(2)一夜の夢 帝国元帥ウォルフガング・ミッターマイヤーはいつになく酔った足取りで家路へと向かっていた。 今日は自分の、33歳の誕生日。 ・・・しかし、いつも一緒に祝ってくれた親友は今年はいない。 いや、今年だけではない。もう永遠に、あいつと誕生日を祝うことはない。 例によって幕僚達がわいわいと、誕生日の祝いと称して、ささやかながらの宴を開いてくれた。 断るべきだったのかもしれない。 カイザーが崩御してまだ一ヶ月あまり、正直言って、そういう気分祝い事の気分ではない。 しかし。 (たまにはいいか。連中にも息抜きが必要だ) いつになく、彼はそう思ったのだ。 息抜きが必要だったのは自分かもしれない・・・そう思いつつ。 限度を超えて飲み過ぎたかもしれない。 気がつくと、ビューローに支えられていた。 「大丈夫ですか、閣下・・・」 「ああ、少し飲み過ぎた」 心配顔のビューローに、ミッターマイヤーは 「酔い覚ましに歩いて帰る」 と宣言したのだった。 月がきれいだ。 まるで昼間のように、夜道を明るく照らしている。 (月の光というのは、こんなに明るいのだな・・・) ふと、そんなことを思う。 月をじっくり見るなど、最近はなかったことだ・・・。 足下を見ると、小さな影がいくつもできている。 ミッターマイヤーの影のまわりを、ふわふわとただよう小さな影。 (虫の影か・・・) そう思い、自分のまわりを見る。 ・・・・・・・なにもいない。 (え?) ミッターマイヤーは動いてみる。 小さな影も、彼の動きにあわせるかのようにふわふわと動く。 早足で歩く・・・小さな影も動きが早くなる。 自分のまわりには何もいないのに、自分の影のまわりにまとわりついている。 (幻影か?) 疲れているのかもしれない・・ミッターマイヤーは思う。 カイザーが崩御されて、一ヶ月あまり。 身体も、心も、疲れている。 こんなものを見るのは、そのせいだろうか? やがて、小さな影は動き出す。 一斉に同じ方に向かって揺れ出す。 「こっちへおいで」 そう言っているかのようだ。 ミッターマイヤーは、無意識にその動きにつられるように歩き出す。 やがて、影につられて行くようにして、彼がついたのは、小さな公園。 (こんなところに公園なんかあったんだ・・・) ミッターマイヤーは木の、古ぼけたベンチに腰を下ろす。 ・・・酔いが回ってきたかな?どうも記憶が曖昧になっているようだ・・・。 ミッターマイヤーの影のまわりを、小さな影が飛び回っている。 やがて、ぼんやりした光がミッターマイヤーのまわりにただよい出す。 (え・・・?) ミッターマイヤーは、小さな暖かい光に包まれる。 (蛍・・・?) ・・・時季はずれの、こんな町中にはいないはずの蛍。 (そう言えば、蛍は死んだ人間の魂だ、と誰かが言っていたっけ・・・) そんなことを思い出す。 もしもこの光が蛍だとしたら、誰の魂なのか・・・? 「ロイエンタール・・・」 ふと、もういない親友の名前が口をついて出る。 『呼んだか?ミッターマイヤー』 返ってくるはずのない返事が、返ってくる。 「・・・・・・おまえなのか?」 思わず、蛍に向かって話しかける。 『ああ』 返ってくるはずのない返事が返ってくる。 なつかしい、あの、甘いテノール。 「・・・久しぶりだな」 『ああ』 「・・・・・・元気だったか?」 『・・・死んだ人間に、元気かはないだろう?』 「ああ、そうだったな・・・・・・」 『誕生日おめでとう、ミッターマイヤー』 「・・・もしかして、お前、それだけ言いにヴァルハラから来たのか?」 蛍がゆらゆらと揺れる。 『残念ながらな・・・』 「ん?」 『こっちにはお前の席はまだ用意してないようだ。せいぜい生き残ってくれ』 「・・・冗談じゃない。おれにまだ苦労させる気か?」 ・・・なつかしい、あの、少し皮肉めいた笑みが見えたような気がした。 「お前に会いたい」 ミッターマイヤーは蛍に向かって、手を伸ばす。 そんなミッターマイヤーの指に、蛍がそっと止まる。 『お前のそばにいる、いつでも・・・』 そんな声がしたような気がした。 「・・・元帥!ミッターマイヤー閣下」 そんな声がして、ミッターマイヤーはグレーの瞳を見開く。 気がつくと、道ばたで眠っていたらしい。 目の前にビューローの呆れたような顔があった。 「そんなところで寝られては困ります。家までお送りしましょう」 ビューローのその言葉には応えず、ミッターマイヤーは独り言のように言う。 「蛍が飛んでいたんだ・・・」 「蛍ですか?」 蛍は夏の初めの虫。もういるはずがないのに。 「あいつが飛んできた・・・あいつ、蛍になっても目立つ・・メスの蛍がほおっておかないだろうなぁ・・・」 独り言のようにミッターマイヤーはつぶやく。 何も言わずに、ビューローはグレーの瞳から流れる一筋の涙を見つめる。 |
チャットでアイデアをいただきました。Rさま、ありがとうございました。 |