から騒ぎ

「ミッターマイヤー提督!」
執務室を出たミッターマイヤーを呼び止めたのは、赤毛の年下の提督だった。
「ああ、キルヒアイス・・・提督」
いつものように笑って答えたミッターマイヤーは・・・しかし、キルヒアイスの様子がいつもと違うことに気がつく。
いつも穏やかで物静かなこの青年が、今日は心なしか元気がない。
「どうかしたのか?」
「ええ、実は・・・」
キルヒアイスの話はこうだ。
最近、どうもラインハルトの様子がおかしい。
なんか、自分に対してよそよそしい・・・と。

ローエングラム元帥府のすぐそばにあるカフェ。
ミッターマイヤーとキルヒアイスの二人は、私服に着替えてそこにいる。
・・・童顔のミッターマイヤーは、キルヒアイスと同期、と言われても通りそうだ。

昼食でも食べながら相談に乗ろう、ミッターマイヤーがそう提案し、キルヒアイスは久しぶりにラインハルト以外の人物と昼食をとっている。

目の前には3人前のサンドイッチと、ジンジャーエール。
「あの・・・ミッターマイヤー提督・・・」
「あ、ああ。おれのもつまんでいいからな。いつもオスカー・・・いや、ロイエンタールとこうやってサンドイッチを取り分けて食べているんだ。遠慮することはない」
「・・・はあ・・・」
キルヒアイスは、ミッターマイヤーの食べっぷりを見ている。
・・・小さい身体なのに、本当によく食べる。
少なくとも自分の2倍は食べている。
妙なことに感心してしまうキルヒアイスである。

「それで・・・けんかでもしたのか?」
自分とロイエンタールのことを思い返し、ミッターマイヤーはそう聞いてみる。
しかし。
「いえ、心当たりが全くないのです」
「そうか・・・」
ミッターマイヤーは、目の前のジンジャーエールを飲み干す。
「まあ、なんにしても、どんなに仲のいい友人でも、恋人でも、けんかというのはあるものだ。気にしなくてもいいのではないか?」
「そうでしょうか」
「そうだぞ、大体卿らは仲がよすぎる。たまにはけんかもいいじゃないか」
「いえ、だから、けんかをした覚えがないので・・・」
「今の状態はけんかではないのか?」
「・・・けんかなのでしょうか?」
「・・・・・・」
ミッターマイヤーは頭を抱える。
なんか、自分たちとは少しずれているような気がしてならない・・・。

キルヒアイスと別れ、執務室に戻ると、やはり私服のロイエンタールがいた。
「やあ、ロイ・・どうしたんだ、その格好は?」
「外に食事に行って、相談事を聞いていた」
「卿もか?」
「ああ」
「もしかしたら・・・」
「・・・ローエングラム侯の悩み事相談だ。最近キルヒアイスが冷たいと」
「嘘だろう?おれはキルヒアイスから、最近ローエングラム侯が冷たいと・・・」
「なんだ、それは」
「・・・さあ」

どうやら、二人でお互いがいつもと様子が違うと心配しているらしい。
「相手を心配しているから、いつもと違ってぎくしゃくしているだけか」
「なんだか、ばからしくなってきた」
「ああ・・・・・・」

やがて、ミッターマイヤーの表情がいたずらっ子のそれになる。
「なあ、あの二人を引っかき回してみないか?」
「・・・趣味が悪いぞ、ミッターマイヤー」
「たまにはいいじゃないか。平和だし、退屈だし」
「平和で、退屈ね・・・」
つくづく自分たちは平和になれていないのだ、とロイエンタールは思う。

しかし、引っかき回すのもおもしろそうだ・・・。

「キルヒアイスに恋人を作るか?」
「女性か?それは無理だぞ」
「では、男性か?」
「・・・それはいいが・・・人選がちょっとな・・・」
ミッターマイヤーの執務室で、こそこそと楽しそうに話し合う二人。
それをおもしろくもなさそうに見ているバイエルライン。
・・・そんなバイエルラインと目があったとたん、ミッターマイヤーの表情がぱっと変わる。
「バイエルライン!」
「は、はい!!」
「・・・卿に、頼みがある」
ミッターマイヤーに至近距離で見つめられ、バイエルラインは叫んでしまう。
「は、はい!なんでもうかがいますっ!!」

双璧は、顔を見合わせて、にやりと笑う。


ミュラーがその噂を聞いたのは、その日の夕方。
「本当か?」
・・・思わずバイエルラインに聞き返す。
「本当です・・・うちの閣下がおっしゃっていたので、間違いないと思います」
「ミッターマイヤー閣下がおっしゃるなら・・・でも、信じられない・・・」
ミュラーはうめくように言う。
「・・・キルヒアイス提督に恋人が・・・しかも、それがロイエンタール提督とは・・・」
「ミッターマイヤー提督もおっしゃってました・・・ロイエンタールがおれに黙って、よりにもよってキルヒアイスと・・・と・・・あ」
バイエルラインはしまった、というように口を押さえる。
「大丈夫だ、誰にも言わない」
ミュラーは笑って、バイエルラインに言う。・・・もちろん、この笑顔が信用ならないものであるくらい、バイエルラインにもよくわかっている。
・・・いや、みんなに言ってもらわなければ困るのだ・・・。

