予感

   〜少年は、宇宙(あま)駆ける日を 夢見た〜

ファーターは最近すごく忙しい。何日も家に帰ってこない日が続く。
なんでも「議会」というものを開設するのだそうだ。
そのために「憲法」というものを決めなければならない・・・と言うことだけど、
まだ子どもで、しかもそう言う価値観がないわたしにはよくわからない。
ヨハネスはわたしと同じ年だけどわたしよりもずっとずっと子どもっぽいから、
きっと聞いてもわからないだろう。
ムッターは「フレイアは難しいことを聞くのね」
と、笑ってくれるだけだろう。
で、わからないことは何でも知ってるフェルに聞くことになる。

フェリックス・ミッターマイヤーはわたしの2つ上のお兄ちゃんだ。
お兄ちゃん、と呼んでいるけれど、ほんとうのお兄ちゃんではない。
ファーターの一番大切なお友だちの息子なのだそうだ。
そのことを聞いたときはびっくりしたけれど、
結局フェルはフェルなのだから、深く考えないことにした。

「クラスでいろいろ決めるとき、みんなで相談するだろ?」
「うん」
「フレイアのクラスにはクラスの決まりもあるだろ?」
「うん」
「国の決まりが憲法で、国のことをみんなで相談するのが議会だよ」
「ふうん」
そうなのかな?と思う。
そういえばクラスの決まりを作るのに2時間もかかった。
クラスで話し合うときも文句ばっかり言う男子が何人かいて、なかなか話が進まない。
きっと大人だから、時間もたくさんかかるのだろう。
文句を言う人もたくさんたくさんいるのだろう。
民主主義というものは、どうも理解できない。
それでもファーターはその民主主義というものを理解しようとしている。
そして、議会に憲法というものまで作り上げようとしている。

ファーターも大変だ。


今日はファーターは珍しく早くおうちに帰ってきている。
お友だちも一緒だ。
いつものバイエルライン閣下と、もう2人。
オレンジの髪の、猪みたいに大きなビッテンフェルト提督と、
砂みたいな髪と目の色のいつも優しいミュラー提督だ。
みんな、わたしが生まれる前からのファーターのお友だちなのだそうだ。
でも、3人も一度にいらっしゃるのは本当に珍しい。
きっとお仕事がうまく進んだのだろう。
ファーターもほっとしたような顔をしている。

ムッターのお手伝いをして、お料理をする。
「おいおい、大丈夫か?」
というファーターの不安そうな声が聞こえてくる。
大丈夫だってば。わたしだってもう11歳なのだから、おつまみぐらい作れる。

ムッターに言われてムッター手作りのソーセージをゆで、
粒コショウ入りのマスタードを添える。
ほら、おいしいおつまみができあがり。
さっそく大きなお皿に盛り合わせて、
居間へ持っていく。

お皿を運ぶと、ビッテンフェルト提督が頭をポンとなでる。
あまり強くなでるので、頭をたたかれたみたいだった。
「大きくなったなぁ、フレイア」
「もう11よ。9月からは上の学校に行くの」
「どこに進学するか、もう決められたのですか?」とミュラー提督。
この人はわたしみたいな子どもにまで丁寧な口調で話してくださる。
そういうところが大好きだ。
「わたしね、ギムナジウムに行くの。
そして大学に行って、ファーターのお仕事のお手伝いをするの」
そう言うと、バイエルライン閣下がにこりと笑う。
「さぞや有能な主席秘書官におなりになるでしょうね」
「ヨハネスは?」とビッテンフェルト提督。
「あいつは父親に似ていい軍人になりそうじゃないか」
「ヨハネスはね、幼年学校に行くんだって。
ファーターは心配してるけれど、もう決めたって」
「この前の社会科見学の時に決めたらしい」と、ファーターが話に入ってくる。
「軍事博物館に行ったらしいけどな」
「わたしも一緒に行ったのよ」
「なにかあったのか?そこで」とビッテンフェルト提督。
「うん、あったの」
とわたし。「とってもいいものを見たの」


