Kyrie Eleison  (主よ、あわれみたまえ)

初夏の日差しがまぶしい、ある日。
「帝国軍の双璧」と呼ばれるふたりは、地上車に乗り込み、一路オーディンの郊外に向かっていた。
目的は・・・言わずとしれた、バカンス・・・ではなくて。


ミッターマイヤーの従卒を務める幼年学校生の父親が、先の出兵で戦死したという。
まだ幼い表情の従卒は
「父は、皇帝陛下のために死ねて、満足だと思います」
と、けなげに話した。
その表情を見たミッターマイヤーは、わざわざ休暇を取り、従卒の父親の葬儀に出るためにオーディン郊外の小さな村に向かった。
むろん、半分公用であるという自覚があるので、エヴァは同行していない。

いつになく元気のないミッターマイヤーを見たロイエンタールが
「おれも一緒に行こうか?」と言い出した。
「その村には、ロイエンタール家の別荘がある。小さなコテージだが、二人で泊まる分には不自由はない」
ミッターマイヤーが「うん」とも「いいや」とも言わないことをロイエンタールはいぶかしく思ったが、返事がないのをいいことに無理矢理同行することにした。


葬儀は村の小さな集会場で行われた。
村人の多くが、小さな集会場に集まった。
質素だが、穏和で人付き合いのいい故人の人柄がしのばれる葬儀だった。

従卒の少年も、その家族も、上級大将であるミッターマイヤーのわざわざの弔問を恐縮し、
「ぜひわが家においでください。ささやかな宴で故人をしのびたいと思いますので」
と申し出たが、ミッターマイヤーは辞退した。
そして、村に一軒しかない店で買ったチーズと上等とは言えないワインを手に、ロイエンタール家のコテージへと向かったのだった。


ロイエンタールは夕食を用意して待っていてくれた。
「どうだった?」
と聞かれて、ミッターマイヤーは
「ああ・・・優しさにあふれた式だった・・・」
とだけつぶやいた。
「いくら優しさにあふれていても・・・別れの式だからな」とも。
「どうしたんだ?」
いつもの彼ではない。
こんなミッターマイヤーは、初めて見る。
覇気が全く感じられない。


夕食と、そのあとのワイン。ミッターマイヤーはほとんど話さない。
何杯目かのワインをグラスにつぐと、礼のかわりにミッターマイヤーが話し出した。
「・・・あのな、ロイエンタール」
「なんだ?」
「おれは、もう人の死を悲しめなくなっている・・・」
「・・・何だ、急に」
「自分自身が人の生き死にをつかさどっているというのに、それを空気のように感じてしまう」
「・・・一人一人の死を悔やんでいては、大軍は動かせないだろう?」
ロイエンタールが自分のグラスにもワインを満たす。
「それを一つ一つ悔やんでいては、身が持たないぞ。
それに、つかさどっているのはおれたちじゃない、天上の神々だ」
「お前が『神』を口にするのか?」
「人の運命を左右するほど、おれたちはえらい存在じゃないということだ。
おれたちはその運命に従って、手を下しているだけにすぎない」
「・・・」
「みな、死ぬべき時に死んでいるだけだ。気にすることはない」
「・・・そうだな」
「どうしたんだ?卿らしくないな」
「なんでもない・・・なんでもない」
ミッターマイヤーはグラスの中のワインを見つめ、ぐい、と飲み干す。
ロイエンタールが再び、グラスの中にワインを注ぐ。


「小さいときに犬を飼っていた。あの従卒くらいの時だ」
ミッターマイヤーが淡々と話し出す。
「かわいいんだ。小型の犬で、いつもおれの足にまとわりついていた」
「狼(ウォルフ)と犬がじゃれ合っていた訳か」
「変なこと言うなよ・・・結構年を取っていて・・・二階のおれの部屋で一緒に寝ていたんだけど・・・だんだん階段も登れなくなって、そのうちに歩くのもつらそうで・・・おれがいつも抱えて散歩に連れて行ってた」
「友だちだったのか?」
「・・・あいつが死んだときは、悲しかった。半日泣いて、学校にも行かないで、一日あいつに付き添って・・・もう犬なんか飼わないと思った」
「ミッターマイヤー・・・」
「あんなにおれは悲しんでいたのに・・・
今じゃおれの命令一つで何万人の人間が死ぬ。
そして、それを当たり前のように感じ、時には高揚感さえ覚えるおれがいる」
「お前の悪いところは、時々、そう言うことを考え出すところだな」
ロイエンタールが蜂蜜色の髪をくしゃ、とかき回す。
「人殺しなら、それに徹しればいいものを・・・どうしてお前は」
ミッターマイヤーが、ロイエンタールにもたれかかる。
「おれにもわからん・・・時々、とてつもなくどうしようもない気分になる」
「おれにだけは言ってくれ」
ロイエンタールはそっと、ミッターマイヤーの髪をすく。
小さい子どもにするかのように。
ミッターマイヤーが小さくつぶやく。
「・・・また子ども扱いして。おれがどんな気分か・・・」
「だから、こうするんだ・・・子どもみたいなんだからな、卿は。
大人はそういうことは胸の中に納めておくものだ」
「そうなのか?」
「そういうところがガキだ、と言っている」
「言ってろ」
そういいながらも、ミッターマイヤーはロイエンタールに身体を預ける。
「このまま、眠ってもいいか?」
「ああ」


眠りに落ちる前、ミッターマイヤーは、誰に言うともなく、つぶやいた。
「あの子は・・・今頃、悲しんでいるのだろうか・・・?」


いっそ、狂ってしまえたらいい。
深い心の深淵に、どこまでも堕ちていって。
自分が救われることなど、かなわないのだから・・・・・・


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暗い・・・ああ、暗い(^.^;

ロイエンタールとミッターマイヤー、あの二人は、似ていないようで、その魂は実はそっくりなのではないでしょうか?そして、心のひずみは、表に出さない分、ミッターマイヤーの方が大きいのではないでしょうか?