤い人
さあ この辺で争いはやめようじゃないか・・・
メリークリスマス そしてハッピー・ニュー・イヤー
なんの迷いもなく 今年もよい年であることを祈ろう

(John Lennon “Happy Christmas”より)


「うまいな」
ロイエンタールは素直にそうつぶやく。
「だろう?練習に2週間かけた」
「ほう・・・2週間も、か」
「卿に聞かせたかったんだ」
ミッターマイヤーはそう言うと、ロイエンタールのほほにキスをする。
「ハッピー・クリスマス、オスカー」
「・・・・・・」
「・・・いやだったか?」
「いや」
ロイエンタールは笑うと、ミッターマイヤーのほほにキスのお返しをする。
「ハッピー・クリスマス、ミッターマイヤー」

「あ、あ、あ・・・」
電飾のように、赤くなったり青くなったりしているバイエルラインをビューローが慰める。
(相変わらずの副官たちだな)
そして、ふと思う。
・・・そういえば、おれと一緒に来たはずのベルゲングリューンはどこへ行ったのだ?
いつの間にか消えている・・・結構要領はよかったのだな、あいつは・・・。

お楽しみ会の定番(?)なぞなぞ大会などがつつがなく終わり、いよいよ宴もフィナーレに向かう。
内心ほっとしていたロイエンタールに、ミッターマイヤーがうれしそうに言う。
「さあ、いよいよサンタさんの登場だ」
「・・・・・・」
サンタさん、だと?
声も出ないロイエンタール。
まさか、あの真っ赤な服に袋を担いでくるんじゃないだろうな・・・?

やがて、真っ赤なサンタの衣装に身を包んで現れた男は・・・。
「・・・・・・」
目が点になるロイエンタール。

「・・・卿も、ご苦労なことだな・・・」
苦笑するサンタクロースに、そう言ってねぎらいの言葉をかける。
「心から同情するぞ、ベルゲングリューン」
「いいえ・・・」
ベルゲングリューンは笑って言う。
「ビューローにポーカーでこてんぱんにやられましたので・・・」

もちろん、そのポーカーの際に
「適任はあいつしかいない」
そう思ったビューローがいかさまを徹底的に活用して勝ちまくったのは言うまでもない。それはともかく。

「メリークリスマス、閣下」
そういうと、結構サンタの格好がさまになっているベルゲングリューンは、にこやかに、ロイエンタールに箱を渡す。
「なんだ、これは・・・」
「あ、開けてくれ」
ミッターマイヤーのその声に促されるように、ロイエンタールは箱を開ける。
そこには・・・。

『実はまだまだがきのオスカー・フォン・ロイエンタールへ
メリークリスマス そしてハッピー・ニュー・イヤー!
お前の次の一年が、なんの迷いもなくよい年であることを祈ろう
お前の心からの友、ウォルフガング・ミッターマイヤーより』

と書かれたカード。
そして、銀の細工の施された、品のいいデザインの懐中時計。

「・・・これからも、お前とともに同じ時が過ごせるように」
照れくさそうにミッターマイヤーが言う。
「おれも同じものを買ったんだ」
「・・・おれは、何も用意してないぞ」
困ったようにロイエンタールが言う。
「じゃ、後の楽しみにしておこう」
ミッターマイヤーが楽しそうに言う。
「これからも同じ宇宙を見て、同じ道を進む・・・そうだろう?ロイエンタール」
「そうだな・・・そうありたいものだ」
二人はお互いの顔を見て、笑う。

オスカー・フォン・ロイエンタールにとって、この年のクリスマスは、その最後の時まで、忘れられないクリスマスとなった・・・。

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2002年クリスマス企画。
書き上げるのに、なんと10日もかかってしまった・・・(汗)

クリスマスも、ロイエンタールにとっていい思い出ではないと思うのですが、
ミッターマイヤーとのクリスマスは、いい思い出ばっかりであってほしいものです。
ミッターマイヤーもそれを望んでいると思います。