(1) 士官学校の卒業式。 一番印象に残ったのは、それまで自分たちをしかりとばし、殴り、時には優しくしてもくれた、 一番身近な教官である軍曹達が、自分たちに対して敬語を使ったことだった。 「これからのご武運をお祈りします、少尉殿」 敬礼を受け、あわてて敬礼を返す。 「軍曹も壮健でな」 昨日まで敬語で応対していた相手に、自然にそう言えた自分が不思議だった。 学校で学んだ知識など、実戦には役に立たないものだとすぐに思い知らされる。 士官学校の主席も、最前線ではただの経験不足の新米士官にすぎない。 ・・・初めて戦場に出たとき、水爆ミサイルのハレーションを美しいと思った。 あの光の中でいくつもの命が消えていることなど、頭になかった。 ワルキューレのコクピットの中で、吐き気を覚えた。 それは恐怖からか、それとも突然全身を襲った強いGのせいか。 あとは無我夢中で、自分が無事戦艦に帰れたことが不思議だった。 「よくやった」 そう言う上官の声が、幾重にもフィルターがかかったかのように、遠くに聞こえた。 与えられた部屋に帰って、シャワーを浴びた。 しかし、身体からまだ血の匂いがただよってくるような気がする。 ・・・こんな時、あの人がそばにいてくれたら。 そんなことを考え、思いを振り切るように頭を振る。 そして、自分からただよう血の匂いに否応なく慣らされたころ、「それらしい顔になってきた」 と言われるようになる。 そして、作戦の中でそれなりの存在を示すことができるようになってくる。 初陣のころのハレーションの美しさも、あの全身を襲う吐き気のような感触も、 いつの間にか感じなくなっている。 もはやその感覚はこの身に染みついた日常となっているのだ。 身体が慣れたのか、死と破壊に自分の心が慣れてきたのか。 士官学校を卒業して1年、いつの間にか階級も中尉に昇進している。 次の任地はイゼルローン要塞、最前線だ。 また大規模な戦闘があり、きっと自分は勝利をつかむだろう。 そうすれば今度は大尉だ。 階級が上がれば上がるだけ、責任も、背負う命の数も大きくなる。 それを望む自分と、それを望まない自分。 二人の自分が自分の中にいる。 ・・・これだけはどうしようもない。 この感覚がなくなってしまえば、自分は自分でなくなってしまうだろう。 そんな自分を、そしてこの感覚を、なにも言わなくても理解してくれるであろう人物は、 この世に二人だけ。 一人は今オーディンの統合参謀本部にいる。階級は大尉。 自分がオーディンに駐在することがあまりなく、旧交を温める機会もない。 しかし、参謀本部の廊下ですれ違うとき、自分に向けられるまなざしは以前と全く変わらない・・・ と自分では思っている。 もう一人は・・・最前線にいる、と思う。 階級は、多分自分よりも上だろう。 連絡すればできるはずなのに、まったくそんな気配もない。 でも、それも彼らしいと思う。 今頃どうしていることやら。 ・・・いつか、必ず再会できる。 そう言う予感は常にある。 ここ、イゼルローンで会えるかもしれない。 違う場所ですれ違うかもしれない。 しかし、どこであろうと、きっとそれは最前線で、だという確信がある。 お互い武運は強い方だと思う、きっと生きて再会できるはずだ。 再会できたときはどうしてやろうか? 子どものように抱きしめて、ほっぺにキスでもしてやろうか? (でも相手はきっと上の階級だ。軍規違反になるかな?) それを考えると、死と隣り合わせの最前線もまた楽し、だ。 イゼルローンが近づいてきた。 自分は、今日からここの駐留艦隊に配属されるのだ。 |
(2)へ
『・・・初めて戦場に出たとき、水爆ミサイルのハレーションを美しいと思った。 あの光の中でいくつもの命が消えていることなど、頭になかった』 このフレーズが頭の中に、突然浮かんできました。 とても書きたくなって、こういう話を書きました。 うまくいけば、みつえ流の後フェザーンになるはずだけど・・・ |