(5) 「おい!どうやって買うんだ?」 大きな声が馬主専用貴賓席に響く。 もちろん、声の主はビッテンフェルトだ。 「昨日教えただろう?」 ミッターマイヤーが小声で言う。 「昨日と違うじゃないか」 「え?」 ミッターマイヤーはマークシートを見る。 ・・・確かに、今週から馬券の種類が増えている。 「・・・どういうことだ?」 いぶかしがるミッターマイヤーに教えたのはファーレンハイトだ。 「今週から馬単と三連複が増えたんですよ」 「馬単?なんじゃそりゃ?」 ビッテンフェルトのつぶやきに、今度はミッターマイヤーが答える。 「・・・思い出した。今週から競馬場によっては、馬券の種類が増えているんだ」 「増えている?」 「ああ、馬単と三連復だ。 馬単と言うのは一着と二着を順番通りに当てる馬券、 三連復というのは三着までにはいると思う馬を三頭指名する馬券だ」 「それは例の400万馬券か?」 「そこまではつかないと思うが・・・。 しかし1500倍とか1万倍とか、ついたという話を聞いたことがある」 と、これはファーレンハイト。 さすが、お金に関係する話の情報収集能力はミュラー以上と自他共に認めるだけはある。 「でも関係ないだろう?卿はおれの馬を買うのだからな・・」 「あ、いや、もしも400万、いや、10000でもいいから・・・ おい!ファーレンハイト!おれにもその何とかという馬券の買い方を教えろ!」 「・・・顧問料は高くつくが?」 「かまわん!配当金の10%だ」 「・・・30%」 この微妙な数字に、ビッテンフェルトは思わず頷く。 「のった!!」 ふたりはこれ以上はないほど精密な作戦を立てている。 「このくらい普段から慎重に事を進めているなら、反乱軍はとうの昔に滅亡の大合唱を奏でているだろうな」 ロイエンタールが感心したように言う。そして、同盟の野次馬?たちを一瞥する。 その視線に、シェーンコップが気づく。 「・・・ロイエンタール提督?」 「そうだ、同盟の野次馬か?」 「わたしはワルター・フォン・シェーンコップだ。しばらくの間、覚えておいて頂こうか」 「ああ、聞いたことがある。ローゼンリッターとやらの首領だな」 「これは光栄の極み。小官のような小物までご存じとは」 「手癖の悪さは宇宙一と聞いている」 「・・・お前さんのような宇宙一の淫乱男には言われたくないな」 (どっちもどっちじゃないのか?) 心の中でそう思うヤンとミッターマイヤーだったが、二人とも口には出さない。 やがて、ゲートインが始まる。 「すっかり遅くなってしまいました」 そういいながら、顔に「秩序」と書いてありそうな、およそ競馬場にはふさわしくない男がヤンの横に座る。 「ああ、かまわないよ、ムライ。で、お前さんの馬の様子はどうだった?」 「いつも通りでしたよ。同盟にいるときと全く変わりません。たてがみをなでてやって、健闘を祈ってきました」 「そうか。わたしも君の馬の馬券を買おうかな?」 「やめておいてください。関税の手続きが大変になります」 ・・・・・・もう勝つつもりらしい。どうやらこの男が今日の馬主のようだ。 それにしてもこの男、ミッターマイヤー以上に「競馬」とか、「馬主」という言葉が似合わなさそうな雰囲気だ。 ヒューベリオンは悠々と歩き、ゲートに向かっている。 ミッターマイヤーの顔が真剣になってくる。 「・・・勝てますよ」 いつの間にかそばにいるヤンがささやく。 ミッターマイヤーはヤンを少し見、ヒューベリオンを見る。 「あなたの強運を分けてくださいますか?」 ミッターマイヤーがヤンに向かって言う。 「それはできませんよ。一緒に応援はしますが」 ヤンの代わりにアッテンボローが言う。 「おれたちはこの人の強運に乗って、今まで生き延びてきたんですよ」 「なるほど・・・では、一緒に応援してください」 ・・・ヤンたちは答えない。 