戦争は終わった。 平和な世の中になった。 もう自分が宇宙に出て行くことは少ないだろう。 帝国主席元帥として、そして(彼自身は固辞していたが)次の国務尚書として、いつまでも宇宙を飛び回るわけにはいかないであろう。 平和は、誰よりも彼自身が望んでいたものだった。 だがいざ平和になると、心のどこかにぽかりと穴が開いたような気になる。 デスクワークを嫌っているわけではない(好きではなかったが)。 新たなる戦いを欲してるわけではない。 ただ、地上にいる自分という存在に、なにかしっくりしないものを感じる。 家に帰ると、元気な子どもの声がする。 幼子をその腕に抱いた妻がいる。 その幼子の父を殺したのは、まぎれもなく自分なのだ。 ・・・しかし、そんな思いは表には出さない。 エヴァに心配をかけるわけにはいかない。 エヴァは、自分を愛してくれている。 もちろん彼も、エヴァを愛している。 愛しているから、悟られてはいけないのだ。 自分の中の、この、暗い思いを。死へのあこがれを。 ランテマリオで、かけがえのない友と戦わねばならぬ時、 はからずも自分の心の奥にある思いを、口に出してしまった。 「・・・おれは、ロイエンタールのやつに負けてやりたい」 ロイエンタールと共に、死にたい。 あのとき、なぜそう思ったのか。 自分自身を地上につなぎ止めておきたくてエヴァにすがりついている自分が、ここにいる。 それを、知られてはいけない。 ・・・自分は、「平和」に慣れていないのだ。 つくづく、それを思い知らされる。 かつて人間が地球という星の重力に縛られていた時代の戦争と、今の戦争は変質している。 ことに、今度の戦乱では、オーディンも、帝都を移したあとのフェザーンも、戦場となることはなかった。 家族が出征しているものは別として、いや、もしかしたらそういうものでさえ、戦争というものがどれだけ実感として取られられたであろうか。 戦場で死ぬ確率も、事故で死ぬ確率も、そうかわりがなかったのだから。 故郷で待つものと、戦場に赴くものと。 その思いに、どれだけ隔たりができてしまったのだろう。 戦争の心理的な後遺症に悩むものは、ミッターマイヤーだけではあるまい。 それはわかっている。 いや、自分は事後処理が山のようにあるだけ、ましなのかもしれない。 いろいろと考える時間もない。 それでも、夜こうして闇を見つめていると、ふと、どうしようもない思いにとらわれてしまう。 「・・・どうなさったの、あなた?」 夫の胸に顔をうずめて、エヴァが不安そうに聞く。 「え?・・・いや、なにも。・・・」 ミッターマイヤーは、エヴァの髪をいとおしげに梳く・・・かつて、友が自分にそうしてくれたように。 「何もないよ、だから、安心してお休み、エヴァ」 エヴァは、けして愚かな女ではない。 このまま、自分の思いが見透かされてしまいそうで・・・。 ミッターマイヤーは妻を抱きしめる。 自分の、どうしようもない心も抱きしめるかのように。 |
BGM:F.chopin “別れのワルツ”
日記に書いた、暗い話です。本当はこれでは終わらない。 続きはいつか書くことでしょう。 意味もなく書いた話なので、タイトルが“No Reason”です。 本当に何を書きたかったのか、自分でもよくわからない・・・。 削除しちゃうかもしれない(^.^; |