The dreams in the midsummer noon

〜真夏の昼の夢〜

ミッターマイヤーがロイエンタールと長期休暇を取り、二人で旅行に出かけたらしい。
最愛の妻であるエヴァを置いて、だ。
行き先も、エヴァ以外は誰も知らないらしい。

これは大変だ!と提督方は大騒ぎする。
二人はやっぱりそういう仲だったのか?とやけにわくわくする者、
秘密の勅命でもうけているのか?といぶかしがる者、
反応は様々だった。

唯一何かを知っているらしいエヴァンゼリンは、と言えば、優しく微笑んでこういうだけだった。
「夢をごらんになりに行かれたのですわ」


そのころ。
騒ぎを起こした張本人たちは、恒星間旅行の定期船に乗り、ある星を目指していた。
一人は笑顔全開で、もう一人は憮然とした表情で。


その星は、自由惑星同盟領ではあるが、辺境と言っていい場所にあった。
ハイネセンよりははるかにフェザーンに近い。
いわゆる“国境の星”ということになるが、しかし、涼しい気候から避暑地として人気があった。

久しぶりにまとまった休暇が取れたヤン・ウェンリーは、被保護者であるユリアン・ミンツと共に、その惑星に向かっていた。

目的は、言わずとしれたバカンスだ。
しばらくは大規模な戦闘もないらしい。
しかし、これからはわからない。
せめて休暇が取れるうちに消化しよう、
ヤンはそう思いまとまった休暇を取ったのだった。
キャゼルヌ先輩が何か言っていたが、もちろん無視した。
これが最後の休暇かもしれないじゃないか。


「うわー、提督、すごいですね」
目の前に広がる草原を見て、ユリアンが感激したようにいう。
「ここは牧場だからね。この中に100頭以上の仔馬が飼ってあるそうだよ」
「そうなんですか」
「ほとんどが競走馬だそうだ」
「提督、競馬なんかやったことあるんですか?」
「いや、わたしは賭け事は苦手だよ。でも、自然の中で自由に走り回る馬を見ているとなんだかほっとするじゃないか」
「本当ですね。戦争のことなど忘れてしまいそうだ」
「ああ、そうだね」
ヤンは大きく背伸びをする。と、その動きが止まる。
「・・・ユリアン、どうやら忘れてしまいたいのはわたしたちだけではなさそうだよ」
そういうと、ヤンは少し離れたところにいる二人の若者を指さす。

ユリアンは、そこにいる二人の青年を見る。
・・・なんとなく、いや、否応なしに目を引く存在だ。
一人は黒っぽい髪をした長身の青年、もう一人はやや小柄な、蜂蜜のような色の髪をした青年。
二人ともサングラスをかけているので、表情までは見て取れない。

「彼らもわたしと同職のようだ」
「会われたことありますか?提督」
「いや、初めて会うよ」
「・・・部隊もたくさんありますからね」
「そうだな。彼らもせっかく戦争を忘れて楽しんでいるんだ。わたしのような人間が声をかけて興をそぐとこともないな」
そういうと、ヤンは首を振る。
ユリアンはちょっといぶかしんだ。
(提督・・・まるであの二人を知っているみたいだ)
そして、記憶をたどり出す。

しかし、ユリアンの記憶には二人の顔はない。


そのころ。ヤンに見られているとは知らず、サングラスの二人は、低レベルでの口げんかに興じて?いた。

「全く、卿にもあきれる」
ロイエンタールが子どもを叱るような声で言う。
「たかが馬のことで、どうして危険を冒さねばならぬのだ?」
「そんなに怒ることはないだろう?」
ミッターマイヤーは子どものようにぶつぶつという。
「それに怒っているのなら、ついてこなければいいのに・・・」
「それは卿の奥方に頼まれたからだ!『ウォルフをお願いしますわ』と言われては、引き受けぬ訳にはいくまい」
「まあまあ、そう言うな。いい星だろう?」
「ああ、いい星だ・・・しかし、おれたちがどこにいるのかわかってるのか?」
「ああ。ここは帝国領ではなく、自由惑星同盟の勢力範囲だ」
「・・・わかってはいるようだな」

