episode4 Marie−Theres Mittermeire


「学校まで一人で行きたいな」
そう言うと、ファーターは困ったような顔をした。
「どうして一人で行きたいの?マリ・テレーゼ」
「お友だちもみんな一人で来てるもの」
「無理だよ」
ファーターは悲しそうに言う。

わたしだって、そのくらいは知っている。
ファーターは国家の重鎮でいらっしゃるから、わたしたちもテロとは無関係ではない、ということ。
だから、たくさんの憲兵さんと、時には皇帝陛下の親衛隊の人が護衛につく、と言うこともわかる。
でも。みんなと一緒に映画も見たいし、町をウィンドー・ショッピングしてみたい。
すてきな彼氏を作って、親にも言えないようなデートをしてみたい。

「・・・で、それをあなた、本当にウォルフに言ったの?」
「うん」
ふう、とフレイアはため息をつく。
「どうしてそう当たり前のことを聞くわけ?ウォルフは国家の重鎮なのよ。
その家族のわたしたちも公人と同じなのよ」
「どうして?」
「どうしてって・・・」
「簡単なのよ。すてきな男の子と一緒に、ハンバーガー食べて、映画を見て、かわいい服を買って、ビーズのアクセサリーに・・・」

フレイアはもう一度、盛大にため息をつく。
・・・自分はそんなこと、考えたこともなかった。
常に自分はウォルフガング・ミッターマイヤーの子どもであることを意識してきた。
そんな、普通の女の子みたいなことに興味もなかった。

同じミッターマイヤー家の女の子なのに、自分とどうしてこうも違うのか。

「じゃ、つまりあなたは誰かとデートしたい訳?」
「・・・うん、まあ、そうかな?・・・ちょっと違うような気もするけれど」
「じゃあ、紹介してあげる」
「え?」
「もう一人いるのよ、そう言うことをしたがっているやつが」
「フレイアが紹介してくれるの?」
・・・自分よりもそう言うことに縁がなさそうなフレイアが、男の子を紹介?
マリ・テレーゼは何か、いやな予感がする。

そして、次の日曜日。

マリ・テレーゼは、家の近くの女子中学生に人気のお店で買った、かわいいパステルトーンのアンサンブルを着て、フェザーン中央公園の前で待ち人と会っていた。

アクセサリーも、持ち物も、なるべく普通に、普通に。
けして、要人の家族だということがわからないように。

幸い、ミッターマイヤーは家族の写真を公開することを極度に嫌っているので、自分の顔はそう一般市民には知られていないはずだ、とマリ・テレーゼは思う。
思ったあとで、そう言う思考がすでに“普通の女の子”のものではないことに気がつき、つい笑ってしまう。

なんだぁ。わたしもフレイアとあんまりかわんないじゃない・・・。


そして、約束の時間まであと5分、と言うとき。
フレイアが男の子を一人連れて、軽い足取りでやってくる。
「お待たせ、マリ・テレーゼ。連れてきたわよ、今日のデートの相手」
にこやかにそう言うフレイアの後ろから、美しい金髪がのぞく。
「・・・・・・」
「こんにちは、フロイライン・マリーテレーゼ・ミッターマイヤー」
マリ・テレーゼは母親譲りのすみれ色の瞳を、まんまるにする。
そして、とまどいつつも、礼にかなった挨拶をしようとして・・・思いとどまる。
(そうだった・・・今日はデートなのよね)
そして、今日のデートの相手ににこりと笑いかける。
「こんにちは、アレクサンデル・ジークフリード」

そのころ。
久しぶりの休日で怠惰をむさぼっていたウォルフガング・ミッターマイヤーは、皇帝つき親衛隊長キスリングの緊急通信で目が覚める。

『アレク陛下がいないのです』
「いらっしゃらない?」
ミッターマイヤーはかすかに残っていた眠気を、首を一度ふって振り払う。
「誘拐か?テロか?」
『いえ、家出です』
「は・・・?家出?」
『はい、書き置きがあって・・・』
「書き置き?」
『はい。国務尚書のお嬢様と、デートを楽しんでくると・・・』
「・・・・・・」

