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オスカー・フォン・ロイエンタールという人物は、いったい何者なんだろうか?とフレイアは思う。 もう死んで15年もたつというのにいつまでもその影が帝国全体を覆っているように感じるのは・・・フレイアがミッターマイヤーの娘だからだろうか? 12月15日、午後4時。 「ビューロー閣下、素敵なお客様ですよ」 従卒にそういわれて、フォルカー・アクセル・フォン・ビューローは顔を上げる。 そこにはミッターマイヤーにそっくりの少女の姿がある。 「いらっしゃい。フレイア・・・今日は国務尚書はいないよ」 「知ってるわよ、だから来たんだもの」 「ほう?」 「あなたと話したかったのよ」 フレイアは、笑う・・・父親そっくりの顔で、その親友そっくりの笑い方で。 その笑顔を見て、思わずビューローは苦笑する。 フレイア・ミッターマイヤーはもうすぐ16歳になる。 長じて、ますますミッターマイヤーに似てきたと評判だ。 しかし・・・少々学校では評判が悪い。 担任の先生方いわく、「人を小馬鹿にしたような態度が目に余る」というのだ。 自分の納得のいかないことは、たとえ上級生であろうと、先生であろうと食ってかかる。 それで何度ミッターマイヤーが学校に出向いたことか・・・。 悪いことに、2つ上のフェリックスや双子の兄ヨハネスが学校で評判の品行方正の優等生なだけに、フレイアの態度がますます目についてしまうのだ。 「わたしは悪くないわ、間違った論理を人に押し付ける学校が悪いのよ」 とは、フレイアの弁である。 それを聞くたびにミッターマイヤーは笑って、 「それはそうかもしれないが・・・もっと器用に生きることができればな」 という。 「器用に生きるって、自分をごまかして生きるってこと?」 「そうじゃないよ。でも、自分を主張してばかりでは、衝突が増えるばっかりだ・・・たまには相手にあわせることも必要だよ」 「それは必要だとは思うわ。でもね、わたしと先生たちって、対等じゃないでしょう? ・・・その権威をふりかざして人に意見を押し付けようとするのがたまらなくいやなのよ」 「フレイア・・・」 ミッターマイヤーは苦笑する。 この性格や考え方はいったい誰に似たのやら。 その、ミッターマイヤー家の「問題児」フレイアは、よく提督方の執務室に遊びに来る。本人いわく、「学校の図書室やゲームセンターよりもずっと性にあってるわ」とのこと。 そして、提督方も結構この少女との会話を楽しんでいる節がある。 今日のフレイアは、学校帰りのようだ。 珍しく制服姿で、ビューローが仕事をしている部屋に入ってくる。 帝国の要人の師弟が通うといわれる、名門といわれるギムナジウムの制服。 ・・・しかし、少々崩して着ているのは、彼女なりの自己主張か。 ビューローは笑顔で、フレイアに声をかける。 「・・・今、学校の帰り?」 「そうよ」 「学校からまっすぐここへ?」 「いけない?」 「いや・・・わたしが君ぐらいのころは、友達と遊ぶのに夢中だったからね」 「ふうん」 「君は、友達とは遊ばないの?」 「友達?クラスメイトのこと?・・・だって、みんながきだもの」 「おやおや」 「それとも・・・お邪魔かしら?」 「いや・・・そろそろデスクワークにも飽きたところだったよ」 ビューローは温和な笑顔を見えると、フレイアにいすを勧める。 フレイアは笑顔をビューローに向け、勧められたいすに座る。 ビューローはフレイアの分と自分の分と、2杯のコーヒーを従卒に頼む。 「コーヒーなのね」 フレイアがうれしそうに言う。 「そうだよ・・・どうして?」 「だからビューロー閣下、大好きよ」 「それはまたどうして?」 「この前ビッテンフェルト元帥の執務室に行ったときは、元帥がココアを出したの。いつまでも子ども扱いよ」 「子どもだろう?」 「もう15・・・明日で16歳よ」 「まだ16だよ」 「でも、もう立派なレディよ」 フレイアはコーヒーを運んできた従卒を見て・・・少しだけ表情を変える。 従卒が持ってきたのは、薫り高い2杯のコーヒーと、たっぷりの生クリームと、砂糖・・・そして、クリームたっぷりのイチゴショートケーキ。 「ビューロー閣下もわたしを子ども扱いするの?」 「どうして?」 「・・・わたし、生クリーム系は嫌いなのよ・・・どうして女の子というと、みんなケーキが好きだと思うのかしら?」 「それはすまなかった・・・何しろ、女性と付き合った経験が少ないものでね・・・女性というと、甘ったるいケーキを思い浮かべてしまうんだ」 「ふうん・・・ウォルフと一緒ね」 フレイアは面白そうに言い、結局ショートケーキをぱくりと食べ始める。 「・・・で?」 ビューローがフレイアを見つめながら、やさしい口調で話しかける。 「で?」 「今日はどんなご用件かな?」 「・・・明日誕生日だから」 「・・・ああ」 ビューローが少しだけ表情を改める。 フレイアの誕生日・・・ということは、明日はかの人の命日ということだ。 「ウォルフは明日はお昼までいないの」 「そう?」 「・・・誕生日はいつもそうよ」 「だろうね」 「どこに行くか知ってる?」 「いや」 ・・・これはうそ。 ビューローは、ミッターマイヤーが12月16日にどこで半日を過ごすのかをよく知っている・・・「悲しみの子(トリスタン)」とともに、半日をすごしているのだ。 