春よ、来い

5月、若葉のころ。
フェリックス・ミッターマイヤーは2つのお誕生日を迎える。
ことばも、あんよも、上手になってきた。
宇宙艦隊司令長官殿の自慢の息子だ。

超多忙なミッターマイヤーだが、どんなに帰りが遅くなっても、自宅へと帰るようにしている。
フェリックスが起きて待っているから。

「とーたま、おやすみ」
寝ぼけ眼で、帰宅したばかりのミッターマイヤーに抱きついてくる。
「お休み、フェル」
そう言って、おやすみのキス。
・・・そのキスがないと眠れない、甘えん坊のフェリックスなのだ。

(そういえば・・・あいつも甘えん坊だった・・・)
ミッターマイヤーはふと、もういない親友に思いをはせる。
男の子の顔は母親に似る、と言われているが・・・フェリックスな父親そっくりだ。
違うのは、双の瞳。成層圏の空の色の、澄んだ瞳・・・。

あいつは、今頃子育てに奔走するおれを笑ってるのかなぁ・・・。


5月は新しい命が息づく季節だ。
窓を開けて新しい風を吸い込むだけで、身体中に新しい命の息吹が満ちてくるような・・・
そんな気分になってくる。
「フェリックスは本当にいい時期に生まれたんだな」
ミッターマイヤーが、甘えてくるフェリックスをひざに抱っこして言う。
エヴァが入れたコーヒーの香りが部屋中に立ち込める・・・いい香りだ。
「そうですわね」
「すべてが新しい季節だし、木々も、空気も、あったかい・・・」

ミッターマイヤーのひざで、フェリックスが笑っている。

「・・・・・・なあ、エヴァ、ちょっと外を歩かないか?」
「え?」
「たまには家族で春の散策もいいだろう?」
エヴァは少し考えて・・・春そのものの笑顔で答える。
「お弁当を作りましょうか?」
「そんなに遠くへは行かないよ」
「あら、外で食べる食事っておいしいですわよ」

エヴァがサンドイッチを詰め込んだバスケットを持つ。
ミッターマイヤーは、フェリックスを肩車して歩く。
フェリックスは、ミッターマイヤーの肩の上でうれしそうにニコニコと笑っている。
どこから見ても幸せそうな、親子連れにみえる。

・・・いや、幸せなのだ。
ミッターマイヤーはそう思っている。
あいつの分まで、この子を幸せにしてやる責務が、自分にはあるのだ。

責務・・・?いや、違う。
義務感でこの子を育てているわけではないのだ。

「とーたま!こっちこっち!」
フェリックスがニコニコと笑って、草むらを走り出す。
足元で、露にぬれたムラサキツユクサがゆれている。

それをニコニコと笑いながら、ミッターマイヤーが見ている。


「あいつ、足がしっかりしてきたなぁ・・・」
「もう2つですもの」
「あんなハムみたいな足してるのにな・・・」
「・・・え?」
「・・・いや、ぷくぷくしてて・・・」
「まあ」
エヴァはくすりと笑う。
「ハムなんておっしゃらなくても・・・」
「・・・だって、似てるだろう?」
「まあ、まあ」

二人は顔を見合わせて、また笑う。

こんな気分は久しぶりだ・・・。
なんだか心も、身体も、ゆったりとしてくる。
家族というのは、本当にいいものだ。
一緒にいるだけで身体のすみずみまで満たされるような気がする。

「・・・エヴァ」
「・・・はい、ウォルフ・・・」
「実は・・・」
一呼吸おいて、ミッターマイヤーは笑顔で言う。
「軍を退役することにした」
「え?」
「国務尚書職を受けることにした」
「あら、あら・・・」
エヴァは・・・いつもの笑顔で答える。
「驚かないのかい?」
「あなたなら・・いつかそうされると思っていましたもの」
「そうなのか?」
「ええ、あなた」
「・・・」
「・・・きっと、あなたはいい政治家におなりですわ」
「そうか?」
「ええ」
「公明正大だけでは、政治家は務まらないよ」
「あなたは公明正大だけではないですもの」
「・・・・・・」
「きっと、大丈夫ですわ」


フェリックスがツユクサを踏みしめている。
真っ白の靴下が、青く染まっている・・・。


「あいつの瞳の色と同じだな・・・」
ミッターマイヤーがつぶやく。
「・・・なにがですか?」
「ツユクサ」
「・・・・・・」
「あいつの瞳も、ツユクサに染まってしまえたらよかったのにな・・・」

(「あなたの瞳に露草の色が映って、青くなってるよ」)

「・・・・・・がんばらねばな・・・あいつと約束したんだから・・・」
誰に言うでもなく、ミッターマイヤーがつぶやく。
エヴァはそれを黙って聞いていたが、やがて、ミッターマイヤーのほほにキスをする。
「エヴァ・・・?」
「がんばってね、お父さん」
「ああ・・・え?・・・お父さん?」
「12月には家族が増えますわ」
エヴァはそういうと、燕が翻るようなしぐさで軽やかに走り出す。

「家族が増える・・・?お、おい!エヴァ!!走ったら危ないよ!!」
ミッターマイヤーはあわててエヴァの後を追って走り出す。

二人の前をフェリックスが走っている。
まだ幼い、しかし、しっかりとした足取りで。

春の風が3人をやさしく包む。

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突発的にこういう話を書きたくなります。
この夫妻は、本当に好きです。
私の理想の夫婦かも・・・こういう夫婦になりたかったなぁ・・・。