うみのうた

・・・・地上勤務はあまり好きではない。
ミッターマイヤーは地上車の中で、背伸びをする。
しかし次の瞬間、上にあげた手が地上車の天上にこつん、とあたり、苦笑して元に戻す。
ロイエンタールは、そんなミッターマイヤーを苦笑しつつ見つめる。

ミッターマイヤーとロイエンタールが向かったのは、オーディン郊外の、ある岬に建っている戦争孤児のための施設だった。
彼らの共通の上司である某門閥貴族の気まぐれから、その施設に多額の寄付が送られることになった。貴族のおぼっちゃま達の気まぐれなのは百も承知だが、施設の方でささやかな式典が行われるらしい。
もちろんそんなことに時間を取られたくない某貴族のおぼっちゃまは、自分の配下の提督の中で一番人当たりがよさそうなミッターマイヤーに白羽の矢を立てた。
で、そういう偽善めいたことがあまり好きではないミッターマイヤーは、
「一緒に来い」
と親友に同行することを要求した。
そして、そういうことが一番似合わなさそうな彼の親友はあきれながらもつきあってくれた。


ミッターマイヤー自身は子どもは嫌いではない。
むしろ好きな方だ。
大きな声では言わないが、自分の棒給の一部を定期的に匿名で施設に寄付してもいる。
しかし、こういう偽善は好きではない。
「まあ、ばか息子どもにいわせると、これも貴族としての責務と言うことになるのだろうな」
皮肉っぽく言うミッターマイヤーにロイエンタールが答える。
「責務を果たすだけいいではないか。今のばか息子どもはその責務すら忘れている」
「図星だな、まったく」
ミッターマイヤーはおもしろくなさそうに窓の外を見る。
と、彼の若々しい顔がぱっと明るくなる。
「ロイエンタール!車をとめてくれ」
「どうしたんだ?」
「海だ!せっかくだから見ていかないか?いや、ちょっと行ってみないか?」
「お前は本当にこういうのが好きだな。行ってもまだ冷たいぞ」
「泳がなくていいんだ。さ、行こう!」
「子どもみたいなやつだな」
「なんとでも言え、おれは好きなんだ」

初夏とはいえ、やはり夕方の海風は冷たい。
ミッターマイヤーの蜂蜜色の髪が、その冷たい湿り気を含んだ風を受け、ふわふわとなびく。
「ああ。気持ちいいな」
顔にかかる髪を押さえながら、ミッターマイヤーが笑顔を見せる。
「子どもの時、夏になると必ず海に連れて行ってもらったな。
知ってるか?おれは素潜りが得意だったんだぞ」
「お前はいろいろなものが得意なんだな」
ロイエンタールが知っている、少年時代のミッターマイヤーが得意だったもの。
木登り、渓流釣り、キノコ狩り、そして素潜り。
少なくとも、少年時代のロイエンタールが経験したものは一つもない。
そのことをうらやましいとは思わない。
しかし、もしも自分が幼いころ、そういうことの一つでも経験していたなら
・・・・・・と少しだけ思うことはある。

やがてミッターマイヤーは軍服の上着を脱ぎ、シャツの腕をまくりあげる。
「おい、ロイ、砂の城を作ってやる」
そう言うとしゃがみ、足下の砂をすくい、固めていく。
「なにをやってるんだ?」
「だから、砂で城を作るんだよ。結構難しいぞ」
「また、お前の少年時代の得意技か?」
「ああ、そうだ。海に行っても、泳ぎもせずにいろいろ作っていた」
「・・・・・・」
本当に、こいつの少年時代は様々な色彩に満ちていたに違いない。
自分の無彩色の少年時代に比べると、なんと幸せなことか。
幸せにあふれていたからこそ、きっとこうやって人にも優しくできるに違いない。
それに比べて、自分は・・・。

黙りこくった親友を見ていたミッターマイヤーは、ふと、思いついたように言う。
「・・・そうだ、ロイ。いっしょに作らないか?」
「おれはそんなことをしたこともない。どうやっていいかもわからぬ」
「おい、子どもみたいなことを・・・」
「子どものころは、作ったこともなかった。・・・作り損ねた」

