Episode 3  Freyia Mittermeire



小さいときから、いろいろと考えなくてもいい事まで考える子どもだ、と言われていた。
そうなのかもかもしれない。


19歳で求婚されたとき、母には一つの選択肢しかなかった、と思う。
一人で生きていくだけの生活力もいまだなかった母は、ウォルフの求愛を受けるしかなかったのだ。
もしかしたら、母はウォルフを愛していなかったのかもしれない。
仕方なくウォルフの求愛を受けたのかもしれない。生きるために・・・。


ウォルフは・・・どうなのだろう。


同情以上のものはあったと思う。
そうでなければ、24歳の「大人の」男性が19歳の少女を7年も思い続けた上に結婚、などということはしなかったのではないだろうか。

ウォルフのもういない親友が
「進んで一人の女にとらわれるなどおろかなこと」
と言ったとか言わなかったとか。

でもウォルフは、進んで母にとらわれたのだ。
おろかなことだったのかもしれないけれど。

わたしは、愚かとは思わない。
そう思うのは、わたしが女だから・・・?



母にとって、ウォルフはお世話になっている家の一人息子なのだ。
おそらくその家の主人も、その妻も、なかなか女性を家に連れてこようとはせず、被保護者である少女にあつい視線を送る息子の気持ちはわかっていただろう。
ふたりが結婚し、この家を継いでくれたら・・・そう思ったに違いない。
もちろん、ウォルフもそれは承知していた、と思う。
“疾風”の名を持つウォルフが求婚までに7年もかかった背景には、そのことも大きく影響していたと思う。
ウォルフが母に「結婚」という言葉を告げると、母はそれを拒否できない
・・・ウォルフにはそれが痛いほどわかっていたのだ。
だから、求婚をためらっていたのだと思う。
ウォルフはいつもそういう人だったから。


それ故に、結婚後、ウォルフは母を心から大切に想ってきた。


結婚して30年以上たち、一人の被保護者と、養子と、そして3人の実子に恵まれた今では、両親は確かに愛し合っている、と思う。
ウォルフの母を見つめるまなざし、そして、母のウォルフをみるまなざしには慈しみ深き愛情が満ちている。
わたしの自慢の両親と言っていい。


でも、と思う。
ウォルフの気持ちを、母の気持ちを聞いてみたい。


「・・・・・・それは難しい質問だな」
ウォルフはあの、春の日だまりのような笑顔を見せる。
「おれはエヴァを・・・母さんを愛していたと思う。同情ではなく、心から。
・・・でもエヴァはどうだったのだろうな」

ウォルフは灰色の瞳で、遠くを見つめるような表情をする。

「確かに、エヴァはおれを兄のようにしか思ってなかったのかもしれない。
ほかに好きな男がいたとは思えないけれど。
たしかに、おれが求婚したら断れないだろうことはわかっていたし、そのことでおれが躊躇していたのは事実だし。
・・・・もしもほかに好きな男がいても、エヴァはおれの求愛に答えるしかなかっただろうな。そう、おまえが想像するように」

「でも、今はふたりは愛し合っているのでしょう?」

「激しい恋愛の末に結婚することもあれば、結婚してふたりで恋愛することをはじめることもある。
30年近くなれば、どっちもそう変わらんさ。おれはおまえの母さんを愛しているよ」

そう言うと、ウォルフは微笑む。



では、あの人の事は・・・・?


いまだに、ウォルフの前では、禁句に近い、その名前。

ウォルフは、オスカー・フォン・ロイエンタールを、愛していたのだろうか・・・?


ウォルフが、ロイエンタール元帥を殺した。
直接手を下したわけではない。
でも、天上への門を開いたのはウォルフなのだ。

ウォルフがそのことで、もう20年近く苦しんでいることを知っているのに。
眠れない夜と、後悔に満ちた日と、その積み重ね。
やっとウォルフは、わたしたちの前でも、その名を口にすることができるようになったのに。



「ねえ、ウォルフ」
「なんだい?」
「オスカー・フォン・ロイエンタールを・・・」

その名前を、わたしが口にしたとき。
ウォルフの目が・・・わたしの大好きな、灰色の瞳が、こころなしか色が変わったように思う。
悲しみに満ちた、淡い紫に・・・。

でも、それも、一瞬の事。

「ねえ、ウォルフ・・・オスカー・フォン・ロイエンタールを・・・」
そう言うと、ウォルフはわたしの唇にそっと人差し指を当てた。
それ以上言うな、と言うことだろう。
そして、ささやくような声で言った。

「・・・愛していたよ。誰よりも」


ウォルフはわたしがそそいだ紅茶の香りをかいで、灰色の瞳を細めた。
「オスカーは・・・あいつはおれの半身だった。もちろん、男女の愛情とは違う形だったかもしれないけど、愛にかわりはなかった」
「ムッターはそれを知っていたの?」
「おれのことでエヴァが知らないことはなかった」
ウォルフは断言する。
「もちろん、おれの気持ちも知っていただろう」
「それでも母さまは何も言わなかったの?」
「・・・おれが帰るところはエヴァのところしかなかったから。・・・それに、エヴァは、おれのそういう愚かなところまで愛してくれたからな」

そこまで言うと、ウォルフは紅茶を一口すする。
そして、ささやくように言う。
「・・・おれは罪深い人間だな」
「・・・・・・」


「フェルは、父親そっくりだ・・・でも、お前の方が、似ているよ、フレイア。・・・あいつに」
ウォルフは小さく笑う。
「どうかしてるな。実の娘にこんなことを話すなどとはな」
「わたしは、オスカー・フォン・ロイエンタールが死んだ、同じ日に生まれたのよね」
「ああ」

沈黙。

そして、わたしがゆっくりと口を開く。

「・・・ずるいわよ、ウォルフ」
「なにが?」
「そんなことを、実の娘に言って・・・。わたしにふたり分の愛を注げと言うの?」


オスカー・フォン・ロイエンタールへの、ウォルフの愛。
わたしの、ウォルフへの愛。


何も言わず、ウォルフはほほえんだ。
・・・悲しいほほえみだ、と思った。

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わたしが生まれて初めて書いた、銀河英雄伝説の2次創作は、実はこの話です。
つたない話ですが、あえて当時の文のまま掲載させていただきます。