愛しのベイオウルフ(人狼)

(2)


さて、週末の競馬場。
例によって入り口で待ち合わせをしていたミッターマイヤーは信じられないものを見た。
右手に赤鉛筆、左手に競馬専門誌、目深のハンチング帽、そしてサングラス・・・。
まるで一昔前の、映画にでも出てきそうな競馬オヤジのような格好の二人組は・・・。

「か、閣下ぁ?」
「ミッターマイヤー、待たせたな・・まだロイエンタールたちは着いていないのか?」
「は、はい・・・しかし、閣下・・・」
ミッターマイヤーはまじまじと二人組を見つめる。
その視線を感じたのか、ラインハルトは少し顔を赤らめ、
「こういう格好がいい、と聞いたのだ」
と、おもむろにいい、
「・・・おかしいですか?」
と、赤毛の忠実な副官がためらいがちに聞く。

・・・目立つ。あまりにも、このままでは目立ちすぎる・・・。
ミッターマイヤーは蜂蜜色の髪を思いっきりかき回す。

「あの・・・お着替えをお持ちですか?閣下・・・」
ためらいがちにそう聞くミッターマイヤーに、キルヒアイスが答える。
「一応・・・そこのトイレでこの格好に着替えましたので・・・」
「では、もう一度お着替えください」
「しかし、これが競馬場の定番なのだろう?」
「今から行くのは馬主専用席です、閣下。一応正装が決まりになっております」
「そうか、それは知らなかった」
ラインハルトは、誰にもまねができない優美さで笑う。
「では、着替えてこよう、キルヒアイス」
「はいラインハルト様」
二人は再びトイレへと向かい・・・ミッターマイヤーは安堵のため息をつく。
そして、ふと思う。
・・・もう少し、副官達の言うことに耳を傾けるようにしよう。
・・・おれも、もしかしたらビューローたちにこう見えているのではないか・・・と。
(少し、自分の行動を改めることにしよう)
・・・いつになく愁傷なことを考えるミッターマイヤーである。
しかし、そんなことを考えていたのも、ほんの一瞬のことであった。

次にやってきたのはバイエルライン。
一張羅のスーツを着てきている。
「早いな、バイエルライン」
「はいっ!」
大好きな閣下にほめられて悪い気はしない。
おまけにまだあの金銀妖瞳閣下は、まだ来ていない。
・・・閣下を独り占めだ・・・うっ、うれしい・・・。

しかし、その感慨もそのひとときだけだった。
「遅かったな、ウォルフ」
その声は・・・そう。
気がつくと、ロイエンタールがサンドイッチとジンジャーエールの小瓶を持って、
ミッターマイヤーの横に立っている。
「すまん、オスカー」
ミッターマイヤーの明らかな嬉しそうな返事が返る。

ウォルフに、オスカーだって?まるで恋人同士みたいな呼び方だぞ、なれなれしい・・・。

「すまんな、気を遣わせたんだろう?」
「いや、あまり気持ちよく寝ていたからな、起こすに起こせなかった
・・・テーブルの上に食事は置いていたが、食べたか?」
「ああ、ありがとう、おいしかったよ」


・・・ちょっと、待ったぁ!
これは、誤解を招く言い方じゃないか!まるで二人が一緒に寝たかのような
・・・え?え?まさか・・・。


「あ、あの、閣下」
「ん?なんだ?」
「つかぬ事をお伺いしますが、昨日はどちらへ?」
「ああ、ロイエンタールの家だが?」
「・・・ロイエンタール閣下の・・・ご自宅ですか・・・」
「ああ、ミュラーとビッテンフェルトといろいろ話していてな、
遅くなってしまったのでロイエンタールの家に泊まった・・んだが?」
「・・・」
「怒ってるのか?すまなかった。これからは所在を明らかにするようにする」
そうじゃなくて!・・・と思ったが、すまなそうな顔をしたミッターマイヤーを見ると、
なにも言えなくなるバイエルラインであった。


せっかく先日は一本取ったと思ったのに・・・。


そんな二人を見て、
「あれがビッテンフェルトの言ったおもしろいことか?」
と、ラインハルトが言う。
「そうだと思います、ラインハルト様」
「ミッターマイヤーは鈍感だったのだな、あれではバイエルラインがかわいそうだ。
あんなに慕っているのに・・・」
「・・・・・・」
二人して何か感慨にふけり出すラインハルトとキルヒアイス。
思うはアンネローゼの数奇な運命のことか・・・(競馬場でそんな感慨にふけるな、おい!)

火花を散らしあう二人を見るか、突然二人だけの世界に入り出す二人を見るか、
なにも事態をつかんでいない蜂蜜色の髪の天然提督の表情を見るべきか。

(これはおもしろくなるかも・・・)
提督方はいつになくわくわくしている。

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