二人のばか者、いや、若者、ウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールはこの星の育成牧場にミッターマイヤーの奥方、エヴァンゼリンの馬を見に来ていたのだ。

帝国と同盟はお互いに戦争状態ではあったが、フェザーンを介して、民間レベルでの交流がないわけではなかった。
ミッターマイヤーとエヴァンゼリンの持ち馬にも同盟領から輸入したいわゆる「外国産馬」がいた。
これがどの馬も結構強いのだ。
ミッターマイヤーもエヴァも、大いに期待をしている。
で、デビューを控え、休養先の牧場で稽古に励む自分の馬を、ミッターマイヤーはこんなところまでわざわざ見に来た、というわけだ。

「お前ときたら偽名も変装もなし、サングラスで顔を隠すだけで堂々とここまでくるのだからな」
ロイエンタールが呆れたように言う。
言葉使いが「卿」から「お前」に変わったのは、一応この星が同盟領だ、と言うことに配慮してのことだ。
ミッターマイヤーが笑顔で返す。
「ウォルフガングもミッターマイヤーもごくありふれた名前ではないか。同姓同名も多かろう。それに、お前と違って、おれの顔はそう売れてないからな」
「お前は報道用の画像を取られるのを嫌っているからな・・・」
その理由も、ロイエンタールはよく知っている。しかし、だ。
「お前の顔も、おれの顔も、軍関係者なら知っておろう。危険を冒してまで馬を見に来たいのか?仮にもお前は帝国軍中将なんだぞ」
と、一応常識論を言う。しかし、言われた方はこたえていない。
「お前はおれが馬だけ見に来ていると思っているのか?」
「違うのか?」
「・・・・・・いや、違わない」
ミッターマイヤーは笑顔を見せる。いつもの、お日様全開の笑顔だ。
ロイエンタールがこの笑顔に弱いことをよく知っていてのことだから、その辺の女よりもたちが悪いというものだ。
「・・・それに、堂々と来ているのはおれたちだけではないぞ、あそこを見てみろ、ロイ」

ミッターマイヤーが目線で示した場所を、ロイエンタールが見る。
自分とあまり変わらない年頃の黒髪の青年と、14・5歳だろうか、まだ若いがしっかりした雰囲気の、亜麻色の髪の少年がそこにはいた。
「・・・どうやら、我々と同職のようだな。同盟の軍人だな?」
と、ロイエンタール。
「ああ、そうだろう」
「バカンスか、気楽なものだな」
「それはおれたちも一緒だ。何も言えまい?」
「・・・そうだな。それに、一応むこうは自分の陣地内だしな」
皮肉を言うのだけは忘れないロイエンタールである。
「じゃ、表敬訪問するか?」
そういうと、ミッターマイヤーはサングラスを取り、先刻の二人組に近づいていく。
「おい、何をする気だ?」
「あの男と話をしてみたい」
「お。おい、待て、ミッターマイヤー!」
「ああ、ここではお前はオスカー、おれはウォルフだ。それ以外の名前で呼ぶなよ」
そういうと、ずんずんずんずんと二人組に近づいていく。
「こんにちは、旅行ですか?」
・・・こいつ、意外と同盟公用語がうまいな、と妙なところで感心するロイエンタールである。

驚いたのはヤンの方だ。
まさか、向こうの方から自分たちに話しかけてくるとは思わなかった。
つい、間抜けともとれる返事をしてしまう。
「ああ・・・はじめまして」
「ご旅行ですか?」
ミッターマイヤーが人好きのする笑顔を見せる。ヤンが思わず笑い返す。
「ええ、避暑に」
「馬がお好きですか?」
「いえ、たまたま通りかかっただけです。あなたは?」
「ここに自分の馬を預けているのです。ほら、あの馬です」
ミッターマイヤーが指さした方をヤンが見る。
たくさんの仔馬の中に、何か目を引く、美しい馬がいる。
「いい馬でしょう?」
「きれいな馬ですね」
「ええ、だから気に入ってます」
「・・・それでここまで?」
「ええ、たかがそんなことで、ここまで」
ミッターマイヤーは笑う。
・・・本当によく笑う人だ。
ヤンはそう思い、その笑顔を好ましいものに思う自分がなんとなくおかしくなる。

