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いつものように、それを最初に言ったのはミュラーだった。 「ファーレンハイト提督が大穴を当てたそうですよ」 「大穴?」 ちょっと考えて、ビッテンフェルトは笑った。 「ああ、馬か」 「そう、馬です」 ・・・ミッターマイヤー家の持ち馬を応援するために毎週競馬場へとおもむいていた提督方だが、どうやらファーレンハイトは他の提督とは別行動で競馬場におもむいたらしい。 まあ、ワーレンやルッツも常連だからそれはかまわないだろう。 しかし。 「・・・で、大穴ってどういうことか?」 「この前ニュースでも言っていたでしょう?400万馬券」 「ああ、あれか」 ・・・一般のニュースでも話題になっていた。 10帝国マルクの馬券が、なんと配当400万倍。 つまり、4000万帝国マルクになった、という夢の馬券だ。 (1マルク200円で計算してみよう!・・・2000円の馬券がなんと8000万円になったのだ!)。 その日の全売り上げの中でも3人しか購入者がいなかったらしい。 「その中の一人がファーレンハイト提督だった、ともっぱらの評判です」 「10マルクが・・・4000万帝国マルク・・・・・・」 ビッテンフェルトが目を丸くする。 「それをファーレンハイトが取ったというのか・・・?」 「噂ですよ、ビッテンフェルト提督」 「いや、そうに違いない!」 ビッテンフェルトは急に立ち上がった。 「ビ、ビッテンフェルト提督・・・?」 「行くぞ!おれたちも、競馬場に!!」 そう叫ぶと、ビッテンフェルトは執務室を飛び出した。 そのころ、ミッターマイヤーの執務室。 「ファーレンハイトが例の馬券を取っていたのか」 ミッターマイヤーがおもしろそうに言う。 「噂だぞ、ミッターマイヤー」 ロイエンタールがとがめるように言う。 「火のない所に煙は立たないというじゃないか。噂でも真実を含むと言うことはありうる」 「しかしファーレンハイトがそんな馬券を買うか?あいつはもっと堅実に勝負をする男だ」 「いや、そうとばかりは言えないぞ」 ここのところ、ファーレンハイトの買い方を観察していたミッターマイヤーがいう。 「ファーレンハイトはきっとマークシートを塗り間違えたんだ。あいつならやりかねない」 「いやに自信ありげだな、ミッターマイヤー」 「ああ。おれはそれで取ったからな」 「・・・なに?」 「・・・ほら、これが400万馬券だ」 ミッターマイヤーは胸から出した一枚のカードをひらひらさせる。 「今から換金に行くところだ。これでエヴァに何か買ってやろうと思っている」 「3人のうちの一人は、お前か・・・」 ロイエンタールは呆れたように言う。 「おれが取ったくらいだ。みんなも柳の下のどじょうを狙ってくるだろうな」 「次の日曜日はG1か・・・行くのか?」 「ああ、G1には出ないが、新馬戦に持ち馬が出るのでな、行こうと思っている ・・・もちろんみんなが一緒だから、おれは馬券は買わない」 「そうか」 「お前は?」 もちろん、お前につきあうさ」 二人、顔を見合わせて、笑う。 「・・・今度のG1は国際G1なんだ」 「それはなんだ?」 「つまり、帝国の馬だけでなく、いろいろなところの馬も出馬するんだ」 「・・・つまり、叛乱軍、つまり、同盟の馬も出る、と言うことか・・・?」 「ああ」 「同盟の馬主も観戦に来るというのか?」 「それはないと思うが・・・」 「よかった、お前のような無鉄砲はそうはいない、ということだな」 「お、おい?」 「冗談だ」 そこにビッテンフェルトが飛び込んでくる! 「ミッターマイヤー!今度の日曜日競馬場へ・・・」 「ああ、行こう」 「・・・そして、おれに馬券の買い方を教えてくれ!!」 「え?」 「おれも、10マルクを4000万マルクに増やしたい!」 「あ、ああ」 少しとまどう表情のミッターマイヤー。 「しかし、あれは例外だぞ」 「ああ、聞いた。3人しか当たってないそうだな。ファーレンハイトと、あと2人だということはわかっている。 しかし、そんなことはどうでもいい!おれは馬券を買ってみたいんだ!」 ・・・今まで競馬を見に行っていたのだが、実は馬券の買い方も種類も全くわからず、一枚も買えなかった、とは言えなかったビッテンフェルトであった。 そのころ、帝国中央銀行。 4000万帝国マルクもの現金を持って、おそるおそる口座を開設するミッターマイヤーの幕僚ビューローの姿がそこにあった・・・。 |