週末。久しぶりに帰ってきたフェリックスから、フレイアが聞いたのは・・・。 「ダンスパーティ?」 「そう、ダンスパーティ」 士官学校生のチャリティパーティだ。 「おれが学生だったころもやっていたな。文化祭の伝統だ」 と、なぜか嬉しそうにミッターマイヤーが言う。 「女の子とダンスできるのが嬉しくて・・・」 「で、ウォルフはちゃんとムッターを誘っていたの?」 フェリックスに言われ、ミッターマイヤーが顔を赤くして言う。 「当たり前だ!おれはエヴァ以外の女性とはダンスをしたことはほとんどない」 「ほとんど、というのがみそだね」 「・・・フェルはどうするんだ?パートナーは」 さりげなく話題を変えようとするミッターマイヤーに、フェリックスが苦笑する。 「・・・フレイアを誘うつもりだけど」 「あたし?無理よ。ダンス苦手だもん」 「嘘つけ。ダンスの先生が言っていたよ。ステップが軽いと」 一応、国務尚書の娘として、公式の場に出ることも多い。 社交界という奴に必要な一通りのことはさせている。 そして、フレイアはダンスの上達が早かった。 運動神経がいいので、覚えが早い。 しかも、父親が苦手だった優雅な動きもさまになっている。 疾風ウォルフの血は意外な方面で発揮されているらしい。 「・・・ね、ウォルフ、いいでしょ?」 フェリックスが甘えるように言う。 「まあ、バイエルラインの息子のパートナーになるよりましか」 「ああ、そう言えばハンスは彼女と踊るんだって」 「彼女?父親に似ず、手が早いんだな」 「・・・だから、いいでしょ?ぼくはフレイアと踊りたいし」 「送り狼になるなよ」 と言いながら、ミッターマイヤーはフェリックスを見る。 ・・・ますます似てきたな、と思う。しかし。ロイエンタールと違うのは、その表情。 そして。 (フェルはいつもフレイアを見ている) ミッターマイヤーがそれに気がついたのは、もうかなり前のこと。 初めは、兄が妹を案じる表情だ、と思っていた。 次に、ロイエンタールが自分に向けていた表情に似ている、と感じた。 それが、もしかして・・・と思いだしたのは、つい最近のことだ。 10代も後半になり、皇帝アレク陛下がだんだん表に出るようになってきた。 それに伴い、皇太后ヒルダの存在も大きくなってきた。 自分はそろそろ楽ができそうだ、ミッターマイヤーはそう考えるようになってきた。 今まで見えなかったものが見えるようになったのは、余裕が出てきたのかもしれない。 一緒に、妹のように暮らしていても、恋愛感情が生まれてくるのはどうしようもない。 自分とエヴァがそうだったではないか。 しかし、自分の時と違い、フェリックスには最大のライバルがいる。 オスカー・フォン・ロイエンタール。 もうこの世にいない男に、フレイアは恋をしている・・・らしい。 小さいときに映像を見た日から、ずっと。 そして、現実の男は、ロイエンタールに比べるとあまりにも色あせて見えるようだ。 ・・・特にフェルは、小さいころから一緒に暮らしているだけに、まだ兄以上の存在ではないらしい。この点も自分たちと一緒だ。 ミッターマイヤーはなんだかおかしくなる。 ・・・そういえば、エヴァはいつから自分のことを兄ではなく男としてみてくれていたのだろう? 自分はいつからエヴァのことを妹ではなく女としてみていたのだろう? そして、フレイアがフェルのことを兄ではなく、男としてみる日は来るのだろうか? 「・・・また、心が散歩してる」 フレイアに頬をつつかれて、ミッターマイヤーは我に返る。 「なんか、年取ってきて、夢想癖がひどくなったんじゃない?」 「ああ、そうかもな・・・で、フレイア、ダンスパーティはどうするんだ?」 「行くわよ。フェルのパートナーとして。