しん・じんぎなきたたかい
  ほいくえんらんとうへん

新・仁義なき戦い 保育園乱闘編 (笑)



それは、些細な事から始まった。

「ファイエル!」
やっとよちよち歩きの幼児期を脱しようとしている子どもの、甲高い声が響く。
「また艦隊ごっこやってるの?」
フレイアは、同級生達の狂乱にめんどくさそうな声を出す。
「うん」
そう答えるのは、赤ちゃんの時からずっと一緒の、フレイアとヨハネスのおもちゃと化している?バイエルラインの息子、ハンス。
「きょうはね、えっと・・・『だい2じらんてまりおかいせんごっこ』やってるんだって」
「『第2次ランテマリオ会戦ごっこ』ですって?」

そのフレイアの耳に、子どもの大きな声がまた響く。

「ロイエンタールの、おおばか野郎!」

その一言は、フレイアの中の何かを刺激した。

ロイエンタール。
その名前がなにを意味するか、まだ幼いフレイアにはわからない。
ただ、「第2次ランテマリオ会戦」で、フレイアの大好きなファーターが戦った相手だ、ということはフレイアも知っている。

そして。
よくうちに遊びに来る提督方が、なぜかその名前を聞くときだけは緊張するのだ。
いつもお膝に抱いてくれる優しいミュラー元帥も、けんかのやり方を教えてくれるビッテンフェルト元帥も、あえてその話題に触れないようにしている・・・。
(ファーターには言ってはいけない名前なんだ)
幼いながら、彼女はそう思っている。

フレイアは、そこにいた、「おおばか野郎」と叫んだ友だちの顔を見る。
よりによって、ミッターマイヤー役をしていたのは、フレイアの一番嫌いなクルトだった。

ぷっつん!!
フレイアの中で、何かが切れる。

★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜

30分後。
国務尚書専用回線のヴィジホンの呼び出し音が高らかに鳴る。
「・・・保育園からです、閣下」
バイエルラインの心配そうな声に、書類に目を通していたミッターマイヤーは顔を上げる。

さらに20分後。
保育園関係者によけいな心配をかけないように、至って一般的な「若いお父さん」(もう若くはないが・・・)のような服に着替えたミッターマイヤーとバイエルライン、そしてミュラー、ビッテンフェルトの4名は、ごくありふれた無人タクシーに乗り込んで、一路双子の通う保育園へと向かっていた。

さらにそのまた10分後。
保育園に着き、年中さんであるばら組のお部屋に駆け込んだミッターマイヤー一行が見たものは、想像を遙かに超えるものだった・・・。

部屋の真ん中に立ちすくみ、まわりを威嚇するフレイア。
足下にうずくまる十数人の哀れな犠牲者、そしてそれを介抱するヨハネス。
いつの間にかヨハネスは、先生の机から勝手に救急箱を持ってきて、手当を行っていた。
そして、まわりにあったはずのたくさんのおもちゃは、保育園の教材がこれ以上壊れる事を恐れたハンス・バイエルラインの手で、おもちゃ箱の中へきれいに片づいていた・・・。

「フレイア!理由を説明しろ!」
いつになく厳しいミッターマイヤーの声が、保育園中に響く。
「理由もなくけんかをするような子じゃないはずだな、お前は!」
「・・・・・・」
「・・・こんな・・・」
と言いかけて、ミッターマイヤーはもう一度室内を見渡す。
十数人の子ども達と、けが人を介抱しているヨハネスと、おもちゃの陰で震えているハンスと。
フレイアの援軍は、見たところ誰もいない。
「・・・お前、一人でやったのか?」
「ん」
フレイアがうなづく。
ひゅぅ、とビッテンフェルトが口笛を吹く。
「やるじゃないか、お前の娘」
「・・・調子に乗るからそんな事を言わんでくれ、ビッテンフェルト」
「いや・・・それにお前の息子も、バイエルラインの息子も、なかなかよくできた連携プレーを見せたな」
そう言われて、ミッターマイヤーは苦笑せざるを得ない。
・・・確かに、3人の連係プレーはたとえようもない成果を生み出していた。

ミュラーがうつむいているフレイアを抱きかかえる。
「かわいい顔が台無しですよ、お嬢さん」
「ミュラーていとく・・・」
父親譲りの、灰色の瞳が大きく見開き、大粒の涙が流れる。
「うわ〜ん!!」
大好きな大好きなミュラーの胸に抱かれて、フレイアが泣きじゃくる。