「・・・わたしも知ってるわ・・・わたしたちの誕生日が、ウォルフにとってどんな日なのか」 「・・・」 「ウォルフはわたし達が生まれたときに思ったんだって。わたし達は、ロイエンタール提督がくれた子どもだって」 「・・・」 「その理屈で行けば、マリ=テレーゼだけがあの人と何のかかわりのない子なのね・・・」 「・・・そうなるかな・・・でも」 「でも?」 「それは、きみの人生には何の関係もないだろう?」 「・・・それがおおありなのよね・・・みんな、そのことに何らかの関連性を見つけようとするのよ」 「・・・仕方ないかもな。あの戦いは、あまりにも多くの傷を残したから・・・」 「でもね・・・わたしたちは、その戦いを知らないのよ。ロイエンタール元帥のことも知らないわ」 「そうだね」 「なのに、みんなわたしたちに“ロイエンタール”を期待するのよ」 「・・・フレイア」 「・・・また違うわ・・・みんなは、わたしにそれを期待するのよ・・・ヨハネスには、誰もそれを期待しない・・・」 フレイアはそういうと、ビューローに笑ってみせる。 この少女は、こういう心の動きをけして親には見せない。 こういうときの話し相手は、ビューローかミュラーか・・・と昔から決めている節がある。 「わたしね・・・あの人、嫌いよ」 唐突にフレイアが言う。 「だれ?」 「オスカー・フォン・ロイエンタール」 「・・・・・・」 「・・・違うわ・・・本当は大好きよ・・・まるで、まだ生きている人みたいに、好き」 「そう」 「それがいけないのよね・・・」 「どうして?」 「あの人を好きなのは、本当はわたしじゃないの」 「・・・・・・?」 「あの人を好きなのは、わたしじゃなくて、ウォルフガング・ミッターマイヤーなのよ」 フレイアがコーヒーを飲む。 ビューローも一口飲み・・・従卒を呼んで、新しいコーヒーを頼む。 「さめてしまったね・・・新しいのをすぐに持ってこさせるから」 「ありがとう・・・やさしいのね、閣下」 フレイアはにこりと笑う。・・・その表情は、ミッターマイヤーにそっくりだ。 「・・・わたし達が生まれたから、ウォルフは12月16日に大きな声で泣くことができなくなってしまったのかしら?」 「・・・それは違うよ、フレイア・・・ミッターマイヤー閣下は、きみ達が生まれる前から泣けなかったんだ・・・」 「・・・・・・」 「あの人が泣いたのは、ただ一度だけ・・・」 ・・・そう、ミッターマイヤーが泣いたのは、あの日・・・ベイオウルフで、たった一度だけだったのだ。 「いつになったら、ウォルフは解放されるのかしらね・・・」 「それは・・・」 「いつまでもいつまでも・・・死んだ人のことばっかり考えて・・・」 フレイアは少しだけ、悲しそうな顔をする。 しかし、すぐにいつもの顔に戻る。 「フレイア・・・それは、閣下だけじゃない」 「・・・?」 「それは、わたしも同じだよ・・・わたしも、まだ死者にとらわれている」 「そうなの・・・」 「・・・でも、フレイア・・・きみも、フェリックスも、死者のことは考えないほうがいい」 「・・・・・・」 「きみは・・・そうでないと・・・いつかは、自分と他人の区別がつかなくなってくるかもしれない」 「・・・・・・」 「きみの抱えている思いは、きみの思いじゃない・・・それはウォルフガング・ミッターマイヤーの思いだ・・・きみが、それを肩代わりすることはない」 「・・・・・・」 「きみはきみなんだから・・・」 やがて、フレイアは息をひとつ、つく。 「・・・・・・わたし、もう少し早く生まれたかったな」 「どうして?」 「そしたらあなたと結婚できたかもしれないじゃない?」 「え?」 「大好きよ、フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー」 そういうと、フレイアは自分の父親よりも年上の、有能な補佐官にキスをする。 黙ってキスを受けていたビューローは、やがて笑って言う。 「キスは初めて?」 「え?」 「初めてじゃないね」 「・・・・・・ファーストキスは、もう済ませているわ」 「なかなかの発展家だな・・・でも、おじさんを誘惑しないほうがいい」 「どうして?」 「おじさんはすぐに本気になるから」 そう言うと、ビューローはフレイアを引き寄せる。 そして、唇にキスを落とす。 ・・・・・・少しばかり、深い、「大人のキス」を。 「・・・・・・」 フレイアは父親譲りの灰色の瞳を大きく見開いている。 「・・・ほら、おじさんは若い子に弱いから・・・誘惑しないほうがいい」 ビューローはそう言うと、小さく笑う。 「キスだけではすまなくなる」 バイエルラインが執務室に入ってきたとき、入れ替わりに真っ赤な顔をしてフレイアが飛び出してきた。 バイエルラインにあいさつもせず、逃げるように走っていく。 「・・・?」 不審に思いつつバイエルラインが部屋を見やると・・・ビューローが頭を抱えている。 「どうされたのですか?」 心配そうに聞くバイエルラインに、なんでもない、とビューローは手を振る。 「年甲斐もなく・・・われながらまったく、気が若いというのか、どうか・・・」 そうつぶやいたビューローの声が、バイエルラインの耳まで届いたのかどうかは、また別の話。 |
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まずい・・・この二人・・・すごく危ない関係になりそうだ・・・(^◇^; |