(3) 士官学校祭には、軍人に憧れる少年や、子ども達の成長した姿を一目見ようと言う保護者や、あわよくば将校の卵と仲よくなりたい、と考える女子高生などがたくさん来る。 ミッターマイヤーは、両親から軍人になることを反対されているので、もちろん親を呼んではいない。 ロイエンタールは元々呼ぶべき親がいない。 で、いつものように二人で過ごすことになる・・・はずだった。 しかし。 体育館のステージ横の控え室で、ミッターマイヤーはぶすっとしたまま、メイクをされている。 同じ控え室に、ビッテンフェルトもいる。 ビッテンフェルトは、恐ろしく似合わない、黒い白鳥の衣装を着て、わざと派手なメイクを施している。 そんなビッテンフェルトに、ミッターマイヤーは聞いてみたかったことがある。 「先輩・・・どうして今年も出るのですか?」 「なあに、いいじゃないか。にぎわえばそれでいいんだ」 「そうですけれど・・・」 「お祭りだぞ?堅苦しく考えるな。たまには心の底からばかにならねばな」 「はい・・・」 それもそうだな、とミッターマイヤーは思う。 卒業したら、毎日が生き死にの世界だ。 今くらい、ばかになってもいいかもしれない。 「ビッテンフェルト先輩は、なにをするんですか?」 「ああ、バレエだ。ワーレンがおれを抱えてくれる予定だ」 「・・・あの、ワーレン先輩も、バレエの衣装で?」 「ああ、白いタイツ姿だ」 ・・・聞きたくないことを、聞いてしまった。 想像したくない姿だが、見てみたいような、見たくないような・・・。 「ウォルフ、支度ができたか?」 ロイエンタールがドアを開け、控え室に入ってくる。 ・・・相変わらず、なにを着ても似合う。 清楚な白いワンピースのミッターマイヤーにあわせて、今日のロイエンタールはスーツでまとめている。 着こなしは、あくまでカジュアルだ。 「本当に、なにを着ても似合うね」 ミッターマイヤーが思ったままを口にすると、ロイエンタールが笑う。 「お前もなにを着ても似合うぞ・・・自信を持て」 そう言うと、髪をそっと指で梳く。 ステージの上では、上級生達のパフォーマンスが続く。 「チュ☆チュ☆チュ☆チュ☆チュ、サマ〜パ〜ティ☆」 ・・・と、かわいい?ぶりぶりの衣装で歌うのは・・・ファーレンハイトとルッツの二人だ。 ・・・ルッツの瞳は、もうすっかり藤色に変わっている。 およそかわいくない顔でああいうかわいい歌を歌われると・・・しかし、そのアンバランスがおもしろい。 ミニスカートからたくましい?おしりがちらちらと見えるたびに爆笑が巻き上がる。 結構受けているようだ。 次はビッテンフェルトのパフォーマンスだ。 白いタイツとちょうちんブルマーのワーレンが現れたところで、場内は大爆笑だ。 さらに、黒いチュチュを着てビッテンフェルトが現れると、もう割れんばかりの拍手?がわき上がる。 そして、ワーレンがビッテンフェルトを支え、ビッテンフェルトが足を高く上げ、恐怖の?32回転をした時点で、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。 しかし、汗にまみれ、めちゃめちゃになったメイクのビッテンフェルトは、かなり鬼気迫るものがあった・・・。 そして、ミッターマイヤー。ロイエンタールに手を引かれ、うつむき気味に登場する。 ・・・観客席の最前列で見ていたビューローは、思わず自分の目を疑う。 (あれは、ミッターマイヤーか?) 普段は全く感じないのに、今日のミッターマイヤーからは「少女」の雰囲気がする。 白い、なんのかざりもないワンピースを着たミッターマイヤーは、確かに士官学校生の中では小柄だ。 しかし今までその肉体を「脆弱だ」とか、「ひ弱だ」とか、思ったことは全くなかった。 しかし。今日のミッターマイヤーからは、明らかに「守ってあげたい」と思わせるものが感じられる。 「・・・ロイエンタールの特訓の成果か?」 ベルゲングリューンがおもしろそうに言う。 「・・・そうらしいな」 「可憐な少女、と言うところかな?」 