国務尚書閣下の
お試し保育

親はなくとも子は育つ、とはよく言ったものだ。
超多忙なミッターマイヤーだが、
双子はしっかり彼を「父親」として認識してくれている。


そして今日は。


「すまんな、今日は10時から保育園のお試し保育なんだ。もう行かねばならない」
「お試し保育ぅ?」
執務室に遊びに来た(遊びに来た、と言う表現は適切でないかもしれないが、
彼に限って言えば『遊びに来た』としかいいようがないのだ)
ビッテンフェルトは思わず聞き返す。
「ああ、毎日必ず保護者が送ってください、と入園案内に書いてあった」
そう言うミッターマイヤーの口調は
心なしかうきうきしているようにビッテンフェルトには聞こえた。

「仮にも帝国宰相ともあろう卿が保育園のお試し保育だと?」
「今日から一週間だ。その後入園式がある」
「しかし、卿の立場もあるだろうに」
「大丈夫だ、一父親として参加できるように保育園に話をしてある」
「奥方に送ってもらえばよかろうに」
「エヴァはマリーテレーゼの世話で忙しい」
マリーテレーゼ、3ヶ月前生まれたミッターマイヤーの末娘だ。
「では使用人がいるだろう?」
「こんな大切なことを他人に任せられるか。
それにバイエルラインも自分が送り迎えをする、と言ってるしな。
おれも忙しいが、せめて送り迎えくらいはしないと」
「卿、まさか、迎えにも行くつもりだな?」
「ああ、そのつもりだが」
「バイエルラインと卿では立場も違うだろ!」
「同じ父親だ、何の違いがある?」

ビッテンフェルトが、こいつは・・・という顔をする。
旧帝国までさかのぼっても、
自分の子どものお試し保育に送り迎えをする国務尚書がいただろうか?

しかし、こいつならしかねん、とビッテンフェルトは思った。
ビッテンフェルトはビューローから聞いていたのだ。
双子の「公園デビュー」の時の騒ぎを。


執務室を抜け出して公園デビューにつきあったミッターマイヤーは、
恐縮する母親たちを尻目に砂場でどろんこになって遊んで、
いや、子どもたちに遊ばれていた。
忍者ごっこでは「悪の手下」となり、子ども達を追いかけ、木の枝でさんざん殴られた。
正義の味方ごっこでも「悪い怪獣」の役を引き受け、子ども達とじゃれあった。
そしてある母親からの連絡で部下達が公園に着いたときには、
国務尚書閣下は双子とその友だちと一緒になって「光る泥ダンゴ作り」に没頭していた。

ビューローの怒るような視線の中、顔にたくさんの擦り傷と泥を付けた国務尚書は
「ほら、おれのが一番光ってるだろ?」
と誇らしげに泥ダンゴを見せた。

「いい加減にしてください!閣下!!」
部下に叱られて、いや、促されて国務省に帰るミッターマイヤーに子ども達は
「おじちゃん、また遊ぼう!」
と叫んだ。ミッターマイヤーはそれに応えて
「おう!今度は木登りと艦隊戦ごっこするぞ!」
と手を振り、ビューローは頭を抱えてうめいた・・・。


「お試し保育では何があるんだ?」
「いや、親は送っていくだけだ。特に行事はないらしい」
そう言いながら、ミッターマイヤーは目の前の書類を重ねる。
「・・・と、これは帰ってから決済だな」
「・・・・・・何ならついて行ってやろうか?」
こいつにも保護者が必要だな、とビッテンフェルトは皮肉でなしに思う。
しかし、たとえそれが皮肉であったとしても通じる相手ではなかった。
ミッターマイヤー特有の
『政敵ですら一瞬に改心させる笑顔』が、
顔いっぱいに広がる。
「来てもいいぞ。卿も保育園に興味があるのか?」
「残念ながら、おれには保育園に入れるような子どもはいない!」
「わからんぞ、バイエルラインですら『できちゃった婚』だったからな。
卿に隠し子の一人やふたりいてもおれはもう驚かないぞ」
「バイエルラインと一緒にするな!」
ビッテンフェルトが憮然としてうめく。

そのとき。
「閣下、準備はおすみですか?そろそろお時間ですが」
その声と同時にもう一人の父親が入ってくる。
ミッターマイヤーの忠実なる副官、バイエルラインだ。
こっちはもう私服に着替えて、子どもとおぼしきよく似た男の子の手を引いている。
かわいい大きなイヌさんのイラストのついたおそろいのトレーナーと、
膝におそろいのりんごさんのアップリケのついたジーンズをはいたその親子を見て、
ビッテンフェルトは脳貧血を起こしそうになった。
「ミッターマイヤー・・・まさか、卿も・・・(ペアルックで行くのか????)」
「家によって、着替えて、子どもを連れてくる。一緒に来るか、バイエルライン」
「おともします、閣下」
すっかり石化してしまったビッテンフェルトに、ミッターマイヤーが言う。
「あ、おれはエヴァが作ってくれたおそろいのクマさんバッグを持っていく」

