Please Mr.Postman

   ・・・・・・少々タイトルと話が合わないかも(^◇^;)

「なぜ通信を使われないですか?」
バイエルラインがためらいがちに彼の上司にそう聞いた。
ミッターマイヤーは薄い水色の便せんから顔を上げた。
「どうしてと言われてもな。作戦行動中に私用で使うのは軍規違反だろ?」
「でも奥様は、きっとオーディンで閣下のことをご心配されておられるでしょう」
「ああ、そういえばかなり会ってないな」
「数分でも、お顔を見せてあげられたらいかがですか?
しばらくは戦闘もないでしょうし」
「おまえこそご両親に顔を見せてやれ。
おれの家族が心配しているのなら、おまえの家族もそれ以上に心配しているだろう」
ミッターマイヤーはそう返すと、書きかけの便せんを閉じた。
「部屋で書いてこよう」
そう言うと、艦橋を後にして自室へと向かう。

艦橋に残されたバイエルラインの肩をビューローがたたく。
「おまえ、鈍感だなぁ」
「は?何がですか?」
「そんなだからいつまでも恋人ができないんだぞ」
「そ、そ、そ、それと今のことが何か関係あるんですか?ただ、自分は閣下もお寂しいと思って」
「通信したくない理由がおありなんだ。閣下には」
「・・・それは、やっぱりあの金銀提督のせいですか!?」
「・・・話が飛躍しすぎだぞ、おまえ」
「やっぱりそうなのですね!?」
「・・・・・・男の嫉妬は見苦しいぞ、バイエルライン」

数日後。
ブリュンヒルドでの作戦会議の後。
ミッターマイヤーはロイエンタールに与えられていた私室へと向かった。
作戦宙域に到達するまでまだ数日はかかる。
しばらくはかりそめの平穏な日々だ。
友とゆっくりと過ごす余裕はあるだろう。

ロイエンタールも心得たもので、
友が私室を訪れたときにはテーブルにはワイングラスが二つ用意されていた。
ロイエンタールが椅子を勧めると、
ミッターマイヤーは小さく微笑み、椅子にすわる。


士官食堂で、バイエルラインはおもしろくなさそうに目の前のポテトをつつく。
ビューローはそんな年下の同僚を見てつい笑ってしまう。
青二才呼ばわりされているバイエルラインは、
食事のメニューまでまだ学生のようなものを好む。
士官食堂に来てまで、夕食にハンバーガーとポテトはないだろうに!
「バイエルライン」
「はい?」
「・・・ご一緒に、新発売のマカロニグラタンパイはいかがですか?」
「・・・からかわないでください」
「お飲物は何に致しましょうか?」
「・・・ジンジャーエール」
「お時間5分ほどいただきますが」
「やめてください」
バイエルラインはふてくされてしまう。
ビューローは、実はそんなこの年下の同僚がかわいくてたまらないのだ。
「おまえ、まだこだわってるのか?」
「何にですか」
「そうふくれるな。ほら、追加でコールスローサラダだ。食べろ」
「それはビューロー提督のご注文でしょう?」
「野菜を食べないと、体に悪い」
「いただきます」
こういうときには素直なバイエルラインがかわいい。
かわいいから、ついいじめたくなるのだ、ビューローはそう考える。
「閣下は、またロイエンタール提督のところでしょ?」
「ああ、まあそうだ。いつものことだがな」
それを聞いて、バイエルラインはますます不機嫌になる。

「わかってるんだろう?閣下がけして奥方に通信を入れられないほんとうの理由を」
ビューローが、自分のサラダを取り分けながら言う。
バイエルラインはうなずく。
「はい、自分は詮無いことを言いました」
バイエルラインにもわかっている。
もしも軍規がないとしても、ミッターマイヤーはけして戦場から、
自分の旗艦からはエヴァには通信を送らないだろう。


酔いが回り規則正しい寝息をたてた親友を、
ため息をつきつつベッドに運んでやり、ロイエンタールは考える。
こいつは宇宙と地上では別人だ。
地上にいるときの、甘えん坊で恥ずかしがり屋の顔。
宇宙での、挑戦的とも思える激しさと厳しさを漂わせる顔。
もちろん彼の前では、ミッターマイヤーはいつもミッターマイヤーだ。
宇宙でも地上でも変わらない態度を見せる。
しかし、その親友がまるで別人のように思えることがある。
宇宙での彼は、死をもたらす神に支配された
最後の審判の鉄槌を振り下ろす白い翼の天使。
血のにおいをすらただよわせている。
もちろん自分は彼同様、
もしかしたら彼以上に血まみれだということを自覚しているが。

けして宇宙からは家族へ通信を入れない。
宣伝や報道のための映像を撮られることも極度に嫌う。
だから帝国の双璧の一翼である彼の容貌は、意外と知られていないのだ。
逆にビッテンフェルトとその幕僚などは、
帝国・同盟双方に知られすぎるほど知られているのだが。

エヴァには、戦場での自分の顔を見られたくない。
酔ったとき、こいつはそう漏らしたことがある。
戦場での死をもたらすものとしての顔を
けしてエヴァには見せようとしない。
エヴァの前ではこいつはいつまでも不器用な笑顔の少年だ。


口の端にドレッシングがついている。
ビューローは苦笑しながら、年下の同僚に言う。
「口のまわりも拭いておけよ」
「はい。・・・ビューロー提督」
「なんだ?」
「もしも、ロイエンタール提督が戦死されたら・・・閣下はどうなられるのでしょう?」
「おれにもわからん。
わかっていることは、そうならないように願うしかない、ということだ」
「はい」
「もしもロイエンタール提督がヴァルハラへと旅立たれたら、
もうミッターマイヤー閣下はミッターマイヤー閣下ではなくなってしまう」
それは誰も口には出せない、しかし、誰にでも分かりすぎる事実だ。
もしもそうなった時は自分はどうするのだろう?
「考えたくありませんね」
バイエルラインは苦笑する。
彼はけして金銀妖瞳の提督に好意を持っていないが、
彼を失うことをミッターマイヤー以上に恐れているのだ。


ベッドの上でミッターマイヤーが寝返りをうつ。
そんな親友の髪を、ロイエンタールはそっとすいてみる。
「おやすみ、ミッターマイヤー。いい夢を」
数日後には、ヤン・ウェンリーと同盟軍が待っている。
せめて今ぐらいは、心地よい夢を。

あとがき
 小説でも、ビデオでも、ミッターマイヤーが手紙を書くシーンが多いと思いませんか?
 本当はオーディン本星と戦闘宙域にある戦艦と私的通信するなんて、絶対にないと思うのですが、
 1年も、2年も離れているなら、きっと通信くらい許されるだろうと。
 でもミッターマイヤーはきっとしないでしょうね。
 小説の挿絵でも、ビデオでも、表情が全然違うもの。
 エヴァだって、自分の夫が人殺しだという事実(!)からは目を背けていたいかもしれないし。

 
 
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