「ああ、認めたくないが」 「・・・つまりだ、ロイエンタールの前では、ミッターマイヤーは女になる、と言うことだな」 ビューローの隣で、ベルゲングリューンがわかったような口をきく。 「どういう意味だ?」 「さあな」 ふたりがステージの上で踊るのは、動きの早いクイックステップ。 結構難しいステップだ。しかし、二人は無難に踊っている。 ダンスが苦手なミッターマイヤーは、どこへ行ったのか。 ・・・なんだか、自分の知っているミッターマイヤーがいなくなったみたいで、ビューローは少し寂しく思う。 ステージの下、最前列では、二人の少年が目を輝かせている。 一人は、砂色の髪と瞳の少年。 デジカメを片手に、さっきからシャッターを切り続けている。 (すごい、すごい、すごい!!) 少年の目はきらきらと輝いている。 さっきから、本当にすごい写真がたくさん撮れているのだ! さっきのアイドルもすごかったし、バレエも笑えた。 そして、今度は、すてきなカップルの、すてきなダンスだ! これは、絶対に永久保存だぞ!! ・・・少年は知らない。 このときから十数年後、この写真が彼の同僚達をパニックに陥れることを。 もう一人は、長身の、ダークブルーの瞳の少年。 少年は、たまたま近くのお兄ちゃんに誘われてここに来ていた。 はっきり言って、軍になど興味はなかった。 しかし!! (・・・かわいい人だなぁ・・・あんな人が、軍にいるのかぁ・・・) 少年は胸のときめきを覚えた。 少年はじっとステージの上の、ダンスを踊る蜂蜜色の士官候補生を見つめていた。 ・・・初恋、かもしれない。 少年はこの気持ちを大切にしよう、と思った。 ・・・ステージの上の、ダンスのパートナー・・・ 右目と左目の色が違う、ハンサムだが怖い顔の士官候補生が自分をにらんでいるような気がしたが、 そんなのは気にしないことにしよう。 よし、おれはあの人を追って士官学校に入るぞ! ・・・少年は知らない。 十数年後、このときの士官候補生の片方に、敬愛すべき上官として仕えることになり、 もう片方に「青二才」と呼ばれることになることを。 二人の少年にとって、これは運命の出会いであった・・・。 大方の想像通り、ミスコンはミッターマイヤーの優勝に終わった。 そして、祭りの後。 ビューローは誰もいない中庭を、一人で歩いている。 体育館では、後夜祭が始まっている。 ・・・この祭りが終わったら、いよいよ自分たちは卒業が近い。 人生の祭りの時間が終わり、過酷な現実が彼らを待っているのだ。 ・・・そう思えば、最後にいいものを見せてもらった、そう思うことにしよう。 「ヘル・ビューロー」 耳になじむ、いつもの声。 自分の名前を呼ばれ、ビューローは振り向く。そして、声の方を見る。 ・・・まだ着替えていない、ワンピース姿のミッターマイヤーがそこにいた。 「ミッターマイヤー・・・ウォルフガング」 「踊りませんか?」 「・・・あ、ああ」 これも、夢かな?そう思いつつ、ビューローはミッターマイヤーの手を取る。 ・・・体育館から、ジルバが流れてくる。 その軽快な曲にあわせて、ふたりは踊る。 「卒業おめでとうございます・・・少し、早いけど」 「ああ」 「卒業されたら、お別れですね・・・」 「ああ」 「・・・生き残っていてくださいね。おれが、追いかけてくるまで」 「・・・ああ、約束する」 やがて、スローなバラードに、曲が変わる。 ビューローはミッターマイヤーをそっと引き寄せる。 「え?」 「お前、男とこんなことしてないで、早く彼女探せよ」 「・・・お、女の子は苦手です!」 真っ赤になって、ミッターマイヤーがビューローから離れようとする。 ビューローは笑って、ミッターマイヤーを離す。 「先に部屋に戻っているぞ。お前、早く着替えてこい」 「はい」 その時のミッターマイヤーの顔は、いつもの、士官学校の優等生の、不敵なものさえ感じさせるものに戻っている。 戦いの中に身を投じても、自分はきっと生き残るだろう、ビューローは確信のようなものを持つ。 祭りの最後に、蜂蜜色の髪の勝利の女神が彼の所に来てくれたのだから。 |
・・・かなり無理に終わらせてしまいました(笑)
まあ、いろいろなサイドストーリーは次回に、と言うことで。