午後は○○・・・(ーー;)

ごく少数の者しか知らないことだが、フォルカー・アクセル・フォン・ビューローはその上司に負けないくらいの愛妻家だ。
上司と違い結婚後すぐに子どもにも恵まれ、ささやかだが幸福な家庭を築いている。
・・・だが、悩みが一つ。

「お、今週はなんだ?ビューロー」
からかうようなミッターマイヤーの声に、ビューローは苦笑する。
その手には、お弁当箱。
ミッターマイヤーも手にはお弁当箱、こちらは愛する妻エヴァンゼリンの愛妻弁当だ。
「今週は・・・タマネギです」
「そうか、卿も大変だな」
「いえ、もう慣れていますので」

ビューローの愛妻ハンナは大の昼のワイドショー好きで知られている。
毎日電話相談を見ては聞き役のタレントと一緒に怒り、
占いを見てはラッキーアイテムを愛する夫に持たせている。

そして、一番好きなコーナーが、健康豆知識のようなコーナーである。
どうやら今週はタマネギの特集だったらしい。
大きな大きな弁当箱の中身は、スライスオニオンが山のように入っている。

「あなたの大切なミッターマイヤー閣下にもわけてさしあげてね」
そう言う奥方の言葉と共に毎日ビューローが持ってきてくれる。
おいしいものばかりならいいのだが、先日のキャベツジュースはいただけなかった・・・。
スライスオニオンならミッターマイヤーも好物の一つだ。
ミッターマイヤーはビューローに気づかれないように、小さな安堵のため息をひとつおとす。
「ベルゲングリューン経由で、ロイエンタールにも届けてやれ」
「もう届けておきました」
「では、これは残りか」
「はい」
「・・・大量だな。バイエルラインにもわけてやろう」
「ドロイセンにも、ジンツァーにもお裾分けしましょう」
「・・・それで、どのくらい消費できる?」
「おそらく大丈夫でしょう」

そして、ミッターマイヤーの執務室はお昼になると、みんなでお弁当大会となる。
これはバイエルラインのような独身者には少しつらい。
毎日お弁当を持参せねばならないのだ。
・・・それを察したエヴァが、最近では独身の幕僚達とロイエンタールのために
バスケットいっぱいのお弁当を作ってくれるようになった。
なぜおれまで?と思いつつ、毎日ベルゲングリューンと共にミッターマイヤーの執務室まで行き、お弁当開きに参加するロイエンタールとベルゲングリューンである。


そして、今日もエヴァの作ったお弁当とビューローの妻の作った健康食と
なぜかロイエンタールの持ってきたワインがミッターマイヤーの執務室に広げられる。
手際よく、バイエルラインがワイングラスを配る。
ロイエンタールはワイングラス持参だ。
「おや、こだわりがあるんだな、マイ・グラスか?ロイ」
にこにことミッターマイヤーが、ロイエンタールのグラスにワインを注ぎながら言う。
「毒殺を恐れていらっしゃるのですか?」
と、軽口のつもりでドロイゼンが言う。
すると、ロイエンタールはにこりともせずに言う。
「毒を盛りかねない奴がいるからな」(バイエルラインに冷たい視線を浴びせながら)
「しょ、小官はけしてそのようなことは・・・」
バイエルラインが心に冷や汗をかきながらそう抗弁すると、
ロイエンタールは皮肉を含めた笑みで追い打ちをかける。
「ほう、おれは別に卿のことを言ったつもりはないのにな・・・」
その一言に、バイエルラインは心だけでなく全身に冷や汗をかいてしまう。

「まあまあ、卿達は本当に仲がいいんだな」
なにも知らないミッターマイヤーがにこにこと言う。
「ほら、ロイ、血液がどろどろだといらいらするそうだぞ。
そういうときはタマネギがいいんだ。血がさらさらになるんだそうだぞ。まあ、食べろ」
そう言うと、ロイエンタールの皿にタマネギを山のように取り分ける。
「おれはタマネギはそんなに好きではない」
「そんなこというと吸血鬼に間違われるぞ」
・・・もちろんミッターマイヤーは冗談のつもりなのだが、
冗談に聞こえないバイエルラインである。
(吸血鬼の方がまだかわいい・・・)
心の中でそう毒づくバイエルライン。
心の中とは言え、毒づけるようになった自分の成長を喜ぶべきか、悲しむべきか。

