![]() 新帝国歴2年 宇宙歴800年11月14日。 影の城(シャーテンブルク)周辺宙域は、ウォルフガング・ミッターマイヤー指揮の宇宙艦隊の艦艇によって埋め尽くされる。 両翼を固めるのはビッテンフェルト上級大将とワーレン上級大将。 ロイエンタール提督と士官学校の同期の二人だ。 戦場として設定される(であろう)ランテマリオ星域は、地球にある山の名前から取られた名前だ、とミュラーは聞いた。 その昔、創世のとき神が人間に‘それぞれの岬の方向に散りそ れぞれの国を造れ’と命じ今の世になったという、いわゆる創世神話の故郷。 神が最初に作った、それと同じ名前の地で、4人の祭司が祭りを行おうとしている。 生け贄になるのは、誰なのか・・・・・・。 銀河の平和を司る神は、まだ血を欲してるらしい。 その中に、ナイトハルト・ミュラー指揮する艦隊の姿はない。 「卿は怪我がまだ癒えていないから」 そう言われ、ミュラーはその「祭」に参加することができなかった。 それだけではないだろう、とミュラーは考える。 なぜ、両翼をかの人の士官学校の同期でしめなければならなかったのか。 かの人とのつながりが、祭の司祭たる条件か。 自分はウルヴァシーで、ロイエンタール元帥の叛乱を疑わなかった。 それが司祭たるに足りぬ条件か。 ・・・それとも、単純に自分の負傷を嘆くべきか。 今だ負傷癒えぬミュラーは、後方で見守るしかない。 ブリュンヒルドで、ミュラーはロイエンタールの助命をこうた。 むろん受け入れられることはなかったが。 ・・・ウルヴァシーで最初にロイエンタールの謀叛の可能性を口にした自分が助命をこうということが、欺瞞に充ちた行為のように思えたことも事実だ・・・。だが。 ミッターマイヤー元帥のために、ロイエンタール元帥の助命を嘆願した。 自分にはその思いが強い。 ウルヴァシーでの事件は、ミュラーの心に深い疑惑を植え込んでいる。 ・・・自分は、ロイエンタール元帥が謀反を起こしたのだと、信じている。 信じなければ、あの事件の説明がつかない。 ・・・しかし。 「ミッターマイヤー閣下を見ていたら・・・言わずにはおれなかった」 ミュラーはキスリングにそう言う。 「痛ましくて・・・お顔を見ていられなかった」 「ブリュンヒルドで?」 キスリングが、痛ましそうな顔でいう。 「うん」 ミュラーが、少し甘えたような声になる。 ・・・階級は違うが、士官学校時代の同期の二人だ。 余人を交えず話すときは、かつての友人どうしの言葉使いになるのはいつものこと。 自然とミュラーの口調も、気の置けない友人へのそれになる。 ・・・いや、心なしか、年長者に対する、弟のような、甘えた口調になってくる。 そして、そんな時のキスリングの口調や態度は、年少者に対してのようなものになる。 これも、いつものこと。 「あのときか?」 「ああ」 それ以上、二人は何も言わない。 ウルヴァシーでの出来事は、共通の思い出したくもない体験なのだから。 伝えられる戦況は一進一退。 ミッターマイヤー元帥は、きっとなんの虚飾もなく、正確に戦況を伝えているのであろう。 ・・・いや、あの人は自軍が有利であってもけして安易に「わが軍・有利」という打電はしないだろう。 ことに、ロイエンタール元帥が相手とくれば。 ミュラーは、自分が間近に見ている二人の用兵家の戦いぶりを脳裏に描く。 ・・・帝国の双璧の戦い。 この世に二つとない、比類なき星々の、すべてを出し尽くした戦い。 自分の遙か頭上では、人智を越えた、高度な戦いが繰り広げられているに違いない。 「カイザーの様子はどうだ?」 その日、いつものように遅く私室に帰ってきたキスリングに、ミュラーはそれとなく聞いた。 「いつもと変わらない」 キスリングは、少し投げやりにつぶやいた。 ・・・嘘だ、とミュラーは思う。 ことカイザーのことにおいては自分にさえいわない事実がたくさんあることをミュラーは知っている。 そこがキスリングのキスリングたるゆえんなのだが。 「コーヒー、入れたぞ」 「ん」 いつもの会話。 自分の頭上で、宇宙で、何が起ころうとも、ここでは今のところ“日常”がすぎていく。 その日常に身を置かねばならないことが、今のミュラーには耐え難い。 そして、運命の時。 ロイエンタールは、ハイネセンに散った。 正式な報告書がまとめられ、ロイエンタール元帥の謀叛のほぼ全容が示されたのは翌年のこと。 ミュラーもそれを手にした。 彼は1ページ1ページを食い入るように読み、読み終わると天井を仰ぎ、溜息する。 ・・・確かに、自分はランテマリオに集う資格はなかったのだ。 そう思う。 ロイエンタール元帥の胸中は理解できる。 しかし、理解できても、共感できない。 ・・・自分の誇りのために、人は、命をも投げ出すことができるというのか・・・? 「もしおれだったら」 とミュラーはキスリングに語り出す。 キスリングは、細身のたばこを吸いながら聞いている。 「おれだったら、すべてを投げ出してフェザーンに向かう。誤解を解くことに懸命になるだろうな」 「でも、ロイエンタール元帥はお前じゃなかった」 「ああ・・・あの人らしいと言えばあの人らしいのかもしれない・・・」 無実であるが故に、すべてを投げ出し、弁明するであろう自分と。 無実であるが故に、必死に弁明することが卑屈にすら感じられたであろう彼と。 そして、ミュラーはキスリングに向き直る。 「お前がロイエンタール元帥だったら、どうした?」 「おれだったら?」 「・・・ああ」 少し考え、キスリングは答える。 「おれだったら、まずああはならない」 「どうして?」 「おれはあそこまで誇り高くない」 二人はそのまま黙り込む。 |