GOOD NIGHT BABY・・・

その日、ミッターマイヤーの執務室を一人の提督が訪れた。
バン!と音を立ててドアを開けたのは、オレンジ色の髪の猛将だ。
「ビッテンフェルト提督、ミッターマイヤー閣下にご用ですか?」
と、声をかけたのはミッターマイヤーの忠実な幕僚の一人、最年長のビューローだ。
「申し訳ありませんが、閣下は今皇帝陛下の所に行かれてますが・・・」
「あ、いや、ミッターマイヤーと卿に用事があったのだ」
そして、少し言いよどむ。
「小官にですか?なんでしょうか?」
ビューローが聞くと、
「ミッターマイヤーと卿の今日の予定は?」
「いえ、特にありませんが・・・」
「では、飲みに行こう。いや、おれの官舎で飲まないか?」
「提督の私室でですか?」
「ああ。・・・ワーレンも来る。あいつの好きな410年の白を用意している」
「そうですね・・・」
ビューローはためらうように机の上を見る。
デスクの上のカレンダーは今日の日付けをさしている。
・・・12月16日。

今日はひとりで、どこかで、ゆっくりと友人を偲んで飲もうと思っていたのだが。

「閣下にお伺いしてみます。ご返事は、提督の執務室の方にいたします」
「そうしてくれ・・・あ、それと」
「なんでしょう?」
「よければ、元帥と幕僚ではなく、先輩と後輩として来てくれ」

ビッテンフェルトが去ったあとも、ビューローは考える。
『先輩と後輩として』
軍隊の世界は、年功序列ではない。
たとえ自分より下であろうとも、階級が上なら上司であり、敬意を払わなければならない。
ビューローは自分よりも年下の上司に仕え、いつも敬意を持って接していた。
士官学校で多少の因縁があるミッターマイヤーに対してもそうだ。
「『先輩と後輩』ね・・・」
今更どんな顔をすればいい?
もうあれは遠い過去の出来事なのだというのに。

「ビッテンフェルトが?」
「はい、どうされますか?」
・・・・・・ミッターマイヤーは少し考える。
今夜は、確かに飲みつぶれるまで飲もうと思っていた。
しかし、それは、どこかの小さな酒場で、できれば一人で、と考えていた。
・・・それができるかどうかは別問題として。
「どうする?ビューロー」
「そうですね・・・行かれませんか?」
「卿は行くのか?」
「はい」
ビューローも、今日は飲み明かそうと思っていた。
すでに、家族には理由を話し、「今日は帰れない」と伝えてある。
一人よりも、たくさんいる方が、胸が痛まなくていいかもしれない。
ビューローはそう考えた。

それに・・・今日はミッターマイヤーをひとりにしてはおけない。
一人にしてはいけない。

やがて、ミッターマイヤーは微笑んで言う。
「そうだな、卿が一緒ならおれもつきあおう・・・朝まで飲むか?」
「はい」
「そう言えば、卿と飲むのは初めてか?」
「そうですね・・・・・・士官学校時代は、わたしもまだ若かったので」
「酒の魅力がわからなかった。か?」
「はい」
うそつき、とミッターマイヤーが小さくつぶやく。
ビューローは、そのつぶやきが聞こえなかったふりをする。
・・・その口調は、まるで士官学校時代のもののように聞こえたので。


ビッテンフェルトの官舎ははっきり言って殺風景だ。
普段、彼がここをあまり利用していないのがはっきりとわかる。
きっとこの部屋は、その部屋の所有者が寝るためにだけ存在しているのだろう。
・・・しかし、今日はにぎやかだ。


ミッターマイヤーがどこから買ってきたのか、おつまみ代わりのチーズやサラダを持ってきた。
「エヴァに電話をしたら、『買っていってね』とアドバイスされた。おいしい店も教えてくれた」
そう言って笑う。
「気を遣ってもらってすまんな・・・さ、飲もう!」
ビッテンフェルトのその言葉を合図に、酒盛りが始まる。


もともと明るい楽しい酒を好むビッテンフェルトは、次から次へと杯を重ねていく。
ワーレンの酒はどちらかというと、自分で騒ぐよりも同僚の騒ぎぶりを見て楽しみ方だ。
ビューローはと言えば、やはり年長者の自覚があるのか、物静かにグラスを傾ける。
そして、ミッターマイヤーは。・・・白ワインの入ったグラスをじっと見つめている。
そして、なにも言わずにぐい、と飲み干す。
その繰り返しだ。

ビューローが気遣うような表情でグラスにワインを満たす。
「・・・ああ、すまない・・・・・・」
一瞬の放心状態。
まるで初めてビューローがそこにいたことに気がついたかのようにつぶやく。
そして、グラスを飲み干す。
・・・こんな酒がおいしいはずがない。
しかし、3人の年長者は、あえてミッターマイヤーになにも言おうとしない。