ミュラーがフレイアを隣のお部屋へと連れて行ったあと、ミッターマイヤーは情報収集を始める。
「ヨハネス」
「はい・・・」
「最初から見ていたのか?」
「うん」
「よし、話してみろ」
「あのね・・・」
ヨハネスは話し出す。
艦隊戦ごっこのこと。
第2次ランテマリオ会戦ごっこをしていたこと。
(ちょっとミッターマイヤーの表情が微妙に変化した事に同行した提督方は気がついた。・・・しかし、あえてそのことには触れない)
そして。

「フレイアはクルトを突き飛ばしたんだ・・・」
「どうして?」
「『あんたなんかがファーターをしないでよ!』って・・・」
ミッターマイヤーは頭を抱える。
「・・・それはフレイアが悪いな・・・」
「そしたらね・・・クルトがフレイアを怒らせたんだ・・・そして、殴り合いになったの」
「クルトはなんと言ったんだ?」
「クルトはね・・・こう言ったんだ・・・ファーターの事を人殺しだって」
「・・・・・・」
ミッターマイヤーの呼吸が、一瞬、止まったようにビッテンフェルトには思えた。
「クルトのお父さん・・・ロイエンタール軍にいたんだって・・・ファーターの艦に攻撃されて、死んだんだって・・・・・・」
「・・・・・・」
「クルトのお母さん、ファーターがテレビに出るたびに『人殺し』ってつぶやくんだって」
「・・・」
「だから、フレイアが怒ったんだ・・・」

「フレイアは、父親の名誉を傷つけられて怒ったのか・・・」
ビッテンフェルトは、彼らしくもなく小さな声で言う。
「たいした子じゃないか」
「・・・しかし、クルトという子が言った事は事実だ。子ども達には気づかれたくはなかったが・・・おれは人殺しだ」
ミッターマイヤーは自嘲するように言う。
「しかも、何百万人もこの手にかけた」
「・・・そんな顔をして、子ども達の前に立つなよ」
ビッテンフェルトが、ミッターマイヤーの肩に手を置く。
「それを言うなら、みんな同じだ。みんな等しく、同じ罪を背負っているんだ」
「ああ・・・」
「そういう時代だったんだ」
「・・・柄にもない事を言うな、ビッテンフェルト」
「言わせるのはいつもお前だぞ、ミッターマイヤー・・・お前がそんな顔をすると、天上のロイエンタールが嘆くからな」
「・・・・・・」
「おれはロイエンタールと約束したんだ。お前にそんな顔はさせないと」

そのころ。

「・・・そうだったのですか・・・」
ミュラーの温和な表情が、優しくフレイアを見る。
「ファーターは人殺しじゃないわ」
少し涙声で、フレイアがつぶやく。
「そうですよ、フレイア・・・あなたのファーターが人殺しなら、わたしも、あなたが大好きなビューロー提督も、みんな人殺しになってしまう」
「ちがうわよね?」
「そうですよ・・・」
ミュラーは、優しい嘘をつく。

いつか、子ども達も真実を知るだろう。
戦場では人が変わったようになっていた自分たち。
人殺しの技術を磨き、より多くの人の命を奪うために英知の限りを尽くした、あの時間。
それを知ったとき、どう判断するかは、この子達に任せるべきだ。
そして、まだ子ども達は幼すぎる・・・。

父親と同じ、蜂蜜色の髪を、ミュラーはもう一度優しくなでてやる。

さらに30分後。
保育園の園長に謝るミッターマイヤーに、園長は恐縮しつつも
「まあ、ご家庭でもよくお話下さい」
と、常識的?な一言をミッターマイヤーに言うのを忘れなかった。

園庭では、たった一人の女の子にたたきのめされた子ども達を情けなく思ったビッテンフェルトの「誰でも勝てるけんかのやり方」教室が急きょ行われていた。
「いいか!いい事を言うときは大声で、悪口を言うときはさらに大きな声で、だ!」
「はい!!」
その返事に満足そうに笑うビッテンフェルト。

そして。
けんか教室の合間にビッテンフェルトがした自慢話があまりにも心に残った子ども達は、翌日からフレイアの事を
「黒色槍兵隊」
と呼ぶのだが・・・それは別の話。


さらに。


「遊園地に行きたいな」
一生懸命にフレイアを慰めていたミュラーに、フレイアがちょっぴり笑って言う。
「そうですね、ではファーターにお願いしては?」
「ミュラー提督と行きたいの」
「それは光栄ですね」
「・・・遊園地で、おとなのでーとをしましょう、ナイトハルト・・・」

・・・わずか5つの女の子にそう言われてしまった今だ独身のミュラー元帥閣下は、一瞬、驚いたように砂色の瞳を見開き、そして苦笑したのだった・・・。


novelsへ

全く関係ないのですが、2002年、今年の24時間テレビのお題は「家族」・・・(笑)