(2) さて。今日は年に一度の競馬の祭典、帝国ダービー。 少しでもいい場所で観戦しようと早いファンは前の日の夜から並んでいる。 もちろんミッターマイヤー夫妻は馬主用の特別席なので、並ぶ必要などない。 いつもの冷暖房完備飲み放題の席なのだが、今回はなぜか提督方の表情が硬い。 一人、いつもよりも解析度の高いデジカメを手に嬉しそうな提督が一人いる。 普段のロイエンタールなら皮肉の一言も言ってやるのだが、今日はそんな気になれない。 自分の親友に降りかかった災難を真剣にうれいている。 一人嬉しそうなフラウ・ミッターマイヤーは、知古の姿を見て手を挙げる。 「まあ、パウルさん・・・でいらっっしゃいますわね」 「フラウ・ミッターマイヤー、初めてお目にかかる。ご主人にはいつもお世話になっております」 そう言うと青白い顔の義眼の男はエヴァの右手を取り、完璧な動作でその手にキスをする。 ・・・動作が完璧なだけに、ミッターマイヤーはよけいに腹が立つ。 「こちらこそお世話になっております、ウォルフにとって、 あなたのような方と共に戦えることが最大の幸せと存じますわ」 (おれは幸せなんかじゃない!)←ミッターマイヤーの心の声 しかし、公明正大をモットーとするミッターマイヤーは、ここでもよき軍人の、いや、よき夫の顔を崩さない。 「いつも妻がお世話になっている、オーベルシュタイン・・・提督」 言い慣れない敬称を付けると、やはり言いよどんでしまう。 「こちらこそ、ミッターマイヤー提督の奥方にはお世話になっている。 とても魅力的な奥方をお持ちだ、ミッターマイヤー提督」 「う、うん・・・おれにはできた妻だと思っている」 ・・・いつもののろけも、なんだか力が入らない。 ・・・オーベルシュタインはそんなミッターマイヤーを尻目に、 エヴァをエスコートして馬主用の席の一つに座る。 しかたなく、ミッターマイヤーもオーベルシュタインとエヴァの横に座る。 その横にさりげなく、ロイエンタールが座る。 (た・・助かるよ、ロイエンタール) (親友の危機を知らぬ顔で見れるほど、おれは人でなしではないぞ) そう小声で言いながら、ただただおもしろがって眺めているだけの提督方を一瞥する。 (人でなしでもいい!こんなおもしろい見せ物は滅多にないぞ!!) ・・・そう思う心はみな共通だった。 そんな同僚達の、必死に押し隠す好奇心の色に彩られた表情を目にして、 (今度の出陣でもしもヤン・ウェンリーに強襲されても、おれは絶対にこいつらの援軍にはいかないぞ!) そう心に誓うミッターマイヤーであった・・・。 「・・・卿の馬は一番人気のようだな」 感情を押し隠して、ミッターマイヤーが言う。 「いい馬だ。なんといっても美しい」 オーベルシュタインが答える。それに答えるように、エヴァが言う。 「パウルさん、前から聞きたいと思っておりましたの」 「なんでしょう?フラウ・ミッターマイヤー」 「どうして、あの馬に主人の名前をおつけになりましたの?」 そう、そう、そうだ!それを聞きたかったのだ・・・心の中でミッターマイヤーが大きく頷く。 「美しいからです、フラウ・ミッターマイヤー」 オーベルシュタインは、普段の姿を知っている者が見たら 思わず「う゛ぞっ!!」と叫びそうな優しい光を義眼にたたえている。 ミッターマイヤーは「美しいから」という一言を聞いたとたん、全身が総毛立つような感覚に襲われる。 そんなミッターマイヤーに追い打ちをかけるようにオーベルシュタインが続ける。 「あなたのご主人はいつも生気に満ちておられる」 ・・・・・・ミッターマイヤーは急に身体中がかゆくなってくる。 「どうした?ミッターマイヤー、じんましんができているぞ」 ロイエンタールがからかうような、心配するような、複雑な声で言う。 「いや・・・何か悪いものを食べたかな?」 ぽりぽりと背中をかきながらミッターマイヤーがつぶやく。 もちろん悪いものを食べたからではなく、信じられないような一言を聞いたのが原因であることは、 誰よりも本人が知っている。 ・・・思うように陰険漫才が始まらないのが不満なのは、一緒に来ている提督方。 「おい、ミッターマイヤーはどうしたんだ?」 