「ビューローも飲め」
そう言ってミッターマイヤーがワインを勧めようとすると、
ビューローが失礼にならない程度に手を挙げて断る。
「いえ、小官は持参しておりますので」
「なんだ、それもテレビか?」
「はい」
そう言いながら、ビューローは水筒を出す。
「これを飲むように言われておりますので」
「なんだ、それは」
「梅紅茶です」
「・・・うめ、こうちゃ?」
「はい」
聞くと、梅ぼしを紅茶の中でつぶして、そのエキスと共に飲む、
という至って簡単な製法の健康飲料らしい。
そして、ビューローの妻は貴重な「梅ぼし」の入手のために八方手を尽くして、
ようやく無農薬の貴重な50年ものの梅ぼしを大量に購入したというのだ。
「血液がさらさらになるそうです」
「ほう・・・卿も飲んでみたらどうだ?ロイ」
「遠慮する」
「まあ、そう言わないで・・・」
「あの・・・」バイエルラインが控えめに発言する。
「そうか!卿も飲んでみるか、バイエルライン」
「え?え?」
「よかったな、ビューロー、一緒に飲むそうだ。・・・あ、おれにもくれ」
「卿も一緒に飲むのか?」
ロイエンタールの金銀妖瞳がゆれる。
「ああ、そうだ」屈託なく言うミッターマイヤー。
「・・・・では、おれも飲もう」
バイエルラインだけがおそろいなのが許せないロイエンタールである。
こんなところまで張り合う必要なないのに・・・
と顔を見合わせるビューローとベルゲングリューンの二人。

お湯のみが用意され(ティーカップじゃないのよ)ビューロー持参の梅紅茶が注がれる。
「ではいただくぞ」
そう言って、ミッターマイヤーが一口飲み・・・口をゆがめる。
「・・・なんだ、これは・・・」
「梅紅茶です」
「そ、それはわかっているが・・・何でこんなにすっぱいんだ?」
「梅干しというのはこういう味です」
「そう・・・なのか?」

それはミッターマイヤーがいままで味わったことのない味だった。
梅ぼしのあの独特の味と、紅茶の香りが混在して、複雑かつ怪奇な香りを発している。
うまい、といえばうまいのだろうが・・・できれば別々に味わいたいものだ。

見ると、ロイエンタールとバイエルラインも一生懸命に飲んでいる。
二人とも、プライドにかけて「まずい」とか「すっぱい」とかは口にしない。
ただひたすら黙って、与えられた分量を飲み干すべく死力を尽くしている。

「・・・・・・まあ、・・・うまいといっておこう」
ようやく湯飲み一杯を飲み干したロイエンタールが、余裕の笑顔で言う。
負けじとバイエルラインも
「小官はこのような味を初めて味わいますがなかなかよろしいですね、ビューロー提督」
と、必死の笑顔で言う。
「毎日、これか?ビューロー」
「はい、毎日、食前に飲んでいます」
「・・・卿も苦労するな」
なにも言わずにビューローは微笑む。それを見て
(さすが、ビューロー提督は大人だ)とバイエルラインは感心し、
(だから女はつまらん生き物だ)とロイエンタールはひとりごちるのであった。
そして、ミッターマイヤーはといえば、
妻がこのような行動と無縁であることを大神オーディンに感謝した。


そのころ。
「まあ、そんなにいいのですか?フラウ・ビューロー」
エヴァがいつもの笑顔で言う。ヴィジホンの向こうで、フラウ・ビューローが笑って言う。
「生活習慣病の予防にいいんですって」
「うちもつくってあげなくちゃいけませんわね」
「おいしい梅ぼしをおわけしますわ」
「ありがとうございます、フラウ・ビューロー」

「ただいま、エヴァ」
ミッターマイヤーがいつものように妻を抱きしめキスをしようとすると、
それを制してエヴァが微笑んで言った。
「お帰りなさい、ウォルフ、今日は特別メニューですの」
「エヴァは料理がうまいからな、楽しみだな」
「さ、もう用意ができていますわ」

次の瞬間、ミッターマイヤーの視覚と嗅覚を支配したものは、山のようなタマネギと梅紅茶のえもいわれぬ香りであった・・・。


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じつはみつえの同居している母が、毎日みつえに梅紅茶を・・・(ーー;)