新帝国歴2年8月22日。 帝国元帥ウォルフガング・ミッターマイヤーは1年ぶりの愛妻エヴァンゼリンとの再会を喜んでいた。 従卒も護衛も伴わず・・・といっても空港にはビューローが手回しした私服の警備があちらこちらに配備してあったし、もちろん自宅周辺も手抜かりはない・・・はずであった。 大本営から自宅へと向かったミッターマイヤー夫妻がそのままおとなしく帰宅してくださればなにも心配はなかったのだ。 「あら、あなた、調味料がありませんわ」 帰宅後、さっそく台所へとおもむいたエヴァの第一声がそれであった。 「調味料?」 「そうですわ。今夜はせっかくあなたのお好きなブイヨン・フォンデュを作って差し上げようと思いましたのに・・・」 エヴァが困ったようなうるうるお目目でミッターマイヤーを見る。 「今日は外食してもいいけれど・・・」 ミッターマイヤーは妻を安心させるように言う。しかし。 「あら、一年ぶりですもの。それにあなたおっしゃったじゃありませんか。味覚の水準が低下したって。わたし、とても嬉しかったんですのよ。だから、今日は腕によりをかけて・・・」 ミッターマイヤーは愛妻を安心させるようにそっと口づける。そして優しくささやく。 「わかった、買いに行こう」 そして、10分後。 私服に着替えたミッターマイヤー夫妻の近くのスーパーマーケットへと徒歩で向かう姿があった。 あえて徒歩で向かったのは、明日から買い物に行かねばならないエヴァが「道を覚えるように」との配慮である。 しかし。 元帥閣下の令夫人が毎日徒歩で近くのスーパーマーケットに買い物に行くなどと言う想定は、全く憲兵達の頭のなかにはなかった。 しかも、もし何かあったら自分たちの首は確実に飛んでしまうのだ。 かくして、ふたりいちゃいちゃしながら買い物をするその様子を恨めしそうに見ながら、スーパーマーケットの外でただただ立ち続ける羽目になった護衛の兵士達であった。 ビューローがその日の夜、さっそくミッターマイヤー家を訪れ、 「日用品や食事の材料はぜひ宅配をご利用ください」 と、ミッターマイヤー夫妻を説得し、自分の妻も利用している生協を紹介したのは言うまでもない。 8月23日。 「じゃあ、エヴァ、行ってくるよ」 「行ってらっしゃい、ウォルフ」 新婚以来、毎日繰り返される儀式。 ・・・しかし、ミッターマイヤーはなかなかエヴァを離そうとしない。 「・・・どうされましたの?」 「いや、一年ぶりだなぁ、と思って」 そう言って、ミッターマイヤーはもう一度エヴァに口づける。 いちゃいちゃ、いちゃいちゃ・・・。 警備の人間にはたまったものではない。 (結婚して何年になられるのだ?いい加減に落ち着かれればいいのに・・・) 朝っぱらからそう言うシーンを見せつけられ、独身の警護兵にはたまったものではない。 ミッターマイヤーは私服で宇宙艦隊司令本部へと向かう。私服でと言うのは、徒歩通勤のミッターマイヤーがフェザーンの一般市民を刺激しないように、という配慮からである。 しかし。逆に言えば私服では帝国軍元帥などと言う雲上人だと誰にもわからない、と言うことだ。 通勤途中の公園では、ここ数日の徒歩通勤ですっかり顔なじみになってしまったおばあちゃんが今日も朝の散歩をしている。 「おばあちゃん、おはようございます」 もちろん先に声をかけるのは、人なつっこい性格のミッターマイヤーだ。 「おや、ウォルフさん、おはよう」 おばあちゃんは、まさか自分が話しているのが帝国軍元帥であることなど知らない。 ただの通りすがりのサラリーマンだと思っている。 「今日はやけに嬉しそうだね」 「わかります?妻がフェザーンにやっと来たんですよ。これからは一緒に住めるんです」 「おやおや、それはよかったね。・・・どのくらい離れていなすった?」 「1年くらいかな?」 「それは寂しかったでしょうねぇ」 「ええ、昨日久しぶりに妻の手作りの料理を食べて・・・」 30分くらい、立ち話が続く。 警備の人間にはたまったものではない。 自分たちがあまり近くに来ると、ミッターマイヤーがVIPであることがわかってしまう。 しかし、あのおばあちゃんは大丈夫なのだろうか? 地球教徒ではないか、変装したテロリストではないか・・・心配と苦労は続く。 このおばあちゃんだけでなく次々と顔なじみになったお年よりや子ども達に声をかけているうちに、徒歩10分の道のりが1時間くらいかかってしまうミッターマイヤーであった・・・。 