その日、ミッターマイヤーは一人で海鷲にいた。 執務の関係で遅くなるロイエンタールを待っているのだが、なかなかやってこない。 「・・・遅いなぁ。あいつがこんなに手間取るなんて、きっと何かトラブルがあったのかもしれない」 そう思いつつ、ミッターマイヤーはワインをグラスに注ぐ。 そのとき。 「お一人とは、珍しいですね」 穏やかな声。 「ああ。ミュラー、卿か」 「ご一緒してもよろしいですか?」 「ああ、ロイエンタールを待っているんだ。飲む約束をしてな・・・卿も一緒にどうだ?」 「ご迷惑ではありませんか?」 「卿ならいつでも歓迎だ」 ミッターマイヤーは椅子を勧める。ミュラーは勧められるまま、テーブルに着く。 ミュラーの目の前に、新しいワイングラスが置かれる。 「どうだ?彼女とはうまくいってるのか?」 ・・・どうやらミッターマイヤーはミュラーの恋について、かなり正確な情報を手に入れたらしい。 すでに、先日「妹」と紹介した女性が実はそうではないことを知っている。 二人の仲がどこまで進展しているのか、も。 「ええ、まあ・・・女性の心は難しいですね」 「うまくいってないのか?」 「いえ、そうではないのですが・・・。なかなかうまくいかなくて」 「若い女性心理は複雑だからな。大丈夫だ。卿を好ましく思わぬ女性などそうはいない」 「閣下のお墨付きなら、まあ、安心ですが・・・」 少しためらったあと、ミュラーは顔を上げる。 「閣下、あの・・・」 「なんだ?」 「閣下は奥方に愛を告白されるとき、花束を持って行かれたのですよね」 「ああ。その話か」 ミッターマイヤーは苦笑する。 この話は軍の内部ではかなり有名になっているらしい。 一世一代の勇気を振り絞って、花束とケーキと共に、かなり不器用なプロポーズだった。 おまけに持っていった花束が黄色いバラと来ている。 「卿は花言葉を知らぬのか?よく奥方がプロポーズを受けたものだ」 と、ロイエンタールにさんざん言われたものだ。 「誰にも言ってないのだがな、実はあの話には続きがあるんだ。聞きたいか?」 「続きですか?ぜひ聞きたいですね」 ミュラーという男は不思議な男で、自分でも「不思議といろいろな場面に遭遇する」と言っているが、なにか、こういう話を話したくなる雰囲気を持っている。 ・・・と言っても、そこまで秘密にする話ではないのだが。 「あのプロポーズのあと、ロイエンタールにさっそく報告したんだ。 するとな、ロイエンタールは初め目を丸くしていた」 「ロイエンタール提督が目を、ですか?」 「ああ。よほどおれのやったことに呆れたらしい。 『卿は女性に花を贈るのに、花言葉も調べずに送るのか?黄色いバラの花言葉も知らぬのか?』とさんざん言われた」 「黄色いバラの花言葉も知らぬのか?」 そう言われてミッターマイヤーは素直に頷いた。 「で、でも、バラの花言葉なら知っている。愛していますだろ?」 「バラの花言葉は、色によって違うんだ。よりによって黄色とはな・・・」 「気になるな、教えてくれ」 「黄色いバラの花言葉はな、『薄れゆく愛』とか『嫉妬』とか言うんだぞ」 「・・・そ、それは・・・知らなかった」 「卿の恋人が花言葉を知らなくて幸いだったな。いや、それとも知っていて黙っていたのかもな・・・」 「・・・・・・」 お、おれは、おれは、なんてことを!! それ以来、ミッターマイヤーはあえて自分のプロポーズの話題をエヴァにすることは避けていた。 花が大好きなエヴァが、花言葉を知らないはずがないのだから。 そして。 結婚式の直後、初めての二人きりの夜。 ミッターマイヤーは緊張している。 エヴァも、緊張している。 二人の会話が、ぎこちないものになる。 「あ、あの、エヴァ」 「はい、ウォルフ様」 「あ、あのさ、結婚したんだから、ウォルフ様は、もう・・・」 「は、はい、・・・ウォルフ」 そのまま二人黙りこくってしまう。 目のやり場に困って、ミッターマイヤーが部屋を見渡すと・・・ サイドテーブルに花が飾ってある。 それも、よりによって、黄色いバラだ。 「・・・・・・」 ミッターマイヤーは自分の不器用なプロポーズを思い出し、ますますどぎまぎしてしまう。 やがて、エヴァが口を開く。 「・・・あの、ウォルフ・・・」 「・・・・・・う、うん、なに?」 「あのときの・・・黄色いバラ、うれしかった・・・」 「え?」 「・・・だから、あそこに同じ黄色いバラを飾りましたの」 「それ・・・」 皮肉? そう思わず言おうとしたが、エヴァがそう言うことを言わない女性であることを、何よりもミッターマイヤーがよく知っている。 「どうして?エヴァは花言葉を知ってるんだろう?その・・・黄色いバラの」 「あなたはご存じでしたの?」 「い、いや・・・あとでロイエンタールにさんざん言われたよ。プロポーズに使う花じゃないってな」 「黄色いバラには『友情』という意味もあるんですのよ。あなたにぴったりですわ。 何よりも友情を大切になさる、あなたに」 「え・・・・・・?」 「それと・・・もう一つ」 「うん?」 「開きかけの黄色いバラには、『君のすべてが可憐』という意味があるの」 開きかけの黄色いバラは『君のすべてが可憐』 開いてしまうと『嫉妬』 散る間際の黄色いバラは『薄れゆく愛』 「じゃあ、エヴァはまだ開きかけだね」 柄にもなくきざなことを言って、ミッターマイヤーが少し赤くなる。 「・・・でも、そのうちに開いてしまうかもしれませんわ」 「でも、それもおれを愛してくれているからだろう?」 ・・・そこまで話して、ミュラーがにやにやしてこちらを見ていることにミッターマイヤーは気がつく。 「な、なにかおかしいのか?」 「いえ、閣下、かわいいですね」 「ば、ばか!年上をからかうものではないぞ!」 そう言うと、照れ隠しにワインをぐいと飲む。 初めての二人の夜のことを、ミッターマイヤーは思い出す。 サイドテーブルの、黄色いバラ。 自分を見つめる、何物にも代え難い、すみれ色の優しい瞳。 ミッターマイヤーはそっとエヴァに口づける。 「愛してるよ・・・エヴァ・・・二人で、花いっぱいの庭のある家をつくろう・・・」 エヴァが静かに頷く。 二人は、今、はじまったばかり・・・。 |
黄色いバラって、悪い意味の花言葉だけではないのですね・・・ あと、黄色い野バラには「あなたのすべてがかわいい」という花言葉もあるのだそうです |