・・・ミッターマイヤーは親友の二つの色の瞳を見つめる。
ミッターマイヤーだけが知っている、幼い日の悲劇、そして、心の傷。
『心』を作り損ねた。親友の子ども時代。

「・・・子どもの時に作ったことがないのなら、今作ってみないか?」
「なんだと?」
「子どものころ作り損ねたのなら、今から作ればいいじゃないか。
・・・ほら、手伝ってやるから、一緒に作ろう」
そう言うと、ロイエンタールの手を取り、無理矢理しゃがませる。
「軍服の上着は脱げよ。階級章を砂だらけにはしたくないからな」
「お前にはかなわん」
ロイエンタールは小さく笑い、軍服の上着を脱ぐ。
そしてミッターマイヤーがしているように、シャツの腕をまくり上げる。

常々、「おれには美術的なセンスはない」「ものを作るのは苦手だ」
と言っている蜂蜜色の髪の親友だが、砂の城だけは手際がいいようだ。
男にしては少々細い(とロイエンタールは密かに思っている)指が器用に砂を固め、
城の形を作っていく。
ロイエンタールもそれをまねているうちに、手際がよくなっていく。
「なかなかうまいじゃないか」
「お前ほどではないさ」
・・・二人の帝国軍少将はまるで少年のように目を輝かせながら、砂まみれになっている。

額に少しにじんできた汗を感じ、ミッターマイヤーは額を手で押さえる。
その拍子に砂が額に張り付き、まるで砂場で遊んだガキ大将のような顔になる。
それを見て、ロイエンタールが笑う。いつになく優しい笑顔だ。
「なんだよ」
ミッターマイヤーが口をとがらせる。
「いや、お前はきっとそんな顔をして野山を駆け回っていたんだろうな。身体中泥だらけになって」
「うん、否定はしない・・・が、少しは成長したぞ。当時に比べて背も伸びた」
「伸びてその程度か?」
「悪かったな」
ミッターマイヤーは子どものようにふくれてみせる。
その顔がかわいくて、ついロイエンタールも笑ってしまう。
そんなロイエンタールを見て、ミッターマイヤーは笑顔を見せる。
何とも言えない、幸せそうな笑顔だ。
「おい、ロイ、お前今、いい笑顔だったぞ」
「なんだ?」
「子どもの時に作り損ねても、ちゃんと作ってるじゃないか」
「それは、城の話か?」
「・・・・・・」
ミッターマイヤーはなにも言わない。
ただ、なにか楽しそうににこにこと笑っている。
「変なやつだな」
そう言うロイエンタールも、不思議と笑顔が浮かんでくる。


やがて、立派とは言えないがなかなか頑丈そうな砂の城ができあがる。
「できた」
それだけ言うと、ミッターマイヤーは立ち上がる。
ロイエンタールも立ち上がる。

・・・いつの間にか時がたち、海には大きな夕日が沈もうとしている。
二人の顔も砂の城も夕日の色を受けて、まるで赤く燃え上がっているような色に染まる。
「全く、お前のせいで時間を食ってしまった。この分では帰り着くのは夜だぞ」
ロイエンタールが怒ったように言う。しかし、顔は笑っている。
「では、ワインぐらいおごらねばな」
ミッターマイヤーが、こちらも笑って言う。
「では、帰るか」
「ああ」

・・・そのとき。大きな波が海岸に押し寄せる。
二人はあわててさがる。足下まで波が来る。

砂の城は、その半分を波にさらわれてしまう。

幼いときに作れなかった、大切なもの。
ミッターマイヤーが「今からでもつくればいい」と言ってくれたもの。

「・・・半分、取られてしまったな 」
ロイエンタールがつぶやく。
「ああ・・・・・・」
ミッターマイヤーの手が、しかし、ロイエンタールの手を取り、そっと包む。
「・・・ウォルフ?」
「また作ろう。おれが作ってやるよ」
そう言うと、もう一度、手を握る。そして。
「先に行くぞ!今日のワインはおれがおごってやる!」
手を離し、地上車に向かって走り出す。
「・・・本当にガキだな。・・・楽しみにしておこう」
そう一人つぶやき、ロイエンタールはミッターマイヤーの後を追い、歩き出した。


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あとがき

神楽さまの8000キリリク。
初夏の海と優しい双璧話、というお題ですが・・・。どうでしょうか?
久しぶりにこういう話を書いたから、とまどってしまって・・・。
こんな駄文でいいなら受け取ってくださいませ!、神楽様(⌒∇⌒)