フェルがどのくらいもてるか、見てやるわ」 「・・・それは、どう解釈すればいいの?」 フェルが聞くと、 「知〜らない!」 と言って、フレイアはぷい、とフェリックスと反対の方を向いてしまう。 「・・・そう言う顔、ウォルフそっくりじゃないか」 フェリックスがおかしそうに言うと、ミッターマイヤーが 「それはないだろう?」 と返す。 「おれに似ていたら、ろくなことがないぞ」 「そんなことないでしょ?愛する家族に囲まれて、人生を楽しく過ごせて」 「・・・おれの人生は後悔ばかりだったよ」 とは、思っても口には出さないミッターマイヤーである。 「・・・ねえ、ウォルフ、踊らない?」 突然、フェリックスが言う。 「おい、何を言い出すんだ?」 「ぼくは下手だから・・・ねえ、一緒に踊ろう」 「ちょっと、ウォルフは男性でしょ?」 「士官学校では、背の低い子が女性役をさせられるんだ。 だからウォルフも女性のパートも踊れるよね?」 「それは・・・踊れるけど。・・・どうせおれは背が低いよ」 思わず、士官学校の学生のような口調になるミッターマイヤーである。 その口調がおかしいのか、フェルが笑顔になる。 「いいじゃない。男女両方のパートを踊れるなんてさ。・・・じゃ、練習台になってよ」 ワルツにあわせて、ふたりが踊る。 悔しいことに、ふたりのステップは、なかなかさまになっている。 「何よ、男同士のくせに、さまになっちゃってさ・・・」 フレイアはおもしろくない。自分だけ置いてきぼりを食らったような気分だ。 「言ってくれれば、わたしがいくらでも練習台になってあげるのに・・・」 父親をフェルに取られたのが悔しいのか、フェルが自分よりも父親を選んだのが悔しいのか、 よくわからないフレイアだった。 フェリックスは、ダンスがうまい、ミッターマイヤーはふと思う。 どこで覚えたのか、女性に対するリードが巧みだ。 踊りやすい。 リードされているのに、全く「リードされている」という感じではない。 自然に動ける。 これなら、わざわざおれが練習台にならなくてもいいじゃないか。 「ねえ、ウォルフ」 耳元で、フェリックスがささやく。 「気がついている?その・・・」 「・・・ああ。知っている」 フェリックスの、フレイアへの、思い。 「・・・いいの?」 「おれだってエヴァを愛した。友人からさんざん言われたぞ。『妹と結婚する気か?』ってな」 「それを言ったのは、父なの?」 「オスカー?いや、あいつは結婚なんてくだらんと思っていたから、相手まではどうのこうの言わなかった。というか、関心がない様子だったな」 「じゃあ、いいの?フレイアが・・・その、フレイア・フォン・ロイエンタールになっても」 「その前に、お前がフェリックス・フォン・ロイエンタールにならなくてはな。・・・それに、フレイアの方は何と言うか」 「それは・・・・・・自信がないよ」 「じゃ、まずはそっちが先だな。お前の父がライバルだからな、手強いぞ」 「ぼくは一人の女性しか愛さないから」 「ほう?・・・そうそう、おれは嫉妬深いぞ。父親は最大のライバルだ、と言うしな」 「あ!さっきと言ってることが違うじゃないか。いいっていってくれたくせに」 小さく叫んだ拍子に、ステップが乱れる。 「お前が愛するのは自由だが、おれが認めるかどうかは別問題だ。花嫁の父ともなると、複雑な心境だしな」 「結婚するかどうかわかんないじゃない」 「その程度の気持ちなら、フレイアはやらん」 ミッターマイヤーはまるで少年のようにいたずらっぽい瞳になる。 「・・・双璧がライバルか。手強いなぁ・・・」 フェリックスがため息をつく。 ダンスは、やっぱり苦手だ。うまく踊れない。 |
ははははは・・・ついに、フェル、愛の告白(^.^;
しかし、双璧が相手では、この恋、前途多難だな、うん。