たんぽぽ ひらいた まっきいろに ひらいた はなびらと はなびらと うっとりしながら ひらいた |
それは春の、のどかな日。 午前中の執務を追え、執務室を出たロイエンタールを呼び止めたのは、ミッターマイヤーの幕僚たちだった。 「ロイエンタール提督。ミッターマイヤー閣下をご存じありませんか?」 幕僚の中で最年長のビューローが聞く。 「何だ、あいつ、また行方不明か?」 ロイエンタールはおかしそうに笑う。 「笑い事ではありませんよ。緊急に決済をお願いしなければいけない書類が出てきたのです。急いで執務室にお帰りいただかないと・・・。まったく、鉄砲玉のようなお方ですので・・・」 完全に子ども扱いだな、とロイエンタールは思う。と同時に、日常からミッターマイヤーのこの種の行動に悩まされている幕僚たちに、少々同情する。 「わかった、おれも心がけておこう。見つけたら、執務室に帰るように言っておく」 ビューローに約束して、ロイエンタールは急ぐ。 「お願いします」 と、後ろでビューローの声がする。 心当たりなら、山ほどある。 春の、ぽかぽかした陽気の中、ミッターマイヤーは仕事から解放され(と言うよりも仕事を放棄して)芝生の上に寝転がっていた。 「う〜ん、いい気持ちだ。やっぱり春はいいなぁ」 ミッターマイヤーは春が好きだ。 柔らかい日差し、暖かい風、花の香り。 春は生命力に満ちている。 (エヴァもこんな感じだよな。あったかくって、いい匂いがして・・・・・・) 一人の時ものろけるのを忘れない?ミッターマイヤーであった。 本当に気持ちがいい。目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだ。 ミッターマイヤーは懐中時計に目をやる。 ・・・あと30分は大丈夫だな。 「それでは・・・」と独り言を言い、木にもたれかかり、目を閉じる。 鼻をくすぐる春の香り、そして、頬に触れるタンポポの綿毛。 薄く目を開けると、寝転がった拍子にタンポポの綿毛がゆれて、ふわふわと飛んでいく。 まるで綿毛の中に寝ているようだ。 あれ?前にもこんなことがあったような・・・。 しかし、深く考える前に、ミッターマイヤーは夢の中。 ロイエンタールがいつもの中庭についたとき、彼の親友は木にもたれかかって眠っていた。 タンポポの中で、蜂蜜色の髪が風にゆれる。 ふわふわの髪が、まるで綿毛のようだ。 (タンポポの中で、大きなタンポポがお昼寝か) ロイエンタールは優しく笑い、そっと大きなタンポポの、蜂蜜色の綿毛に触れる。 柔らかい。 ロイエンタールは、いとおしげに蜂蜜色の髪を梳く。 ミッターマイヤーは目を覚まさない。 風にゆれ、綿毛がふわふわとゆれながら飛んでいく。 こいつも、風に乗って、どこまでも飛んでいきそうな気がする・・・。 おれを置いて、遙かな高みへと・・・・・・。 ロイエンタールは苦笑する。 何を考えているのだ。 もう一度、蜂蜜色に触れ、髪を梳く。 ミッターマイヤーがくすぐったそうに小さく動く。 しかし、髪と同じ色の、思ったよりも長いまつげに彩られたまぶたは閉じたまま。 (タンポポの綿毛か・・・) 小さいときに、使用人が子守歌がわりに口ずさんでくれた、タンポポの歌。 たんぽぽ ひらいた まっきいろに ひらいた 庭の隅に咲いているタンポポが好きだった。 「青い空を夢見ながら咲いている、強い花なのですよ」 そう言って、タンポポを摘んで手渡してくれた執事。 どんな花より タンポポの 花をあなたにおくりましょう 「豪華な花よりも、野原に咲いたこの花が好きです」 そう言って笑った、母親代わりのばあや。 (こいつもタンポポみたいなやつだ) 温室育ちのバラとは違う、芯の強さがある。 コンクリートの割れ目からでさえ顔を出す、力強い生命力がある。 そして、すべてを包むようなふんわりとした優しさがある。 タンポポのような、お前が・・・・・・。 ロイエンタールは、すやすやと寝ているミッターマイヤーの髪に口づける。 もう一度、優しく。 ミッターマイヤーが顔をしかめ、薄く目を開ける。 「・・・・・・なにしてるんだ?」 至近距離まで来ているロイエンタールの、宝石のような(とミッターマイヤーは常々思っている)2色の瞳を見つめ、ミッターマイヤーが微笑む。 「お前の綿毛も飛ぶんじゃないか、と思ってな、試していた」 「はぁ?」 「飛ばなかったな」 そういうと、ロイエンタールはまた、ミッターマイヤーの髪に指を絡ませる。 「・・・子どもみたいなこと言うんだな」 「悪かったな」 ロイエンタールらしからぬその言い方に、ミッターマイヤーが吹き出す。 「・・・なにがおかしいんだ?」 やけに子供じみた言い方だ。 そう、ロイエンタールは、ミッターマイヤーの前では時々子どものようになる。 その一瞬がミッターマイヤーは実は大好きなのだ。 そういう言い方をされると、ちょっとからかってみたくなる。 「もう一度やってみるか?もしかしたら飛んでいくかもしれんぞ」 笑いながらミッターマイヤーが言うと、ロイエンタールが小さく笑う。 「では、もう一度」 そして、ロイエンタールの金銀妖瞳がミッターマイヤーに近づく。 ミッターマイヤーが目を閉じる。 「・・・そう言えば、ビューローたちが捜していたぞ。何でも急ぎの書類があるそうだ」 その一言に、ミッターマイヤーはバネのように飛び起きる。 「な、何でそれを早く言わないんだよ!」 「ほら、綿毛が飛んでいく。行き先は執務室か?」 「当たり前だろう!!」 軍服に付いている芝を払い、髪を急いで手で梳き、身支度を整える。 そしてロイエンタールの手を引き、走り出す。 「なぜおれも一緒なんだ?」 「お前のせいで遅くなったんだ。罪滅ぼしに手伝え」 「なぜおれのせいになる?」 「いいから来い!」 有無を言わさず、ミッターマイヤーは手を引いたまま走り出す。 ロイエンタールは、ミッターマイヤーの前でしか見せない嬉しそうな表情で、親友に手を引かれたまま一緒に走り出す。 二人の走った足下で、タンポポの綿毛が空に向かって飛んでいく。 |
BGM:「春の日の花と輝く」
春と双璧。ちょっぴり友情以上の感情も入ってます。
実はこれには・・・(以下、自主規制ヘ(__ヘ)☆\(^^;) )