軍事博物館には、男の子なら喜びそうなものがたくさん展示してある。
イゼルローン要塞の模型。
全宇宙の航行図。
自由惑星同盟との戦いの記録映像。
「ほら、フレイアのファーターだ!」
わたしの隣にずっといて、展示物に目をランランと輝かせているハンス・バイエルラインがささやく。
「ぼくのファーターがそばにいるよ」
「本当ね」
わたしはファーターに似ているとよく言われる。
ハンスはどちらかと言えばムッターに似ているけれど、
それでもハンスのファーターにも似ている。
ふたりで並んでいると、なんだかおかしくなる。
映像の中に、わたしとハンスがいるみたいだ。

映像が変わって、先の皇帝ラインハルト陛下が出てくる。
「カイザー・ラインハルトだ・・・」
子どもでもわかるその神々しい姿に、みんな息をのむ。
目が釘付けになっている。

そのとき、わたしとヨハネスの目は別のところに釘付けになっていた。
カイザーの少し後ろ、かすかに映る人影。
「フェリックス?・・・似てる・・・」ヨハネスが小さな、驚いたような声を上げる。
「ロイエンタール元帥よ、きっと・・・」

その人の映像はほとんど残っていない。
いえ、残っていても見ることはできない。
少なくとも、ファーターの前では見ることはできない。
子どもであるわたしにも、
まわりの大人達がどれだけファーターに気を遣っているかよくわかるくらいなのだから。

わたしはその人の姿に、釘付けになっていた。
その金銀妖瞳に、とりこになっていた。


かつてファーターが、その瞳に魅せられていたように。


「これが先の大戦で、宇宙艦隊司令長官の旗艦であったベイオウルフです」
その声に、我に返る。
目の前にベイオウルフがある。
ファーターの艦だ。

わたしが生まれたときには、ファーターはもうこの艦を降りていた。

この艦で、ファーターは銀河を駆けめぐった。
この艦で、ファーターは戦い、たくさんの人を傷つけ、ファーター自身も傷ついた。
ファーターの思いがたくさん、この艦に込められている。
わたしの知らないファーターをたくさん知っているこの艦。

もうけして、宇宙を飛ぶことのない、その艦を、
わたしも、ヨハネスも、ハンスも、見つめていた。

「・・・・・・飛ばせてやりたいな」とヨハネスがつぶやく。
「きっと、宇宙に帰りたがっている」
「ぼくもそう思う」とハンスが言う。
「ファーターは時々宇宙の話をしてくれるんだ。ファーターも宇宙に帰りたいって。
言わなくてもぼくにはわかるんだ。ファーターはそう思ってるって」
「じゃ、ぼくとハンスで、ファーター達の代わりにこいつを宇宙に帰してあげよう」
「ああ、そうしよう」


そのとき、わたしの目に浮かんだのは。


宇宙を埋め尽くす大艦隊。
先陣を切るのは、宇宙艦隊司令長官ヨハネス・ミッターマイヤーと副官バイエルライン提督。
そして、その旗艦、ベイオウルフ。

その横には同じ形の艦。
青いエンブレムには「トリスタン」の文字。
そしてその艦を自在に操るのは、
成層圏の色の青い瞳の将官。


・・・それは、きっと予感。


「ぼく、幼年学校に行く」
帰ってから、ヨハネスはファーターにそう言った。
ファーターは何も言わず、ヨハネスの頬を少しこづいた。

わたしはそのとき決めた。
ギムナジウムに行って、大学に行って、卒業したらファーターのそばにいよう、と。

わたしぐらいファーターのそばにいなくっちゃ。

『・・・ウォルフを、頼む』と、
甘いテノールの声が、どこからか、聞こえたような気がした。


久しぶりに昔のテープを引っ張り出し、ラジオドラマ「ザ・コクピット」のテーマを聞きました。
で、思いつきのまま書いたのがこの文です。


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