秋がだんだん深まってきている、ある日のこと。 オーディンの秋は黄金の秋。 帝国軍大尉ウォルフガング・ミッターマイヤーは毎日、落ち葉を踏みしめて出仕するのが好きだ。 少しずつ深まる秋。そして、日に日に変わる風景。 それを肌で感じながら、歩いて出仕するのが、何よりも楽しい。 その日、いつものように司令部に出仕してきたミッターマイヤーは、玄関ロビーでオスカーフォン・ロイエンタール大尉に迎えられた。 (おや?) ミッターマイヤーは思わず 「どうかしたのか?」 と聞いていた・・・そのくらい、ロイエンタールはいつもの彼と違っていた。 やけに不機嫌な顔だ。 そして、いつになくくぐもった声で言う。 「おはよう、ミッターマイヤー」 「あ、あ、ああ、おはよう」 ・・・何か、いつもと違う。 今日のこいつはおかしい・・・。 ミッターマイヤーのそういう思いを知ってか知らずか、ロイエンタールはためらいがちに話す。 「ミッターマイヤー・・・今夜何か予定はあるか?」 「今夜?いいや、特になにもないが・・・」 まだ決まった恋人もいない(気になる女性はいるが・・・)。 こいつと違って、毎日違う女性と寝るだけの器量も度胸もない。 お前と違って、こっちは身軽だからな・・そう言おうとも思ったが、さすがにそれは控えた。 「今夜は何も予定はないぞ」 もう一度、そう言う。 「そうか・・・では、今夜はおれにつきあえ」 「お前に?」 「ああ、そうだ」 「いいが・・・何をするんだ?」 「いや、飲みに行こう」 「ああ、おれはいいぞ」 その答えを聞いたとたん、ロイエンタールの顔に安堵の色が浮かぶ。 その表情の変化を見て、思わずミッターマイヤーは苦笑する。 たかが、人を飲みに誘うだけではないか。なのに、こいつはどうしてこうも緊張するのだ? 誰も知らないかもしれないが、こいつは結構かわいいところがあるのだ・・・。 そして。執務が終わったら迎えに来ることを約束し、ミッターマイヤーはロイエンタールと別れる。 平民と、曲がりになりにも帝国騎士の称号を持つ貴族と。 たくさんの友人に囲まれる自分と、いつも一人でいる彼と。 よくもまあ、これだけ違う人間が友人になれたものだ。 しかも、今までになく、気が合う。 (運命の女神(ファム・ファタール)が降りてきたかな?) 柄にもなく、ミッターマイヤーはそう言うことを考える。 よき半身(ベター・ハーフ)などという表現は、夫婦や恋人にこそ使うべきなのだろうが。 (もしかしたらあいつは、おれの半身なのかもしれない) そう考える自分が少しおかしくもある。 ・・・あいつが聞いたら、きっと笑うだろうなぁ・・・。 いや、笑ってもくれないかもしれない・・・。 自分が今までつき合ったことのないタイプの人間なだけに、まだどこかぎこちなさが残るミッターマイヤーである。 自分らしくない、と思うのだが。 そして。 「お、おい・・・ここ高いんじゃないか?」 ロイエンタールに連れられて来た店の構えを見て、ミッターマイヤーは思わずつぶやく。 「卿はいつもこんなところで飲んでいるのか・・・」 「ここは気軽に使えるからな、ときどき来ているが?」 「そうか・・・気軽に、な・・・」 ミッターマイヤーは溜息をつく。 「・・・こんな高いところに来ているのか?」 「高いのか?」 ・・・ふう、とミッターマイヤーはもう一度溜息をつく。 そうだ。この男は、自分とは生活環境が全然違うのだ・・・。 「すまん、別の店に行こう」 「なぜだ?」 「・・・おれは、今日は持ち合わせがない」 ・・・もちろん、持ち合わせがないどころではなく・・・。 しかし、ロイエンタールはこともなげに言う。 「ここはおれに任せてくれ」 「任せてくれって・・・おい!!」 ミッターマイヤーは少し怒ったように言う。 「おれは貴族様の施しを受けるほど落ちぶれてはいない!」 「施し・・・?」 ロイエンタールはきょとんとした顔をして・・・そして、笑い出す。 「ああ、すまん、すまん。そういうつもりはないんだ」 「すまん、って・・・」 「今日はお祝いなんだ」 「お祝い?」 「ああ。・・・だから、ここはおれに出させてくれ」 「・・・・・・」 その時の。ロイエンタールの瞳の色。 (こいつは、こんなに子どもっぽい顔ができたのか・・・) その表情に、ミッターマイヤーは少し驚く。 いまだ要領を得ないミッターマイヤーを引っ張るようにして、ロイエンタールは店の中へと入る。 そして、2人きりの酒宴が始まる。 ・・・そこは気の置けない友人同士。 やがて、いつものように楽しい酒の席になってくる。 1本目のウィスキーのボトルが空になり、2本目も底をつきそうになってきた。 店には、もう二人しか残っていない。 いい酒だった。 そう思う。 値段とか、高級感とか、そういうのではない。 ただ二人でこうやって向かい合って、同じ時間を過ごす。 それだけでいい。 「・・・で?」 少し酔いの回った様子のミッターマイヤーが、ロイエンタールを真っすぐに見て言う。 「なんだ?」 こちらは、酔っているのか酔っていないのか、わからないような・・・いつもと同じような声。 「まだ聞いてなかった・・・今日は何のお祝いなんだ?」 「ああ・・・」 ロイエンタールは、最後のウィスキーをグラスに注ぐ。 ミッターマイヤーが水と氷を入れてやり、マドラーで少しかき回す。 ロイエンタールはミッターマイヤーの手元をじっと見つめている。 やがて、独り言のように話し出す。 「今日は、おれが生まれた日だ」 「・・・え?」 ミッターマイヤーは少し唖然とし、ロイエンタールの顔を見据える。 「・・・今日は、卿の誕生日か?」 「ああ」 「・・・おい!なら早く言えよ!・・・おれは何の準備もしていないじゃないか!」 「用意?」 「そうだ!知っていればプレゼントくらい・・・」 「誕生日にプレゼント、か・・・」 ロイエンタールは小さく笑う。 「おれは、今まで誕生日を祝ったことなどなかった」 「・・・・・・?」 「自分が生まれてきたことを、呪わしいことだと思っていた」 「・・・おい・・・」 「しかし・・・卿に会って、生まれて初めて、誕生日を祝ってみようか、という気になった」 「・・・・・・」 「・・・それだけだ。だから、卿と一緒に飲もうと決めた」 それだけ言うと、ロイエンタールはウィスキーをもぅ一本頼む。 そして、ミッターマイヤーに向かって笑う。 「生まれてきてよかった・・・のかも、しれない・・・」 10月26日の夜が、更けていく。 |
2002年ロイエンタール提督誕生日記念SSです。
10月26日にUPできてよかった・・・・・