ミッターマイヤーは右手で蜂蜜色の髪を盛大にかき回す。

すでにキスリングとケスラーとビューローの協議で、二人が行きそうなところには私服の憲兵隊が待機しているという。
「そういえばあいつ、友達みたいに男の子とデートしてみたいと言っていたからな・・・」
連絡を受け、すべての手はずを整えてやってきたビューローに、ミッターマイヤーは愚痴ってみせる。
「陛下もそうおっしゃっているようです」
ビューローがおかしそうに言う。
「まあ、冒険したい年頃でしょうから」
「マリ・テレーゼだけがああなんだ。フェリックスも、ヨハネスも、フレイアも、ハインリッヒも、みんな分別ある行動をするのに。どうしてああも子どもっぽいことを考えるのか・・・」
「それで普通なのではないですか?」
「・・・そうかな?」
「そうですよ」
「おれにはよくわからん。妹もいないし、子どもを育てるのは初めてだし」
「まあまあ」
ビューローはおかしそうに言う。


駅前のファンシーショップで、アレクが「指輪買ってあげようか」と言ってくれた。
「でも、実は自分でお金を使ったことがない」
そう言って、アレクははにかむように笑った。
「お財布は?」
「フレイアが貸してくれた。あんまり入ってないけれど・・・」
「じゃあ、指輪、見ていい?あんまり高いのはいらないから」
「いいよ」

二人手をつなぎ、お店の中に入っていく姿を見て、フレイアは小さくため息をつく。
そんなフレイアの肩を誰かがポンと叩き、フレイアは思わず警戒するような顔になる。
しかし、その相手を見てにこりと笑う。

そこにあるのは、砂色の髪と砂色の目をした、私服を着込むとおよそ元帥閣下には見えない穏やかな容貌の男性が一人。
フレイアはその人物に笑ってみせる。

「ご苦労様、ミュラー元帥閣下」

「心臓に悪いですよ。非番のわたしまでかり出されてしまった」
帝国軍元帥、ナイトハルト・ミュラーはそう言って、いつまでも若々しい笑顔を見せる。
「あら、非番だったの?だから宇宙艦隊司令長官ともあろう人がこういう仕事をしてる訳ね」
「陛下のお忍び外出ですよ。そうみんなに言いふらすわけにも行かないじゃないですか」
「なるほどね・・・で、あの二人は親衛隊と憲兵に任せて、あなたはわたしのお仕置き要員?」
「そうじゃないですよ。あなたの護衛です」
「嬉しいわね、元帥閣下が護衛につくなんて」
そう言うと、フレイアはミュラーの腕を取る。
ミュラーは苦笑して、フレイアと腕を組んで歩き出す。
「こう言うことは事前に言って頂かないと」
ミュラーはとがめるように・・・しかし、穏やかな笑顔は絶やさずに言う。
「いいじゃない。ちゃんと夕べ、キスリング閣下には計画を教えてあるんだから」
「で、キスリングはそれを朝までもらさなかった・・・おかげでわたしたちは朝から大あわてですよ」
「いいじゃない。あの二人、“普通”を楽しみたいのよ」
「あなたは?」
「わたし?」
フレイアは少し考えて、人の悪そうな笑顔を見せる。
その表情が、もういないかの元帥を思い出させて、ミュラーは思わず自分の目を疑う。
どうしてこの少女は、かの人と同じような表情を見せるのか・・・。

そして、フレイアは、その笑顔のままつぶやく。
「わたしは生まれたときから、そう言うものには縁がないのよ、ミュラー元帥閣下」
「・・・」
「わたしはわたしじゃないんですもの・・・」


生まれて初めて自分でお財布からお金を出し、女の子のためにプレゼントを買ったアレクはほっとしたような表情になる。
そんなアレクに、マリ・テレーゼが嬉しそうに言う。
「ねえ、映画にする?遊園地?それとも・・・」
「遊園地がいいな」
「そうね!じゃあ、地下鉄に乗りましょう」
「地下鉄・・・初めてだ」
アレクはそう言うと、小さな冒険を楽しむかのように笑ってみせる。
マリ・テレーゼもつられて笑う。

二人のぎこちないデートは、始まったばかりだ。

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