自分が言ったのでは、あまりにもわざとらしくならないか。
そう思ったミッターマイヤーは、実直なバイエルラインに白羽の矢を立てたのだ。
そしてバイエルラインは、その期待によく応えてくれた・・・。

噂は、次の日には、帝国軍のすべての将校の知るところとなっていた。

「キルヒアイスに、恋人?それはほんとうか?」
ローエングラム侯ラインハルトは、報告者に思わず聞き返した。
「事実でしょう・・・みな、そう申しております」
彼の前にいるケスラーは、もっともらしい顔をして言った。
・・・彼は、あらかじめミッターマイヤーからすべてを聞いている。

「キルヒアイス・・・なぜだ!」
若く美しい宇宙の実質的な支配者は、金髪を振り乱している。
「閣下・・・」
それ以上なにも言えないケスラー。
「キルヒアイス・・・姉上のことは、どうなったのだ?」
「閣下・・・」
「おれに黙って、なぜロイエンタールなどと・・・」
「・・・は?」
「ケスラー!ロイエンタールは、今どこにいる?!」
「おそらく、執務室かと・・・」
「呼べ!いや、わたしが行く!!」
言うが早いか、ラインハルトはこれ以上ないという優雅な動作で部屋をあとにする。


そのころ、ロイエンタールの執務室。

「・・・何か、ご用ですか?ロイエンタール提督」
にこにことしたキルヒアイスの笑顔が、ロイエンタールの前にある。
「いや、卿とゆっくり話がしたくてな・・・いろいろと悩みがあるそうだな。ミッターマイヤーから聞いた」
「すみません・・・ご心配かけて」
「いや、それはかまわん。・・・しかし、大丈夫だ、おれとミッターマイヤーがついている」
「はい、お言葉に甘えておまかせします」
「ああ、おれとミッターマイヤーにまかせてもらえれば大丈夫だ・・・」
「はい」
・・・素直に頷くキルヒアイス。ちょっぴりかわいい、とロイエンタールはふらちなことを考える。
「おい、キルヒアイス」
「はい・・・」
「何か、顔についているぞ」
「どこですか?」
「ちょっと、とってやる」
そういうと、ロイエンタールは顔をキルヒアイスに近づける。
「まぶたの上だ。ちょっと目を閉じろ」
「こうですか?」
「そうだ・・・」
ロイエンタールは、そのまま、キルヒアイスの肩を抱いて・・・。

「ロイエンタール!!」
「キルヒアイス!!」

そのとき、叫び声が一つ、いや、ふたつ。

「そ、そ、そこまでやるなんて、聞いてなかったぞ!」
と、ミッターマイヤー。
「キルヒアイス!なにをしているんだ!!」
と、これはラインハルト。
「おい・・・ウォルフ」
なにを言ってるんだ、というロイエンタールの顔。
「ラインハルト様・・・」
どうしてここに?というキルヒアイスの顔。

そして、ユニゾンの叫び声。
「「そんなにキスしたいのなら、おれがさせてやる!!」」

「・・・・・・」
唖然とするキルヒアイス。
「・・・・・・」
心なしか、嬉しそうなロイエンタール。

そしていつの間にか集まっているギャラリーの中に、高感度デジカメを手に小さくガッツポーズをする男がひとり。
(やった!これはスクープだ!)
・・・心の中でそう叫ぶ砂色提督。
固まって動かなくなった哀れなバイエルラインを、引きずって執務室まで帰る、胃のあたりを押さえたビューローの姿もそこにあった・・・。

「なにを言ってるんですか!帰りますよ、ラインハルト様!!」
顔を真っ赤にして、ラインハルトの手を引っ張って、キルヒアイスは帰っていく。
どこか、嬉しそうな顔をして。

ロイエンタールはうつむいているミッターマイヤーの肩に手を置き、
「では、ウォルフ、させていただこうか・・・」

次の瞬間、ロイエンタールの身体は宙に浮いていた。

ミッターマイヤーの打った鮮やかな一本背負いは、唖然とするキルヒアイスの年齢相応のかわいい表情と共に、「帝国軍裏サイト・双璧倶楽部」のトップを飾ることになるのだが・・・それはまた、別の話。

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フェイロンちゃんのHP開設祝いに送りました、お笑い系のミッターマイヤーとキルヒアイスです。
こんなのでよければ、もらってくださいね(^^)ニコ