「ミッターマイヤー、いるか?」 と、珍しくロイエンタールがミッターマイヤーの執務室を訪ねてきたのは、週末の夏の日差しがまぶしいある日のこと。 「なんだ、ロイエンタール、入れ・・・なにかあったのか?」 「いや、どうして?」 「うん、おまえからここに来るのは珍しいだろ?」 「そうだったか?」 「うん、お前はここはうるさい、とか、副官にじっと見られているような気がする、とか、二人きりになれない、とか言ってなかなかこないし・・・」 「か、か、か、か、か、閣下!!」 そう言うことには耳がダンボになる?バイエルラインが、思わず叫ぶ。 「勤務中です!お控えください!!」 「あ、すまん・・・」 ミッターマイヤーはバイエルラインににこりと笑う。 バイエルライン、その笑顔に思わずうっとり・・・。 「・・・で、なんの用だ?ロイ」 今度はロイエンタールににっこり。 いつも笑顔を見慣れているはずのロイエンタールも、ちょっぴりどっきりしてしまう。 「・・・週末は、競馬場に行かないか?」 「あ?ああ、いいよ。今週のメインにトリスタンとバイエルラインの2頭出し(馬主が同じレースに2頭以上馬を登録すること)なんだ」 「実は、そのメーンレースに、おれの馬も出るんだ」 「お前の馬ぁ??」 ミッターマイヤーが素っ頓狂な声を出す。 「お前、いつ馬主になった?」 「つい先日だ。お前も知っているだろう?先の反乱軍との戦いで、戦死されたツェッペリン大将のことを」 「ああ、知っている。なかなかの人物だった。そう言えばおれに競馬を教えてくれたのはツェッペリン閣下だったな・・・」 「その閣下の所有馬をおれが2頭引き取ったのだ。これを機会に登録名も変えた。そこでお前にぜひその再出発を見届けて欲しくてな」 「それは楽しみだな。それで?」 「・・・きれいな馬なんだ。そして名前がな、・・・」 ロイエンタールはそこまで言うと、ミッターマイヤーの耳元で何かささやく。 ミッターマイヤーの目が驚きで丸くなる。 「ベイオウルフ、だって?」 「そうだ・・・お前の旗艦の名前だ」 ミッターマイヤーは上機嫌だ。 自分の愛する旗艦の名前を、初めての馬につけてくれた。 これが嬉しいはずがない。 そして・・・そんなミッターマイヤーを見て、バイエルラインはちょっぴり悔しい。 「・・・閣下!わたしも馬主になりました!」 思わずそう叫ぶ。 「・・・なんだ、バイエルライン。卿もか?」 「は、はい!一口馬主というものに応募してみました!」 一口馬主。 収入が足りずに、また、資格が充分ではなく、馬主になれないファンのために、一頭の馬主の権利を数人で分担し、みんなで一頭の馬を所有する、というシステムだ。 月数百帝国マルクの出費だけで一頭数十万帝国マルクもする馬の共同馬主になれ、勝ったときはささやかながら配当も出る。 バイエルラインはそれに申し込み、今回、一頭の馬がデビューするというわけだ。 「それはよかったな、今度休養している馬を見に牧場に行くんだが、一緒に来るか? 来年デビューの馬を少し見ておくのも悪くないぞ」 「はい!おとも致します!!」 「・・・おれも行くぞ、ミッターマイヤー」 「え?ロイも行くのか?」 「当然だ、お前、ひとりで寝るのは寂しいだろう?」 「え?」 「・・・閣下の添い寝は、わたしがしてあげます!!」 思わずそう叫ぼうとしたバイエルラインだが、まさに疾風のごときビューローに口をふさがれ、 「むぐむぐ・・」 としか言えなかった・・・。 「まあ、それは今度ということで・・・で、卿の馬はなんという名前だ?」 「はい!2レースの新馬戦に出ます」 「2レース・・・ああ、これか・・・」 執務室のパソコンを操作して、週末競馬情報のページにアクセスしながら(仕事中だぞ、おい!!)