二人は若い♪

確か、海鷲で、みんなで大きなスクリーンでサッカーを見ていたんだ。
それがどうしてあんなことになったのか・・・。

サッカー。
一個のボールを取り合い、足のみを使って相手のエリアまで運び、ゴールに入れる。
考えてみれば単純なスポーツだが、若い世代を中心に人気がある。
で、世間的には「青二才」呼ばわりされる世代ばかりのローエングラム元帥府の幕僚たちも、地上勤務やささやかな休日はサッカーをこうやってみんなで見て楽しむ。
・・・そう、楽しむはずだったのだ。

ことのきっかけはあるチームのエースストライカー。

「あ、おれ、知ってるぞ!こいつは若い女性に人気があるんだ」
ビッテンフェルトがいつになく大きな声で言う。
おれもその選手はよく知っている。
おれと同じ名前の、ウォルフガング・ベーム。
エヴァンゼリンが自分の部屋にピンナップを張っている。
『帝国サッカー界の“皇帝”』と言われている男だ。
・・・悔しいが、おれよりもいい男だ。
おれよりも背が高いし、男のおれから見てもいい顔をしている。

「そいつは、エヴァがファンなんだ」
何気なくそう言った。
ミュラーが、さもあらん、という口調で言った。
「彼は若い女性に絶大な人気を誇っていますからね」
「いい男だな」
ワーレンも賛同するように言う。
「卿の奥方の気持ちもわかるような気がする」
「うん、おれもわかる。おれなんかが見てもいい男だしな。エヴァがファンになるはずだ」


そう、ここまではよかったのだ。
ここまでは。

それまで気が乗らないような顔をして話を聞いていたロイエンタールが、ぼそっとこう言った。
「女はわからんな。そんなイモのどこがいい?」
・・・イモ?
仮にもエヴァが惚れ込み(もちろん、ファンとしてだ)、ピンナップまで(それも壁にも、天井にも!)部屋に張っているスーパースターを、イモだと?
おれは思わずロイエンタールに突っかかっていった。
「おい、イモはないだろう!訂正しろ!!」
「イモはイモだ。訂正する気はない」
「そこまで言わなくても・・・あ、お前、嫉妬してるんだな」
「おれがどうして、こんな男に嫉妬する?ばかばかしい」


(あれは嫉妬だな)
(ミッターマイヤー提督が「男のおれから見てもかっこいい」なんて言うからですよ)
(そんなこといったか?あいつ)
(いや、ロイエンタールにはそう聞こえたに違いない)
(そりゃあロイエンタール、怒るぞ)
(奥さんがだんなに「あなたよりもあの人の方がすてきね」と面と向かって言ったようなものだからな)
(これは荒れますね)
(うん、・・・下手をすると、血を見るぞ)
おれの同僚達は、どうも影でそういうことをこそこそと言い合って喜んでいたらしいが。
もちろんおれたちは、そんなことは知らなかった。


・・・本当にくだらない、としらふになってからは思った。
しかし。
弁解する訳じゃないが、おれたちはそのときすでに5本目のワインを開けていたんだ。
そしてそのワインは、おれとロイエンタールによってほぼ消費されていたんだ。
つまり、おれたちはかなりアルコールの支配下にあって・・・。

気がつくと、おれはテーブルを思いっきり倒していた。
そして、ロイエンタールの腹に一発ぶち込んでいた。
ロイエンタールからも、強烈なボディブローをいただいた。
そして、いつものように壮烈な殴り合いに発展する・・・はずだった。

あいつが邪魔しなければ。

ざっば〜〜〜〜ん!

水を大量にこぼしたような、音。
・・・おれたちは次の瞬間、水浸しになっていた。

「卿らは、また海鷲の備品を粉々にするつもりか!?」
手にバケツを持ったケスラーの厳しい声が響く。
「仮にもそれが、帝国軍の中枢を担う方々の振るまいか?」

・・・酔いが、いっぺんに醒めたように思った。
ロイエンタールを見ると・・・こっちも興がそがれたような顔をしている。

「全く、卿らは飲むとけんかだな。せめて地上にいるときぐらい、平和裏に解決しようとは思わぬか?」
そう言われると、言い返せない自分がちょっと情けない。
「こんなくだらぬけんかを平和裏に解決するもなにもなかろう?」
少しめんどくさそうにロイエンタールが言う。
「おい、くだらぬだと?」
・・・そう言ったおれの声は、きっと、まだかなり不機嫌で、しかも攻撃的だったに違いない。
またまた弁解するわけではないが、少し醒めたとはいえ、おれはまだアルコールの支配下にあり、きっとロイエンタールもそうだったに違いない。
おれたちは、まさに「こんなくだらぬ」理由で、また、にらみ合っていた。

「わかった!では思いっきり決着をつけろ!」
と怒鳴ったのはファーレンハイト。
「しかし、殴り合いはだめだ。皿やグラスやテーブルが壊れては金がかかる」
「弁償するのはおれたちで、卿ではない。金の心配はいらぬことだ」
ロイエンタールが冷たく言う。
「まあまあ・・・どうでしょう、お二方。ここはわたしに任せて頂けませんか?」
とミュラーがいつもの穏和な表情で、なだめるように言う。
・・・正直言っておれはこの穏やかな男に少々弱い。
「・・・どうするつもりだ?」
「まあ、まずはこちらへ」

