Oh! My Little Girl

その日も、フェリックスは小さな花束と、ケーキを買って帰ってきた。

最近週末になると、必ず士官学校から帰ってくる。
そして、おきまりのように花束とケーキ。
・・・そして結局は、一番渡したい人には渡せずに、
「・・・はい、ムッター、おみやげ」
と、エヴァに手渡してしまう。
そんなとき、ミッターマイヤーが
(ほらほら、どうした?)
と、本当に嬉しそうな笑顔を見せるのが、フェリックスは悔しくてたまらない。
(自分だって、7年もかかったくせに)
と思うのだが、義父と同じ方法以外に愛の告白の方法が思いつかない自分も情けない。
本当に帝国軍一の漁色家、ロイエンタールの血を自分は引いているのだろうか?と思うこともある。
つくづく女の子に対しては不器用だ。


今日も、フェリックスはケーキ屋に寄って買い物をする。
毎週買っているので、もう常連と言っていい。

「・・・今日は、何にされます?」
若い女性の店員さんのいつもの問いに、フェリックスはいつものように答える。
「・・・女の子が喜びそうなケーキ」
いつもはここでチョコレートケーキなのだが、今日は違った。
「お客様、新製品のケーキに致しましょうか?」
「新製品のケーキ?」
はい、と言って店員さんが示したのは、レモンのケーキだった。
「へぇ・・・涼しそうだね」
「レモンババロアです」
・・・たまには目先を変えてみるか。
フェリックスはそう思い、おすすめのババロアとパイ・ド・シューを包んでもらう。


「ただいま!」
フェリックスの声が玄関ホールから聞こえる。
「あなた、フェリックスですわ」
「ああ。今日はなにを買ってきたやら」
ミッターマイヤーはいかにも嬉しそうに言う。
エヴァが夫の、そんな子どものような表情をとがめるように言う。
「いい加減に許してあげたら?」
「なにを?」
「フェリックスのこと。フレイアだって、憎からず思っているはずですわ」
「だめ」
「また、そんなことをおっしゃるの?」
「おれも7年かかったんだぞ。そのくらい苦労してもらう。それにフレイアがフェルをどう思っているか、わからないじゃないか」
「フレイアはフェルが大好きですわ。それはあなたもご存じでしょう?」
「・・・あいつはロイエンタールに似ているフェルが好きなんだ。フェルという人格を愛しているんじゃない」
「そう思っているのは、父親だけかもしれませんわ」
「お、おいおい。どっちの味方なんだ?」
「心配なんですわ。フェルはあなたに似ているから。近くにずっと、自分のことを誰よりも思っている女性がいるのに、気づかずに7年間も・・・」
「はいはい、わかったわかった。どうせおれは鈍感だったよ」
少し赤くなって、ミッターマイヤーがつぶやく。


「おかえりなさい」
と声をかけてくれたのは、エヴァではなかった。
(フレイア!)
フェルの心臓が、どきどきと大きく打つ。
いつもスラックスを好んではくフレイアが、今日はきれいなラインのスカートをはいている。
「あ、あの・・・その服、きれいだね」
「ありがとう」
フレイアがにこっと笑う。
(よし、いい感じだ!!)
「あ、あの、デートか何か?」
「今日はウォルフが珍しく早く帰ってきたのよ。だから、夕食は外で食べようって」
「へ、へえ、そうなんだ」
「ハインリッヒ兄様も今フェザーン駐在だから、みんなで久しぶりに、ってムッターが」
「うん・・・」
「どうしたの?フェル」

(今日こそは・・・今日こそは・・・)
かつて彼の蜂蜜色の髪の義父がしたように、フェルは大きく息を吐く。そして。
「あ、あの、フレイア、これ、君に」
「え?なにかしら?・・・わあ、わたしレモンババロア大好きよ。ありがとう!」
(よし、成功だ!)

もちろんフェリックスは、この一部始終を、リビングに続くドアの影からミッターマイヤー夫妻に見られていることを知らない。

(こら、もっとしっかりしろ!)
ミッターマイヤーがじれったそうに言う。
(あら?反対されていたんじゃありませんの?)
(それはそうだけど・・・見ているとじれったくなる)
(あらあら)
フェルを見ているとまるで20数年前の夫を見ているようだ、とエヴァは思っているのに。

「あの・・・フレイア。これもあげる」
「あら、きれいな花。これもわたしに?・・・ありがとう」

なんだか、二人の台詞まであのときと同じような気がする。

「えっと・・・笑顔が・・・フレイアで・・・えっと・・・なんだったっけ?」
しどろもどろになるフェルを、フレイアは笑ってみている。
・・・やがて、勇気を振り絞ってフェルが叫ぶ。
「・・・好きだ!」

(やった!)
ミッターマイヤーは自分のことのように笑顔になる。
・・・反対していたことなど、どっかに飛んでいってしまっている。

しかし。歴史は繰り返さなかった。

「・・・それで?」
フレイアの、意外と冷静な言葉が、フェルと、ギャラリーを少し驚かせる。
「・・・それで?って?・・・だから・・・・・・」
「そんなの前から知ってたわよ。」
「え?え?」
「フェル、あなた、ウォルフ並みの愛の告白しかできないの?」
「え?」
「あなたにはオスカー・フォン・ロイエンタールの血が流れているんでしょ?もっと気のきいたこと言えないの?」
「・・・・・・・」
「わたしを落としたいのなら、もっと気のきいた言葉と、もっと気のきいたプレゼントを持ってきなさいよ。そうしたら・・・」
フレイアは頬を染める。
「・・・いいわね、花束と、ケーキと、そういう愛の告白は不可!・・・次回に期待しているから」
それだけ言うと、フレイアはくるりとフェルに背を向け、自分の部屋へと帰っていった。
両手に、しっかり、ケーキと花束を抱えて。
「ほんと、不器用なんだから・・・」
と、小さな声でつぶやくのがミッターマイヤーにも聞こえた。


「あいつ、もしかしてフェルよりもオスカーに似てないか?」
ミッターマイヤーは半ば呆れたように言う。
「ロイエンタール元帥の生まれ変わりみたいな子ですもの」
「死んだ日に生まれただけだ」
「あら、そうかもしれませんわよ」
「・・・・・・男を次々に取り替えることだけはしないでほしいな」
「大丈夫、あの子はフェリックスを愛していますもの。ロイエンタール元帥があなたを愛されたように」
「え?」

一人残ったフェリックスは、
(ウォルフみたいに、勇気を出してキスくらいすればよかった)
と思った。しかし、そんなことをしたら、フレイアから、
「フェル、あなた、ロイエンタール元帥の息子のくせにキスは下手ねぇ」
と言われそうな気がして、自己嫌悪に陥っていた・・・。

初恋は、レモンババロアの味。


novelsへ


フェリックス、初めての告白、あえなく返り討ち。がんばれ、おばさんが応援しているぞ!(おい)