結婚したとき、ミッターマイヤーはすでに将来を嘱望される軍人だった。 式のあと甘い新婚生活など望めるはずもなく、1週間の休暇の後に最前線にとおもむいた。 短い休暇と、地上勤務と、そして、長い宇宙での戦い。 いったい夫婦の時間はどのくらいあったのだろうか? 「二人で家を造ろう。庭のある家がいいな」 そう言われたとき、エヴァは、この、蜂蜜色の青年の庭になりたい、と思ったのだ。 確かに、ウォルフは優しい。 いつもエヴァを気遣い、優しい言葉と。キスをくれる。 でも・・・。エヴァにはわかりすぎるくらいわかる。 目の前にいるのは、愛妻家のウォルフガング・ミッターマイヤー元帥なのだ。 「あなたは公明正大な人ですわ」 政治家が務まるかどうか聞かれ、エヴァはそう答えた。 それは夫にとって、満足いく答えだったと思う。 でも、本当はそんな答えは言いたくないのだ。 せめて自分の前でだけでも、わがままで、利己的な夫であって欲しい、とエヴァは思う。 そして、その夜。 目を覚ましたとき、夫はそばにはいなかった。 寝室にある出窓から、宇宙を見ていた。 ・・・そこにいるのは、いつもの夫ではない。 疾風ウォルフと呼ばれる、輝かしい軍歴を誇る軍人でもない。 初めて見る顔だった。 ミッターマイヤーは宇宙を見ていた。 手を伸ばしても、もう届かない宇宙。 この手からすり抜けていった多くの、いや、たった一つの、かけがえのない命。 もしも今、もう一度あの瞬間に戻れたら、今度は失わずにすむのだろうか? ・・・ミッターマイヤーは宇宙に手を伸ばす。 まるで失ったものをつかみ取ろうとするように。 もう少し、もう少しでつかめるかもしれない・・・。 「・・・・・・あなた・・・・・・」 その声に、ミッターマイヤーはのばしかけた手を下ろし、ふり返る。 その表情があまりにも少年のように幼く見え、エヴァは思わず息をのむ。 ・・・しかし、次の瞬間、いつもの夫の表情に戻る。 「・・・起きていたのかい?」 いつもと変わらない、優しい声。 お願い、わたしの声もいつもと同じに聞こえますように。 「ええ。・・・眠れないの?」 「いや、もう大丈夫だ。明日も早いから、早くお休み」 そういうと、いつものお休みのキスをしようとする。 しかし。 「・・・ねえ、あなた、お散歩しません?」 「お散歩?」エヴァの意外な言葉に、ミッターマイヤーは少し驚いたような顔になる。 「夜の公園に行きません?」 「もう暗いよ。それに、誰もいない」 「ええ。でも、行きません?」 「・・・エヴァが行きたいのなら」 ミッターマイヤーは微笑んで答えた。 春とはいえ、夜の公園はまだ肌寒い。 二人は肩を寄せ合うようにして歩く。 昼間は子どもの歓声が聞こえる公園も、夜のとばりに包まれ、違った顔を見せる。 すべてが淡いブルーの中。まるで、魔法の鏡に映った景色を見ているようだ。 「きれいでしょう?」 エヴァに言われて、ミッターマイヤーは素直にうなずく。 「ああ、昼間とはこんなに違うのか」 「あなたが宇宙にいるとき」エヴァはミッターマイヤーの腕をそっと取る。 「・・・時々、ここに来ていたの」 「こんな夜に?一人で?」 「ええ」 「危ないじゃないか」 「好きだったの。青い空気に包まれて歩くのが」 「エヴァは意外とロマンチストなんだね」 「・・・違うわ。きっと」 「?」 「わたし、ロマンチストじゃありませんわ」 「・・・・・」 「あ、ウォルフ・・・あそこ」 ミッターマイヤーはエヴァが指す方を見る。 一匹の、白い、透明な羽を持った蛾が飛んでいる。 ミッターマイヤーは、その羽を見つめる。 ひら、ひら、ひら・・・。 青いとばりの中、羽が柔らかく光る。 やがてエヴァが口を開く。 「あなた、わたしのウォルフ」 「え?」 “わたしの”ウォルフ。 今まで、そんな風に呼ばれたことがなかった。 「わたしのウォルフ、・・・泣いていいのよ」 「・・・」 「わたしが全部、受け止めてあげるから。泣いていいのよ」 「エヴァ・・・」 ミッターマイヤーは、妻のすみれ色の瞳を見る。 「わたし、ロイエンタール提督のお母さんになりたかったの」 「エヴァ、それは・・・」 「あなたと同じように、あの人を甘やかしてあげたかったの。 あなたと同じように、愛してあげたかった」 「エヴァ」 「もう、あの人のために泣いてあげられるのは、あなただけでしょう?」 「・・・それは、違うよ、エヴァ」 「ウォルフ?」 「おれは、泣いてはいけないんだ・・・あいつのために。 一度しか泣かない、そう決めたんだから・・・ あいつのためにはもう泣いてはいけないんだ」 「・・・それでは、あなたのために泣いてあげて」 「それは・・・エヴァ」 「こんなに傷ついて、それでも、生きていかなければならない、 小さなウォルフガング・ミッターマイヤーのために、泣いてあげて。」 気がつくと、エヴァンゼリンは、小さな夫に抱きしめられていた。 夫が泣いていたかどうか、わからない。 でも・・・・・・。 |
続く・・・かもしれない
BGM:amazing grace
ああ・・・・・続いている(^.^; これは、わたしの願望です。 ミッターマイヤーには、エヴァの前でだけは、自分の気持ちに素直になってほしい。 そして、ロイエンタールのために泣いてあげられる人がもう一人いてもいい。 それは、エヴァであってほしい・・・勝手な思いこみです。 |