士官学校は、将来の帝国軍の中枢を担う優秀な軍人を育成する場だ。 しかし、優秀な士官たる者、社会人としても一流でなくてはならない。 それなりの一般的な教養も必要になる。 というわけで、普通の高校や大学で行われるものと同じ一般教養も重要な授業科目になっている。 ビューローは、いつになく真剣な顔で机に向かうミッターマイヤーを見ている。 もう2時間は机に向かったままだ。 どうも、何か大変な課題が出ているようだ。 シミュレーションを操作するときとはまた違う、何とも言えない表情だ。 「なんだ?そんなに大変な課題なのか?」 手伝えることがあれば言え、というビューローの申し出をミッターマイヤーはすげなく断る。 「大丈夫です。一人でできますから」 そう言うと、また机に向かう。しかし、いっこうに進んでいる様子がない。 (あいつ、なにをやってるんだ?) 気になる。とても気になる。 一心不乱に何かをしているミッターマイヤーに気づかれないように背後にそっと回って覗いてみる。 ミッターマイヤーの手には、コンテパステル。 そして、何かを書き殴ってある画用紙。 「なんだ、美術の課題か」 「ああっ!!見ないでください!!」 ・・・しかし、そのときには、画用紙はビューローの手の中にある。 「なにを書いているんだ?」 「何でもいいでしょ?返してください!」 「いいじゃないか。・・・こうやってみると、結構うまいじゃないか」 ミッターマイヤーの顔がぱっ!と明るくなる。 「本当ですか?・・・嬉しいです、。人にほめてもらったの、初めてです」 「そうか?自信を持て。なかなかうまそうに書けているじゃないか」 「・・・え?」 ・・・ミッターマイヤーの笑顔が急速に消える。 「うまそうに、って?」 「いや、これ、うまそうじゃないか。素材の選び方もいい。 ふつう、野菜をこんな風に絵には描かないからな」 「やさい・・・?」 「・・・違うのか?」 ミッターマイヤーの前にあった画用紙に描かれていたものは、ビューローがどう見ても野菜に見えたのだ。美術の課題に野菜を選ぶミッターマイヤーのユニークなセンスに少々妙なものも感じたのは確かだ。が、まあいいか、こいつらしいかも、とも思っていた。 しかし、この落胆ぶりを見ると、どうやら描いていたのは野菜ではないらしい。 「お前、なにをかいていたんだ?」 「・・・」 「言えよ、笑わないから」 「・・・だって、きっと、怒ります」 まるで10歳の子どものようなその口調に、ビューローが思わず笑う。 「大丈夫だ、こんなことでおれが怒ったことがあるか?」 「・・・ほんとう?」 「ああ、本当だ。・・・で、この絵はなんだ?」 ミッターマイヤーが下を向く。 そして、本当に気の毒そうに、蚊の泣くような声で言う。 「それ・・・ビューロー先輩です」 「え?」 ビューローは思わず絵を見なおす。 「あの・・・どれがおれなんだ?」 「その、細長いやつ」 「・・・・・・」 その「細長いやつ」は、ビューローがどう見ても人間には見えなかった・・・・・・・。 「これは・・・キュウリではなかったのか?」 「それは、先輩の顔です」 「じゃ、このいぼいぼは、もしかして・・・」 「目と鼻と口です」 「あ、あのな、ウォルフガング・ミッターマイヤー・・・」 あまりの衝撃に、思わずビューローはかわいい後輩の名前をフルネームで呼んでしまった。 「あえて聞くが・・・このなすびみたいなやつも人間か?」 「それ、オスカーです」 ・・・どうやら、なすびのへたに見える部分は、ロイエンタールの髪らしい。 「じゃ、こっちのかぼちゃは?」 「それ、ワーレン先輩・・・」 「こっちのじゃがいもは?」 「ビッテンフェルト先輩です・・・」 「・・・お前、どこにいるんだ?」 なにも言わず、ミッターマイヤーは画用紙の端を指さす。 そこにはどう見てもトマトにしか見えない丸い物体が、笑顔全開で微笑んでいた・・・。 「・・・お前、本当に園芸学校に行かなくてよかったな」 慰めるとも、からかうともつかぬ口調でビューローが言う。 「大丈夫だ。士官学校の美術など、地図が人にわかるくらいの画力があればいいからな」 「・・・はい・・・」 すっかりしょげてしまったミッターマイヤーがどこかかわいくて、悪いと思いつつ笑顔になってしまうビューローであった・・・。 追記 このミッターマイヤーの傑作はどういうつてをたどったかはわからないが、 現在、なぜかミュラー提督の手元にある、という噂がまことしやかにささやかれている・・・ |
人にはどうしても苦手なものってありますよね? なんか蜂蜜閣下は絵心がなさそうな気がします(^.^; |
佳池さまが、続き?をかいてくださいました!
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