・・・10分後。
エプロン姿のおれとロイエンタールは、海鷲の厨房にいた。
ミュラーがおれたちに提案した、ばかばかしくも非生産的な決着のつけかたとは・・・・・・・・・皿洗い競争だった。

「何でおれたちが!?」
思わず二人でそう叫ぶ。
ケスラーがおもしろそうに言う。
「いつも備品を破損して、多大な迷惑をかけているんだ。たまには無料で奉仕しろ」
「で、なぜ皿洗いなんだ?」
「ロイエンタールはともかく、卿が厨房に立てば、店に深刻な迷惑がかかる。わかるだろう?ミッターマイヤー」
おれの料理の腕前を熟知しているルッツが、分かり切ったことを聞くな、と言う顔をする。
「・・・でも・・・」
「つべこべ言うな!さあ、始めるぞ」

ぶつぶつ言いながらも、おれたちは山のような皿と格闘を始める。
おれは、こういうのは本当に苦手だ。
そりゃあ、家にいるときは皿洗いくらいは手伝う。夫として当然の責務だ。
しかし。ふたり分と店の分全部では、量も、汚れ方も、全然違う。
あいつら、しかもいつも以上に油ぎった料理ばっかり注文しやがる。
くそ!!なんて洗いにくいんだ!

ふと、横を見ると、ロイエンタールが黙々と皿洗いをしている。
・・・あいつの屋敷の厨房以外では、初めて見る姿だ。
悔しいことに、様になっている。
皿洗いをしていても、女性がため息をつかずにおれない男、ロイエンタール・・・。
おれはその横顔を、いつの間にかじっと見ていた。

「皿がたまっていくばかりだが、ウォルフ?」
そう言われて、おれは我に返る。
・・・いつの間にか、汚れた皿がさっきの2倍に・・・いや、3倍に。
「ウォルフ・デア・シュトルムも台所では停滞気味か?」
「うるさいな・・・おれの家事能力は知ってるくせに」
「知ってるから心配してるんだ・・・ほら、貸せ。手伝ってやる」
「いい。全部一人でできる」
「・・・お前はそれでいいが、店には閉店時間というものがあるぞ。これ以上迷惑はかけられまい?」
「・・・お願いします」
そう言われて、おれは素直につぶやいた。
ロイエンタールがおもしろそうに笑う。
「では、一時休戦だな」

家事全般は絵画以上に苦手なおれとは違い、ロイエンタールは、貴族の優雅な生活が長いくせに、お嫁さんにしたいくらい家事がうまい。
エヴァには一歩劣るが、そこら辺の女よりもずっと手際がいい。
いつの間にか、ロイエンタールが手際よく皿を洗い、おれがそれをふいて棚にしまう、と言う連携ができていた。
そして、戦場における連携はおれたちの最も得意とするところだ。
あんなにたくさんあった汚れ物が、すぐにきれいになくなってしまった。

そして、最後の1枚が終わったころ。
すでに閉店時間は過ぎていた。
そしておれたちの同僚達は、みんなおれたちを置いてどこか他の店に行ってしまっていた。
(なんて冷たい連中なんだ!!)

店のオーナーに礼と詫びの言葉を言い、おれたちは海鷲をあとにした。
・・・ふと、空を見ると、満天の星が美しい。
「地上で見る星はきれいだな」
おれはそう、思ったことを素直に口にする。
ロイエンタールはおもしろそうに笑う。
「なにがおかしいんだ?」
「いや・・・お前はかわいいな、ウォルフ」
そう言うと、笑い続ける。
なにがおかしいのかわからずに、しかし、おれもつい笑ってしまう。
「飲み直そうか?オスカー」
「いいな・・・おれの家に来るか?お前の好きな白を冷やしてある」
「あ、いいな。おれ、冷やした白大好き」
おれたちは肩を組んで、ロイエンタールの官舎へと向かう。
そう、夜はまだ長いのだ。



しかし、おれたちのけんかの決着はどうなったのだろう?
まあ、いいか。




追記:
次の日、帝国軍裏サイト「あなたの知らない帝国軍」に「夫婦けんかは犬も食わぬ」と題された、
楽しそうに皿洗いをする双璧の写真がアップされていたことを、誰も知らない・・・。


Novelsへ

星野キキさまの12160キリリク、「幸せな双璧」のつもりなのですが・・・。

けんかをする二人って、結構好きなのです。
犬も食わない夫婦げんかですけれど(誰が夫婦だって?)けんかをしていても、二人は幸せなのではないかな?と。
そして、きっと、二人を見ている帝国軍の諸提督方も、それなりに幸せなのでは?と思ってます。

ああ。くだらない文になってしまった(^◇^;)
こういうのでよければ、ぜひ受け取ってくださいませ。