ミッターマイヤーがつぶやく。 「・・・この馬か?結構素質ありそうだな・・・なにぃ?」 今日2度目の、素っ頓狂な声を上げるミッターマイヤー。 「ファーレンハイト、だってぇ!?」 その美しい馬は、父親は有名なG1勝ち馬、母親は勝ちこそ少ないが、なかなかの血統の馬だった。 筋肉の張りといい、目の輝きといい、これはいいところまで行くかもしれない、と、写真を見ただけでミッターマイヤーは感じる。 しかし。 「ファーレンハイト、ねぇ・・・」 その名前を聞くだけで、何となくけちくさく感じるのは気のせいだろうか? 「そこそこ勝って、ちまちま賞金を稼ぎそうな名前だな」 ロイエンタールもそう言って笑う。 「いい名前じゃないですか。いかにも粘り勝ちしそうで」 「そうか?まあ、卿は素人だからな。駄馬もそう見えるのかもしれん」 「そんなことはありません!閣下と一緒に、ここ数週間競馬場に通いましたから、馬の見方はわかります!」 「ミッターマイヤーと、一緒に?・・・二人でか?」 「はい!」 「ほう・・・知らなかったな・・・」 ロイエンタールの金銀妖瞳が光る。 いつの間に、二人で競馬場でデートなどしたんだ?この二人。 おれはそういうことは聞いてないぞ・・・。 そんなロイエンタールを見て、今日だけはちょっぴり勝った!という気分のバイエルラインである。 「閣下には、トウィンクルレースという、ナイター競馬をご一緒しました。夜の競馬場はきれいでしたね、閣下・・・」 「ん?ああ、そうだったな、バイエルライン・・・」 少々ロイエンタールの雲行きが妖しくなってきたのが、ミッターマイヤーにはよくわかる。 (今夜はご機嫌取りが大変だぞ・・・・・・ワイン一本じゃすまないかもしれん・・・) そのあとを考えると、少々気が重いミッターマイヤーであった・・・。 バイエルラインとロイエンタールの、ミッターマイヤーを争う茶番劇が見れるらしい。 この噂はたちまちローエングラム元帥府に広がった。 そして、週末の競馬場は、例によって、野次馬根性丸出しの提督方もご同行することとなった。いや、その中に、あり得ない人物も。 「ミッターマイヤー、卿は馬を所有しているそうだな」 「御意にございます、閣下」 閣下、と声をかけられたのは、もちろん帝国元帥、ローエングラム公ラインハルト。 その横にはなにやら楽しそうなキルヒアイス上級大将が控えている。 「そうか・・・実はわたしも競馬というものを経験してみたい」 「はい?」思わず“素”の声が出てしまったミッターマイヤーである。 「ミッターマイヤー、これは命令だ。わたしを今週末の競馬場に案内しろ。キルヒアイスも一緒だ」 「は、はあ・・・」 「心配するな、小銭と赤鉛筆はちゃんと準備してある」 「はあ・・・」 そんなもの用意しなくてもいい! 「あ、あの、閣下」 「なんだ?」 「つかぬ事をお伺い致しますが・・・それを・・・赤鉛筆と、小銭のことは誰が・・・」 「ビッテンフェルトが教えてくれたが?」 (あいつめ!) 人知れず頭をかかえるミッターマイヤーであった。 きっと、ビッテンフェルトはバイエルラインとロイエンタールもことを話したに違いない。 そして、それは充分にこの美しい全宇宙の実質的な支配者の好奇心を刺激して・・・。 (すみません・・・お止めしたのですが) キルヒアイスの目がそう語っている。 (いや、キルヒアイス・・・卿も苦労するな) 視線でそう語ったミッターマイヤーだった・・・。 |
これも少々パラレルです。 一応ガイエスブルクでキルヒアイスが死ななかったと仮定してお読みください。 あ、ファーレンハイトは実在しました。もう引退しましたが、一口馬主のクラブの馬でした。 |