(2)

結婚したとき、ミッターマイヤーはすでに将来を嘱望される軍人だった。
式のあと甘い新婚生活など望めるはずもなく、1週間の休暇の後に最前線にとおもむいた。

短い休暇と、地上勤務と、そして、長い宇宙での戦い。
いったい夫婦の時間はどのくらいあったのだろうか?


「二人で家を造ろう。庭のある家がいいな」
そう言われたとき、エヴァは、この、蜂蜜色の青年の庭になりたい、と思ったのだ。


確かに、ウォルフは優しい。
いつもエヴァを気遣い、優しい言葉と。キスをくれる。
でも・・・。エヴァにはわかりすぎるくらいわかる。
目の前にいるのは、愛妻家のウォルフガング・ミッターマイヤー元帥なのだ。


「あなたは公明正大な人ですわ」
政治家が務まるかどうか聞かれ、エヴァはそう答えた。
それは夫にとって、満足いく答えだったと思う。
でも、本当はそんな答えは言いたくないのだ。
せめて自分の前でだけでも、わがままで、利己的な夫であって欲しい、とエヴァは思う。


そして、その夜。


目を覚ましたとき、夫はそばにはいなかった。
寝室にある出窓から、宇宙を見ていた。
・・・そこにいるのは、いつもの夫ではない。
疾風ウォルフと呼ばれる、輝かしい軍歴を誇る軍人でもない。
初めて見る顔だった。


ミッターマイヤーは宇宙を見ていた。
手を伸ばしても、もう届かない宇宙。
この手からすり抜けていった多くの、いや、たった一つの、かけがえのない命。
もしも今、もう一度あの瞬間に戻れたら、今度は失わずにすむのだろうか?


・・・ミッターマイヤーは宇宙に手を伸ばす。
まるで失ったものをつかみ取ろうとするように。
もう少し、もう少しでつかめるかもしれない・・・。


「・・・・・・あなた・・・・・・」


その声に、ミッターマイヤーはのばしかけた手を下ろし、ふり返る。
その表情があまりにも少年のように幼く見え、エヴァは思わず息をのむ。


・・・しかし、次の瞬間、いつもの夫の表情に戻る。
「・・・起きていたのかい?」
いつもと変わらない、優しい声。
お願い、わたしの声もいつもと同じに聞こえますように。
「ええ。・・・眠れないの?」
「いや、もう大丈夫だ。明日も早いから、早くお休み」
そういうと、いつものお休みのキスをしようとする。

しかし。

「・・・ねえ、あなた、お散歩しません?」
「お散歩?」エヴァの意外な言葉に、ミッターマイヤーは少し驚いたような顔になる。
「夜の公園に行きません?」
「もう暗いよ。それに、誰もいない」
「ええ。でも、行きません?」
「・・・エヴァが行きたいのなら」
ミッターマイヤーは微笑んで答えた。


春とはいえ、夜の公園はまだ肌寒い。
二人は肩を寄せ合うようにして歩く。


昼間は子どもの歓声が聞こえる公園も、夜のとばりに包まれ、違った顔を見せる。
すべてが淡いブルーの中。まるで、魔法の鏡に映った景色を見ているようだ。

「きれいでしょう?」
エヴァに言われて、ミッターマイヤーは素直にうなずく。
「ああ、昼間とはこんなに違うのか」
「あなたが宇宙にいるとき」エヴァはミッターマイヤーの腕をそっと取る。
「・・・時々、ここに来ていたの」
「こんな夜に?一人で?」
「ええ」
「危ないじゃないか」
「好きだったの。青い空気に包まれて歩くのが」
「エヴァは意外とロマンチストなんだね」
「・・・違うわ。きっと」
「?」
「わたし、ロマンチストじゃありませんわ」
「・・・・・」
「あ、ウォルフ・・・あそこ」
ミッターマイヤーはエヴァが指す方を見る。


一匹の、白い、透明な羽を持った蛾が飛んでいる。
ミッターマイヤーは、その羽を見つめる。


ひら、ひら、ひら・・・。


青いとばりの中、羽が柔らかく光る。


やがてエヴァが口を開く。
「あなた、わたしのウォルフ」
「え?」


“わたしの”ウォルフ。
今まで、そんな風に呼ばれたことがなかった。


「わたしのウォルフ、・・・泣いていいのよ」
「・・・」
「わたしが全部、受け止めてあげるから。泣いていいのよ」
「エヴァ・・・」
ミッターマイヤーは、妻のすみれ色の瞳を見る。


「わたし、ロイエンタール提督のお母さんになりたかったの」
「エヴァ、それは・・・」
「あなたと同じように、あの人を甘やかしてあげたかったの。
あなたと同じように、愛してあげたかった」
「エヴァ」
「もう、あの人のために泣いてあげられるのは、あなただけでしょう?」

「・・・それは、違うよ、エヴァ」
「ウォルフ?」
「おれは、泣いてはいけないんだ・・・あいつのために。
一度しか泣かない、そう決めたんだから・・・
あいつのためにはもう泣いてはいけないんだ」

「・・・それでは、あなたのために泣いてあげて」
「それは・・・エヴァ」
「こんなに傷ついて、それでも、生きていかなければならない、
小さなウォルフガング・ミッターマイヤーのために、泣いてあげて。」


気がつくと、エヴァンゼリンは、小さな夫に抱きしめられていた。
夫が泣いていたかどうか、わからない。
でも・・・・・・。

続く・・・かもしれない

BGM:amazing grace


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ああ・・・・・続いている(^.^;

これは、わたしの願望です。
ミッターマイヤーには、エヴァの前でだけは、自分の気持ちに素直になってほしい。
そして、ロイエンタールのために泣いてあげられる人がもう一人いてもいい。
それは、エヴァであってほしい・・・勝手な思いこみです。