(Episode 1) フェリックス・ミッターマイヤーは、今はもう主のいないロイエンタール家に足を向けた。 明日は父の日だ。 だからどうだ、と言うわけではないが、一度行っておきたい。 行ってどうなるというわけではないが・・・。 ロイエンタールの私邸は、フェリックスの想像以上に大きく、壮麗だった。 自分は、この家に生まれるはずだったのだ。 ふとフェリックスはそう思った。 しかし、自分にはやっぱりミッターマイヤー家の、こぢんまりとしているが暖かい雰囲気の方が身体になじむ。 ロイエンタールが小さいときから仕えていたという、人の良さそうな執事が迎えてくれた。 「フェリックス様がいつかおいでになるとお待ちしておりました」 「一度、父の生まれた家を見ておきたいと思って・・・」 「さ、お入りください」 あるじのいなくなった家は、それでも全く昔のままだ。 (フェリックスが昔のことを知らないから比べようもないのだが)。 使用人達は、きっと自分がこの家に帰ってくることを信じて、それまでこの家を守ってくれるのだろう。 それを考えると・・・切なくなる。 静かなときが、ゆったりと流れていく。 ふと、フェリックスは執事が持ってきた額に目がいく。 「それは?」 「ご主人様がとても大事にされておられました絵です。わたしどもにはその価値はわかりませんが、かのメックリンガー提督が絶賛されておられたとか・・・」 「メックリンガー提督が?」 そう言われて、改めて絵をまじまじと見る。 ・・・細かな彫刻の施された上品な額縁に入れられたその絵は、確かにかつての持ち主に大切に扱われてきたらしい。 水彩で描かれたその絵は、・・・言われれば、芸術なのかもしれない。 しかし、フェリックスにも、残念ながら芸術はわからない。 しかし。その素朴な絵は、昔教科書で見た、 「仲よきことは美しきかな」 と昔の言葉で書き添えられた絵と共通するものがあるかもしれない。 どうやら、素材も同じ野菜のようだし・・・。 「いただいてもいいのですか?」 「どうぞ」 フェリックスは礼儀正しく一礼して、その絵を受け取った。 この絵を愛した、父。 いったいどんな人だったのだろう? 明日は、はからずも父の日。 この絵をミッターマイヤーに見せ、そして聞いてみよう。 もしかしたらこの絵にまつわる、なにかしらのエピソードが聞けるかもしれない。 感慨にふけるフェリックスは気がつかない。 その絵のすみに、小さく、見慣れた几帳面な字で署名がしてあることを。 その署名が“Wolfgang Mittermeire”である、ということも。 (Episode 2) 「父の日には黄色いバラなんですって」 近くの花屋からそう言う情報を、末っ子のマリテレーゼが聞いてきた。 「ねえ、明日は父の日でしょ?おうちをバラで飾りましょうよ」 そう言われて、エヴァは困惑の表情を見せ、フレイアは「おもしろそう」という顔をする。 ミッターマイヤーと、黄色いバラ。 その浅からぬ因縁を、エヴァとフレイアは知っている。 「ねえ、ムッター、マリテレーゼは知っていたっけ?」 「あのお話でしょ?話していると思うけれど・・・」 「ウォルフ、黄色いバラ飾って喜ぶかしら?」 「マリテレーゼが買ってきたと言ったら、喜ばないことはないと思うわ」 「そうよねぇ・・・大体、何で大切なプロポーズに、そんな花使うかなぁ? それよりも、何で父の日に黄色いバラなのかなぁ?」 「きれいじゃない。黄色いバラも」 「・・・ムッターはそうでしょうけどね・・・きっと普段売れ残るから、こういうときに売りさばきたいのよ。花屋の陰謀ね」 「フレイア・・・もう少しロマンチックに考えたら?」 エヴァが穏やかに笑って言う。この少女は、本当に誰に似たのやら。 「ムッター!お花屋さんに行ってくるね」 マリテレーゼがいそいそと出かける用意をする。 「一人ではダメよ」 「大丈夫よ!バイエルライン閣下について行ってもらうから」 ・・・その一言に、エヴァとフレイアが顔を見合わせる。 「・・・・・・心配だわ。よりによって、一番まずい人選じゃないの」 フレイアが頭を抱える。 「あら、そんなことを言ってはいけないわ。バイエルライン閣下はわざわざお休みを返上して警備にいらっしゃっているんですから」 「それはそうだけど・・・」 フレイアの心配は的中する。 やがて、マリテレーゼは花屋中の黄色いバラを買い占めたのか、手に持ちきれないほどのバラを抱えて帰ってきた。 「ただいま!まだあとで届くからね」 「あとで、って・・・」 フレイアが絶句する。追い打ちをかけるように、バイエルラインが笑って言う。 「宅配便で届くと思います。トラック1台分はあると思いますが」 トラック1台分の黄色いバラ・・・どうやって飾ればいいのだ? それより、なぜバイエルラインはこの愚行を止めようとしないのだ? (いくつになっても青二才なんだから!) 心の中で、悪態をつくフレイアであった。 まるでかつての金銀妖瞳閣下のように、「これだから青二才は・・・」とつぶやきながら。 (Episode 3、そして父の日) 前日、重要な会議があって帰宅できなかったミッターマイヤー。 今日は早く帰れる。 一日ゆっくりうちですごそう。 世間は父の日なのだから、子ども達とゆったりとした一日を過ごすのもいい。 そう思いつつ、ミッターマイヤーは自宅のドアを開ける。 「お帰りなさい!!」 家族みんなの声が響く。 ミッターマイヤーは足を踏み入れようとして、絶句する。 玄関を埋め尽くした、正直言ってあまり見たくない、因縁の黄色いバラ。 そしてそれよりも見たくない、ここにあるはずのないあの絵が、美しい額に飾られて、玄関ホールに堂々と飾られていた・・・・。 |
気がつけば今日は父の日でした(笑)
おまけに近くの花屋で聞いてきました。父の日には黄色いバラがスタンダード!(爆笑)
これは書かねばなりますまい・・・・・・・。