ミッターマイヤーも、そのままなにも言わずにターフ(芝のコース)を見る。 もうすぐスタートだ。 ロイエンタールは少し離れたところでこの道化芝居(まさに道化芝居かもしれない!)を見ている。 戦争状態にある国(片方は国とは認めていないが)同士の、第一線の軍人同士が、競馬場などでなれ合っている。しかも、同じ馬を応援している。あり得ない光景だ。 明日になれば、もしかしたらお互いに最前線に出るかもしれない同士だ。 しかしミッターマイヤーときたら、こいつらとまるで昔からの知古のように話をしている。 ヤン・ウェンリーも、まるでミッターマイヤーの数年来の友人のように、振る舞っている・・・。 (似たもの同士と言うことか?) ロイエンタールは苦笑する。 そして、自分もいささかその空気に巻き込まれていること、そして、それが少しもいやではないことに驚いている。 そして。 ファンファーレが鳴り、いよいよスタート! ミッターマイヤーの馬ヒューベリオンは、風のように疾走する。 ふわりふわりと駆け抜ける様は、まるで飛んでいるかのようだ。 スタートと同時に4・5番手につき、飛び出すタイミングを計っている。 「・・・頭のいい馬ですな。自分でタイミングを計っているかのようだ」 ムライが感心したように言う。 「だから、ヒューベリオンなんですよ」 ミッターマイヤーが笑って言う。 「なるほど・・・光栄ですな」 ムライが少し笑って言う。その表情を、まるで幽霊でも見たような顔をしてアッテンボローが見る。 「あのおっさんも人間だったのか」 「蜂蜜色の髪のカワイコちゃんが好みだったとは知らなかったな」 シェーンコップが応えて言う。 「しかし、あのカワイコちゃんはてごわいぞ」 「ああ、うっかりしていると足下をすくわれますからね」 「・・・戦場では、会いたくないな」 「このまま連れて行きますか?イゼルローンに・・・」 「ほんとうのカワイコちゃんならば、喜んで連れて行くが・・・ちょっとごついな・・・」 同盟の二人におもちゃ扱いされているとも知らずに、ミッターマイヤーは馬の走る姿を真剣に追っている。 ・・・ヒューベリオンは第4コーナーからすっと抜け出し、みるみるうちに先頭に躍り出る。 そして、そのままゴール!! 「やった!!」 ミッターマイヤーは思わず、近くにいたヤンに抱きつく。 そして「しまった」という顔をしてすぐに離れる。 「・・・すみません!つい・・・」 「いえ、かまいませんよ。初勝利、おめでとうございます」 ヤンはにっこり笑って握手をする。 「期待の子どもさんの初勝利ですね」 「ええ、あなた方のおかげです」 「とったぞ!!」 そんな二人の後ろで、ビッテンフェルトが叫ぶ。 「3連復とやらだ!250倍だぞ!!」 「え?そんなに?」 思わず自分の馬券と比べるファーレンハイト・・・しかし、自分の馬券ははずれている。 あ、もしかしたら・・・。 「ビッテンフェルト提督、もしかして、塗り間違えました?」 「いや、ミッターマイヤーの馬だけは間違えないようにしたがな、あとは適当にぬった」 「適当に・・・」 適当にぬって、250倍の配当だぁ? ・・・真剣に検討し、塗り間違いのないように念を押し、結局適当で250倍・・・。 人生がむなしくなってきた提督方であった。 ドリームレースの一日は、まだまだ長い。 |
今度こそ、続くのか??
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←はい、これがヒューベリオンのモデルになった馬、トウカイテイオーです。 実物は、前髪がかっこよくて、瞳が優しくて、とても賢いグッドルッキングホースです。 ・・・ちなみに、競馬場によっては6月から馬単と3連復が買えます。今年中にはすべての競馬場と場外馬券売り場でも買えるようになります。 |