「さあ、いつもの切れがないな」 「やっぱり奥方の前だからだろう」 「そうか、ミッターマイヤーは奥方の前ではぶりっこだからな」 「・・・どうも、こちらがむずがゆくなりそうですよ」 「・・・これは、予想がかなり外れそうだな。 もしかしたら、これは今日の馬券の行方を暗示しているかもしれぬ」 「・・・と言うことは、今日も荒れるか?」 「こっちのパドックが平穏な分だけ、むこうは荒れるとも考えられるな」 「う〜〜〜む」 真剣に馬券検討を始めた提督方。 その中で、笑顔で話すエヴァとオーベルシュタイン、 そしてただただ唖然としている双璧だけが異様な雰囲気をたたえている。 「・・・ウォルフデアシュトルムとトリスタンは隣同士のゲートだな」 ふと、ロイエンタールが気がついたように言う。 「あら、本当ですわ。あなたとロイエンタール提督はいつもご一緒ですもの、ここでもそうなんですわね」 エヴァがにこにこと笑いながら言う。 オーベルシュタインは、それに応えるように言う。双璧を見ながら。 「いつもご一緒なので、こちらがつい嫉妬したくなるぐらいです。 ・・・どうもロイエンタール提督はご主人にご執心のようだ」 ・・・・・・ロイエンタールはその瞬間、 (もしもおれがこいつと相対することになったときは、真っ先にこいつを殺す!) と、心の中でつぶやいた。 ・・・パドックにいた馬たちが、いよいよターフに登場してきた。 目の前で見るウォルフデアシュトルムは、写真よりもずっと美しく、強そうに見える。 「いい馬だな」というミッターマイヤーのつぶやきに、ロイエンタールが答える。 「おれは馬はよくわからぬが、確かに美しい。それに強そうだな」 「ああ・・・・・・本当に強い馬というのは、なにかオーラのようなものを発しているものだ。 あの馬には何か、そう言うものを感じる」 そう言うと、ミッターマイヤーはオーベルシュタインを顧みる。 「卿はいい馬を持ったな」 「わたしはあの馬以外の馬を知らぬ」 「では、卿の持ち馬はあれ一頭か?」 「ああ・・・たまたま別の用で立ち寄った牧場で、あの馬を見つけた」 「それに、おれの名前を?」 「帝国一早い馬になるのでは、と思っている。名前の力も大きいかもしれぬ」 それだけ言うと、オーベルシュタインは独り言のようにつぶやく。 「・・・少し、しゃべりすぎたようだな」 ・・・ミッターマイヤーはオーベルシュタインという男を少しだけ再認識する。 この男はけして悪い男ではないのだ。 しかし、その公人としてのありようが自分とあわないだけなのだ。 きっと、そうに違いない。 しかし。 だからといって、オーベルシュタインを好きにはなれないミッターマイヤーであった。 そして、レースが始まる。 ミッターマイヤーはいつになく大きな声で応援する。 「いけ!疾風ウォルフ!」 「あなた、ウォルフ、しっかり!」 エヴァも一生懸命に応援する。 オーベルシュタインは、けして大きな声では応援しない。 しかし、そのぎゅっと握りしめた手が震えているのをミッターマイヤーは見てしまう。 「ああ、この男も自分の馬がかわいいのだな」 ミッターマイヤーは誰にも聞こえぬ位の小声でつぶやく。 「・・・無事に帰ってきてくれればいい」 自分たち夫婦の馬が出走するたびにミッターマイヤーはそう思う。 きっとこの男も同じことを考えているのだ。 こう言うところを普段から見せてくれれば、 きっと自分もこの男に対してほんの少し好意的に見ることもできたであろうに。 5番手を走っていたウォルフデアシュトルムは、最後直線で大きく伸びた。 次々と追い越し、なんと一着でゴール!! 「やった!!」 思わず隣のロイエンタールと抱き合うミッターマイヤー。 突然抱きつかれてロイエンタールはとまどっている。 「お、おい。ミッターマイヤー」 「あ、すまん」 ミッターマイヤーは身体を離し、オーベルシュタインの方を向く。 そして、オーベルシュタインに右手を差し出す。 「おめでとう、これで卿もダービー馬のオーナーだな」 「ミッターマイヤー提督の力かもしれぬ」 オーベルシュタインがその手を握り返す。 思えば、帝国三元帥と呼ばれるようになる3人の、これが最初で最後の握手だったかもしれない。 ダービーは、馬主にとっても、観客にとっても、最高の夢のレースだ・・・。 |
ギャグになりきれなかった・・・\(__ ) ハンセィ