そして。夕方にも同じような、いや、それ以上の光景がみられる。 道行く顔なじみにいちいち挨拶をし、子どもを抱き上げ遊んでやり、ついでに公園のゴミ拾いまでしてしまうミッターマイヤーである。 そのたびに警護は神経を使い、疲れ果ててしまった。 かくして徒歩10分の道のりが1時間20分以上かかってしまうミッターマイヤー、そして誰の警備を担当するよりも疲れてしまったみなさんであった。 その日の夜、さっそくミッターマイヤー家を訪れ、 「明日からわたしが迎えに来ましょうか?」 と申し出たが、あっけなく拒否されてしまったビューローだった。 警備の苦労は続く・・・。 8月24日。 自宅に帰ってきたミッターマイヤーが、エヴァにすまなそうに言った。 「実は・・・エヴァ、2週間ほど視察に行かねばならなくなった。・・・せっかく誕生日を一緒に過ごせると思ったのに・・・」 ミッターマイヤーを筆頭とする軍の最高幹部5名は、フェザーン回廊の両端に、新帝都をを防衛する軍事拠点を建設する計画を具体化するため、2週間の予定で視察におもむくべし、そう言う命令が下ったのだ。 思えば、去年の8月30日も一緒に過ごせなかった。 今年こそは一緒に過ごせると思ったのに・・・。 がっくりしているミッターマイヤーを慰めるように、エヴァは言った。 「あなた、お帰りになってからでも大丈夫ですわ。軍務が優先ですもの。お帰りになる日には、あなたの好きな物ばかり作って待っておりますわ」 「エヴァ・・・」 妻のけなげなこの一言が嬉しい。 2週間の視察行。 実は、ミッターマイヤーの警護にたった2日で疲れ果てた?兵達を見るに見かねたビューローがさる上級大将閣下に進言したのだった。 「せっかくの誕生日をご家族と過ごされたいであろうが・・・この29日には、皇帝陛下の大切は行事も控えておることだし、少し憲兵隊の疲れも癒してあげねばな」 「そうですとも!」 と真っ先に賛成したのが、今年も誕生日を自分たちと共に過ごして頂けることに喜びを感じるバイエルラインであった。 おまけにいつも邪魔するあの金銀妖瞳閣下も、今年はハイネセンだし・・・。 もちろん、ミッターマイヤーはそんなことは知らない。 ただただ、妻との別れがつらい。 ミッターマイヤーは妻を優しく抱きしめた。 またしばらくは会えない、せめて今日くらいは、一緒にすごそう。 夜はまだ長いし・・・(なんのこっちゃ!) かくしてミッターマイヤー家の警備を担当する兵士とSPたちは、夜遅くまで聞こえる二人の愛のささやきに悩まされたのであった・・・。(これこれ!) 8月25日。 「じゃあ、行ってくるよ、エヴァ。今度は戦闘もないから・・・」 「行ってらっしゃいませ、ウォルフ。こちらのことは心配なさらないで」 「エヴァ・・・」 「ウォルフ・・・」 もう何回めかの口づけが交わされる。 迎えに来た若いバイエルラインには、はっきり言って目の毒だ。 たくさんの従卒や幕僚が見ているというのに、この人達は恥ずかしくないのだろうか? 「閣下の奥様のような恋人と巡り会いたいと思ってます」 つい先日ミッターマイヤーに「恋人はいないのか?」と聞かれ、そういうことを言った覚えがあるが、いつもこんなだったらしばらくは巡り会わなくてもいい。 見ているこっちが気恥ずかしくてたまらない・・・。 何度目かの抱擁をすませ、名残惜しそうに二人が離れる。 「じゃあ、行ってくるよ」 「あなた、気をつけて・・・」 戦闘はないので、心配いらない。そう言ったのはどこの誰だろうか? 二人はまるで戦場に赴く新婚の夫とけなげな妻のように見つめ合い、名残惜しそうに離れていく。 たくさんの幕僚達と、警備の人間と、従卒のため息に送られて。 しかし、二人も、まわりの人間も知らない。 このひとときが、かりそめの平和であり、嵐がすぐそばまで近づいている、ということを。 |
昨日自分で踏んでしまった10000キリリクです。いちゃいちゃする蜂蜜閣下夫妻。 初めは「どうして蜂蜜閣下は誕生日になると軍務が入ってしまうのか?」という疑問から生まれました。 確か、この前の年も8月30日に軍務が入っていたような記憶が・・・・。 でも、考えてみたら、この直後に起こってしまうんですよね。あの事件が・・・・・・(;_・) |