「・・・子どもさんですか?」
ミッターマイヤーがユリアンを見て言う。
「まさか、こんな大きい子どもはいませんよ。・・・この戦争で両親を亡くしましてね、わたしが育てています」
「では、養子?」
「・・・いえ、というより、被保護者と保護者の関係ですね」
「そうですか・・・うらやましいな」
「え?」
「・・・え、いえ、なんでも」
二人は、馬を見つめたまま、黙っている。

「・・・わたしは、あの子を戦場に出したくない、そのために戦っています」
ぽつりと、ヤンが言う。
「それは、あの子が戦場に行く前にこの戦争を終結したい、ということですか?」
ミッターマイヤーが、視線を馬に向けたまま問う。
「終結しなくても、たかだか50年かそこらの平和でいいんです。
50年もあれば、その間に、人類はもっと利口になると思う。
そして、よりよい和平への道が開かれるんじゃないですか?」
「・・・わたしも、この戦争を終わらせるために戦っています。でも、きっとあなたとは違うと思う。
わたしは、この宇宙が一つになって、初めてこの戦争が終わると思っていますから」
「・・・・・・・」
「でも、その前にやらねばならないことがたくさんある。少なくとも、今のままでは困ります・・・50年も待てない」
「・・・・・・・」
「数百年もかけて進化できなかった人類が、たかだか50年で利口になれると思いますか?・・・外科手術が必要なんですよ」
「それは、新しい世の中を作る、と言うことですか?」
「・・・わたしたち夫婦にはまだ子どもはいませんが、いつかは生まれるであろう自分の子どもに、今のままの宇宙は残したくない。そのために戦っています」
そして。ミッターマイヤーは首を振る。
「すみません、自分らしくもないことを話している。あなたとは初めて会ったというのに」
「いいですよ、それはわたしも一緒ですから」
「お互い様ですね」
「そうですね」
そして二人、顔を見合わせて苦笑する。

「・・・この戦争が、もしも、本当に終わったら」
ミッターマイヤーがヤンを見ていう。
「そのときは飲みませんか?」
「いいですね。どこで?」
「あなたの星の、行きつけのお店で」
「・・・いいですね」
「きょうはこれからどうされます?」
「ホテルに向かいます。あなた方は?」
「長居できませんから帰ります」
「不自由な身ですね、お互い」
「ええ、お互い」
そういうと、二人は握手をする。
「・・・またお会いできるといいですね。お互い、この戦争が終わるまで生き残れるよう」
「全くです。こんな戦いで命を落とすのはばかげています」
もう一度、固く、お互いの手を握りあい、二人は離れる。


「おい、ミッターマイヤー、なにを話していた?」
少し離れたところでミッターマイヤーを待っていたロイエンタールが聞く。
その問いには答えず、ミッターマイヤーは別のことを言い出す。
「オスカー、あの馬の名前を決めた」
「なに?」
「あの馬の名前はヒューベリオンだ。今、決めた」
「・・・それは」ヤン・ウェンリーの旗艦の名前だ。
「いかにも奇跡を起こしそうな名前じゃないか」
「知っていたのか?あれが、誰かを」
「ああ、知っていた」
「全く、お前という奴は・・・・・・」
ロイエンタールが苦笑する。


「何を話されていたんです、提督」
話の邪魔をしないように、少し離れたところで待っていたユリアンがヤンに聞く。
「・・・・・・・」
ヤン・ウェンリーは答えない。
「お知り合いなんですか?やけに親しくお話でしたね」
「・・・ユリアン、あの二人の顔をよく覚えておくといい」
「え?」
「あれが“帝国軍の双璧”だよ」


きっと、それは、真夏の太陽が見せた真昼の夢に違いない・・・・・・。


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あとがき
競馬シリーズ番外編です。
ある方からいただいたメールを読んで、急に発想がわきました。
でも、かなりご都合主義だぁ(^.^;

今週のG1を見ることができなかったので、ちょっと遊んでみました。
やっぱり同盟は苦手だ・・・キャラをつかんでいない自分がちょっと悔しいなぁ。