疾風(かぜ)よ・・・


季節は流れ 夢の中の風と共に
人波の中で くりかえす果てしない旅路
藍色の空見上げて あの人の事を思い出す
この気持ちを察したら 南風よ あの人の事を知らせて
風よ

月を見る度に 想いはつのるばかり
波の音を聞けば あの人を想い出して
いつまでも色あせない花のように あなたといたい
心の想いは都会の月に照らされて
風よ


begin “風よ”より



ミッターマイヤーは、艦橋から外を眺めている。
見慣れた光景が広がる。・・・では、もうすぐフェザーンか。
小さく、ため息がもれる。

かなわぬこととはわかっているが、ひとりでは帰還したくなかった。
終わってほしくなかった、夢。

「休まれませんか?」
その声に振り向くと、ビューローがいた。
「ああ、ビューローか。卿こそ、旗艦に帰らなくてもいいのか?」
「わたしはあなたの幕僚ですから」
「あのバイエルラインでさえ、今はニュルンベルクで指揮を執っているぞ」
「わたしはいいんですよ。あなたのそばにいたいんです」
だって、お寂しいでしょ?
そう言って、ビューローは笑う。
「お前だって寂しいくせに」
ミッターマイヤーも笑う。

お互いに、大事なものを、この戦いで失ったのだ。

「お前は、強いよな・・・おくびにも出さない」
ミッターマイヤーはそう言うと、目を閉じる。
浮かんでくるのは、二つの色の瞳を持つ、親友。
「・・・おれはまだまだ人間ができてないよ」
「どうしてです?」
「わかってるくせに。みんな、おれに気を遣っている」
「そうでしょうか?」
「・・・」
「あなたは強い人です」
「どうして?」
「わたしだったら、そうやって傷口を人にさらすことなどできない・・・怖くて」
「怖いのか?」
「怖いです。自分の心まで見透かされそうで」
「おれはかまわないからさ・・・もう心なんかない」
ミッターマイヤーは星に目をやる・・・あのかなたむこうに、ハイネセンがある。
「あそこにおいてきた」


「・・・わたしは、一緒に連れてきました」
「え?」
「あんな所に、あいつを残して帰れないでしょう?あいつの思いは、きちんと連れて帰らなくてはいけないし・・・」
「ビューロー」
「あいつも、それを望んでいます。だから、あいつと一緒に傷ついた心も、あいつの思いも、一緒にここにちゃんと持ってきました」
ビューローは、自分の胸をさす。
「へえ・・・結構ロマンチストだな、ビューロー先輩」
「からかわないでください。年上をからかうものではない」
「いいじゃないか」
ミッターマイヤーは甘えるように言う。

「赤ちゃん、エヴァは喜んでくれるかな?」
・・・思い出したようにミッターマイヤーが言う。
「さあ・・・」
「ロイの子だし・・・」
「そうですね」
「あの赤ん坊、似てないか?」
「ロイエンタール閣下にですか?」
「エヴァは・・・受け入れてくれるだろうか?」
「赤ちゃんに罪はないですからね」
「罪云々じゃなくて・・・オスカーの子だ・・・受け入れてくれるだろうか?」
「今まですべてを受け入れてくれた奥方ですよ、大丈夫です」
「そうかな?」
「そうですとも」


「そう言えば、お前のところ、女の子だったろう?」
ミッターマイヤーが思い出したように言う。
「はい、もうすぐ2つです」
「どうだ、あの赤ん坊と結婚させないか?」
「いやです」
きっぱりとビューローが言う。
「なんだ、男を見る目は厳しいんだな、お父さんは」
「閣下も今にわかります」
「おれは・・・もしおれとエヴァの間に女の子が生まれたら、すぐにあいつと結婚させるだろうな」
「・・・それは閣下のわがままですよ」
「そうかな?」
ビューローはなにも言わない。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「人の人生を左右することは誰にもできませんよ。相手が自分の血を分けた子どもであればなおさらです」
「・・・そうだな」
「あの子は、きっといい男になりますよ」
「そうか?」
「ロイエンタール閣下の血をひかれて、おまけにミッターマイヤー閣下のご性質をお継ぎになるなら、さぞや女性にもてられるでしょうね」
「そいつは心配だ・・・おれは親子2代の女性問題の心配をせねばならんわけだな」
ミッターマイヤーは笑う。・・・どこか、寂しい笑顔だ。

「・・・さて。もうすぐフェザーンだな。エヴァにも会える」
「はい」
「卿も奥方に会えるな」
「はい」
「嬉しいか?」
「はい・・・今回はいささか限界でしたので・・・」
「珍しいな、弱音をはくなんて」
「はい」
「おれも・・・帰ったら、エヴァに抱きしめてもらおう」
「嘘でしょう?」
「なに?」
「奥方には、本心はお見せになれないくせに」
「ああ。そうだな。エヴァには心配をかけたくないし」
「代わりに抱きしめてキスしてあげましょうか?」
「やめてくれ」ミッターマイヤーは苦笑する。
「オスカーみたいなことを言わないでくれ」
「・・・そう言えば、ベルゲングリューンはそういうことは絶対言いませんでしたね」
「そうか?オスカーは甘えん坊だったからな。いつでも人肌を恋しがっていた。
きっと、触れていなければ心配だったのだろう。
・・・あいつ、自分だけ置いて行かれるような気がしていたのかもしれない」
「・・・?」
「ばか野郎・・・あいつ、寂しがり屋のくせして、ひとりで行ってしまって・・・」
ミッターマイヤーはいつのまにか、ビューローにしがみつくようにして、泣いている。


「やっぱり、あなたは強いな」
つぶやくように、ミッターマイヤーが言う。
「はい・・・?」
「自分はどうしようもないくらいに傷ついているのに、おれになど」
「あなたが癒されると、わたしも癒されるんです」
「それこそ、大嘘つきだぞ」
ミッターマイヤーが笑う。
「まあいいか。・・・・・・フェザーン回廊が見えてきた。もうすぐだな」
「どうか、少し眠られてください」
「・・・そうだな、エヴァにこんな顔は見せられない」
そう言うと、ミッターマイヤーはビューローの肩をポンと叩き、艦橋を出て行く。


・・・壊れないように、そっと、包んであげる。
そう小さくつぶやき、ビューローも艦橋をあとにする。

宇宙を駆ける疾風(かぜ)も、今日は凪(な)いでいる。


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ビューローとミッターマイヤー。いろいろな思いを込めて・・・・・・。
Beginを聞いていたら急に書きたくなった駄文です。
引用している歌詞は、本来はウチナーグチ(沖縄言葉)で書いてあります。