哀れビッテンフェルト。
猪突猛進が信条のこの猛将は、
バイエルラインの親子ペアルックとミッターマイヤーのクマさんバッグの前に撃沈し、
立ち直るまでにかなりの時間を要した・・・。


自宅に帰り、私服に着替えたミッターマイヤー。
その服には確かにイヌさんのイラストはついていなかったが、
ギンガムチェックのシャツとオーバーオールというその姿は、
まぎれもなく親子ペアルック(3人でもペアルックというのか?)であった。

「じゃあエヴァ、行ってくるよ」
「気をつけてね、ウォルフ」
いつものようにミッターマイヤーはエヴァに行ってきますのキスをし
(おいおい、バイエルラインが見てるぞ、いいのか、あんたら??)
双子の手を引いて外へ出る。
フレイアとヨハネスの双子は、心配げに見つめる母親に向かって大きく手を振った。


保育園側の受け入れ体制は万全のものとなっている。
ミッターマイヤーは知らなかったが、
ここ数日、保育園側の代表とビューローとケスラーとで打ち合わせが行われていた。
いかにして自然に受け入れるか。
いかにして双子の安全を確保するか。
そして、いかにしてミッターマイヤーの安全を確保するか。

「テロは心配されなくて結構。そういう配慮はこちらが行う」
ケスラーが保育園の代表者の不安をかき消すように言う。
「貴園に配慮していただきたいのは、ほかの園児との関係だ」
「はい、それはこのお話があったときから園側でも最大限の努力を・・・」
「なにをするかわからんからな」
「いえ、だからそれは・・・」
「園児が、ではない。ミッターマイヤー閣下が、だ」
「はい?」
「泥ダンゴですめばいいのだが・・・
(ブランコから飛び降りて骨折、とか、
総合ジムでターザンごっこをしてロープが切れて脳しんとうとか、
そう言うことがニュースになって見ろ!!)」
思わずため息が出るケスラーである。


『車でのお見送り・お迎えはご遠慮ください』
そのお知らせ通り、徒歩で保育園へと向かうミッターマイヤー親子とバイエルライン親子。
その後ろには、あくまで目立たないようにフェルナー指揮の軍務省の精鋭が警護している。
もちろん、そのことは気がついているミッターマイヤーである。

バイエルラインは小さな息子を肩車している。
ハンスと名付けられたその子は、バイエルラインよりもその妻に似ている。
なかなかにかわいい。
そして、ミッターマイヤー家の双子も両親に似ている。
フレイアは特に父親そっくりだ。

(保育園も、小学校も、ずっと一緒か・・・)
バイエルラインはなんだか嬉しい。


「そうか、バイエルラインのところは新しいお弁当箱を買ったのか」
「はい、保温性に優れたタイプにしました」
「そうか。・・・おい、新しいお弁当箱、買ってほしいか?」
「フレイアはね、今使ってるチューリップさんが好き」
「そうか。ヨハネスは?」
「ぼくは戦艦のがいい!ベイオウルフほしいな。かっこいいもん」
「そうかそうか。あれはファーターの戦艦なんだぞ」
ヨハネスに言われて、ちょっぴり父親として嬉しいミッターマイヤーである。


保育園の赤いとんがり屋根が見えてきた。
「なんか、緊張するな」
ミッターマイヤーがバイエルラインの方を向いて、小さな声で言う。
「・・・自分もです。初陣の時のようです」
「初陣か。そうか、こいつらの初陣だな」
自分が行った言葉が気に入ったのか、ミッターマイヤーが満面の笑顔を見せる。
そして、フレイアとヨハネスの頭をなでる。
バイエルラインも、肩に抱えたハンスをおろし、頭をぽん、となでる。

子ども達はわくわくした顔をしている。
さすが、帝国の至宝とその副官の子ども達だ。
ほかの子ども達のように「いかない」とだだをこねたり、泣いたりはしない。
これから起こる出来事を楽しもう、と言う表情だ。
まあ、ほかの大人の世話を受けることになれている、と言えばそれまでだが。

門をくぐり、園庭にはいる。たくさんの遊具に、3人の子ども達の顔に笑顔が広がる。
そして、3人はジャングルジムに向かって走り出す。
それを笑顔で見送ったふたりの父親は、教室の前で微笑む担任の先生に礼儀正しく一礼した。


  次回「国務尚書閣下の入園式」へと・・・続くのか?

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