沈黙を破ったのは、ビューローの声。
「ほら・・・少しは楽しそうに飲め」
ミッターマイヤーがグラスから顔を上げる・・・ビューローの口調が変わっている。
「・・・昔と同じだ」
ミッターマイヤーが言う。少し、照れくさそうに、そして、嬉しそうに。
「あれからもう16年?17年?」
「おれたちが16だったな。お前が15」
ワーレンが、こちらも懐かしそうに言う。
「おれたちがもう34だ・・・年を取ったな、本当に」
「あのときのお前は本当にかわいかったな、ミッターマイヤー」
ビッテンフェルトが昔を懐かしむ表情になる。
ミッターマイヤーが照れくさそうに言う。
「もう忘れた」
「アルバム、あるぞ。見るか?」
ワーレンがからかうように言う。
「見ない」
ミッターマイヤーがつぶやく。
「絶対に見たくない」
・・・その、子どものような口調に、ワーレンが少し驚く。
「かわいかった、じゃないな。お前、まだかわいい」
「言ってろ」
「そう言うところは生意気になったな。昔はもう少し先輩を立てていたぞ」
「今は階級も一緒だろう?今さら先輩面するな」
「みんな、おれを追い越したんだな・・・」
ビューローが昔を懐かしむように言う。
「でも、まだあんたはミッターマイヤーの保護者だな」
ビッテンフェルトのからかうような一言に、ビューローとミッターマイヤーの両方が苦笑する。
「もうこいつには保護者はいらない」
「もうおれには保護者は必要ない」
二人同時につぶやき、顔を見合わせ、同時に笑う。
「・・・うそだ。おれはまだ、あなたに頼りっぱなしだな」
「そんなことは」
ビューローは心の中でつぶやく。
本当にそうなら、どれだけ楽になることか・・・。
自分の心も、この人の心も。


夜は更ける。
ペースの速かったビッテンフェルトとワーレンはすでに眠っている。
ミッターマイヤーとビューローだけが、相変わらずワインを飲んでいる。
もう何本目だろう?
ミッターマイヤーの瞳は、すでに酔いに支配されている。
「もう寝た方がいい。明日に差し支えます」
ビューローがそう言ってグラスを押さえると、ミッターマイヤーがビューローを見つめる。
酔ってはいるが、その表情はかつての、15歳の新入生の顔だ。
「おれは・・・」
「え?」
「おれは、卑怯者だから、一人で何でも背負い込んでいるような顔をして
・・・こうやってみんなを巻き込んでしまう・・・
みんなだって、大切な人間を失ったのに、おれだけこんなに悲しんで・・・」
「みな巻き込まれたいんですよ。気にすることはない」
「あなたも?」
「はい」
ビューローはミッターマイヤーの髪を梳く。
かつてかの親友がそうしたように。
「わたしは・・・わたしの人生があなたと共にあれたことを嬉しく思うし、
これからもそうありたいと思っていますよ」
「ずっと?」
「はい」
「ありがとう・・・ビューロー先輩」
ミッターマイヤーがつぶやき、目を閉じる。
そのままソファにもたれかかり、少しして寝息が聞こえてくる。
・・・酔いと、眠りの神に、やがてミッターマイヤーは優しく抱かれて眠りにつく。


「・・・寝たか?」
たぬき寝入りをしていたワーレンが目を開ける。
「はい」
ビューローが言う。その手は、まだミッターマイヤーの蜂蜜色の髪を梳いている。
「今日は一人にしておけなかったんだ」
「そうですね。・・・わかります」
「久しぶりにこういうかわいい寝顔を見るな。まるで士官学校時代だ」
「きっと夢を見ていらっしゃるんでしょう。昔の夢を」
「・・・だとしたら、起きたらまた悲しくなるな」
「大丈夫です。わたしがそばにいますから」
「・・・お父さん、か・・・」
「本当にそうだったらどんなにいいか。・・・もっと甘えて欲しいんですけれどね」
「33歳の元帥閣下に甘えてほしい、か・・・」
「いつまでも15のがきですよ、わたしにとっては」

ミッターマイヤーは夢を見ていた。
それは「夢を見ている」という自覚のある、奇妙な夢だった。
かつての楽しかったころの夢。
ビューローがいつもそばにいた。彼の愛してやまない金銀妖瞳もそばにいた。
そして、なにも考えずに笑っていられた自分の夢を。

目が覚めたら、また悲しくなるかもしれない。でも・・・。
夢の中で、ミッターマイヤーはビューローの手を握りしめていた。
ビューローがその手を握り返す。
ミッターマイヤーは、その手が自分にもたらしてくれる温かい何かを感じている。

ビューローは、ミッターマイヤーから握りしめられた手を、そっと優しく自分の手で包み込む。

この手があれば、少しでも、前に進めそうな気がする。


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夢で見た、「酒盛りをする『士官学校の問題児達』の風景です。
・・・いかん、これはなにか別ヴァージョンをどっかで描きそうな予感が(ーー;)・・・いや、忘れよう・・・