若葉のころ



注・みつえの中では、士官学校は15歳入学20歳卒業、という制度だ、ということで書いています。
よろしくお願いしますm(__)m

(1)

士官学校に入った新入生は、その生活に慣れるまで、
寮で最上級生と寝食を共にする。
つまり、ルームメイトになるわけだ。
そして、日常生活の中で士官候補生として
大事なことを先輩から身をもって学んでいく、ということになる。
卒業間近の最上級生にとってはこの経験が、将来多くの将兵の上に立つ身として
部下を育てるためのノウハウを学ぶ試金石となる。


聞くと、これはこの士官学校の伝統だという。
新入生にとっても、最上級生にとっても、ちょっとどきどきの一瞬だ。
いい先輩に巡り会うといいのだが、たいてい姓に「フォン」がつく大貴族の坊ちゃんが多い。
家名に箔をつけようと入学してくる連中ばかりだ。
そういうやつに限って実力もなく威張りくさっているやつが多いものだ。
そういう先輩に運悪く当たると、一年間は耐えに耐えて過ごすことになる。
訓練や講義よりもずっとつらいといわれている。


しかし、それは最上級生にとっても同じこと。
平民出身の上級生など、大貴族のおぼっちゃまたちにはとっては家畜同然だ。
運悪くそういう新入生に当たってしまったら、これも実戦経験の一つと思ってあきらめるほかない。
自分たちが戦場でそういうおぼちゃまたちに命を預ける羽目になることもありうるのだから。


しかし、小さな?ウォルフガングがあてがわれた先輩は、
確かに名前に「フォン」がついている貴族だったが、ちょっと変わっていた。


「ウォルフガング・ミッターマイヤーです。今日から同室になります。よろしくお願いします!」
大きな荷物を抱え、まるで鉄砲玉のように新入生が飛び込んできた。
飛び込んできた新入生を見て、彼はちょっと驚き、そして微笑んだ。
(よくもまあ・・・この身長でよく入学できたものだ)
確か彼の所にくる新入生は
「入学考査で士官学校始まって以来の成績を収めた秀才」と言う話だ。
どんな強面がくるのか、彼も少々興味があった。
しかし、目の前の少年を見てみろ。
どう見てもまだ中学生、いや、下手したら小学生にさえ見えそうな風貌だ。


両手に持った、いや、背中にもある、たくさんの荷物。
まるでキャンプに行くガキのような格好だ。
きっとリュックにはお菓子が入っているに違いない。


そして、荷物の間に見える蜂蜜色の髪が印象的だった。
まるで綿毛のようにふわふわと揺れている。
赤ちゃんのうぶ毛のようだ。
ただでさえ幼い顔が、その髪のせいでよけいに幼く見えている。

よく見ると、まつげまでしっかり蜂蜜色だ。
それがどちらかと言えば冷たく見えるグレーの瞳を、暖かみのある色に変えている。


彼は、体格が基準に満たず、受験すらあきらめていた友を知っている。
この新入生は、その友とあまり体格的には変わらないのではないか。
彼と並んで立つと、しっかりつむじまで確認できるくらい頭が下の方に見える。
腕も弱々しく、胸も薄く、士官学校のハードな訓練に耐えられるとは思えない。
よほど成績がよかったのだろう。
体格的なハンデを跳ね返すほどの、思わず教官たちが合格点を出すほどに。


(頭だけでは士官学校はやっていけないぞ)
彼は目の前の新入生のこれからの生活を思いやり、少し同情した。
「がんばれよ」
「はい!」
少年は笑う・・・笑顔が、そこだけがお日様が当たったように見えた。
ひまわりみたいだな、と彼は思う。そしてちょっとおかしくなる。
男にそんなことを言っても、けして喜ばれないだろうな、と。

右手を伸ばし、握手を求めながら自己紹介をする。
「おれは・・・」
「フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー先輩」
少年は彼の名前をすらすらと言い、手を握りかえした。
「よろしくお願いします」
笑顔全開でそう言われ、ビューローはただただ笑い返すだけしかなかった。


「えっと・・・何をすればいいのですか?」
荷物をそれなりに整理すると、ミッターマイヤーはビューローに聞いた。
「そうだな、まず靴の磨き方の練習だ」
「はい・・・」
「たかが靴、されど靴だ。
士官たるもの、非常の呼び出しがあってもきちんとした服装で出仕せねばならん」
「そういうものですか?」
「そういうものだ・・・それと、常に階級章は磨いておくこと。ここでは学年章だな」
「・・・・・・身だしなみばかりですね」
「そうだ。先輩後輩の上下関係なんてものはそのうち身にしみて分かる。
それに、早く卒業したものが、後輩の部下となることも多いのがこの世界だからな」
「はい」
「おれはとにかく、お前ができるだけ快適な士官学校生活を送れるようにアドバイスするだけだ。
靴の泥くらいで殴られてはおもしろくないだろう?」
「おもしろくないですね・・・それにおれ、いえ、自分は殴られそうですし」


そんなことはないだろう、そう言いかけて、ビューローはためらった。
確かにこいつは小柄だし、平民のくせにけしてへつらうような態度は見せないだろうし。
いかにも大貴族のバカどもの餌食になりそうなタイプだ。
それなりの腕っ節があれば問題ないのだが。


5年前入学してきたとき、彼も「フォン」がつくだけで威張っている先輩と同室となった。
しかし、自分ではうまくやってきたつもりだ。
あわせるところはあわせ、主張するところは主張してきた。
自分も、まがりなりにも「フォン」がつく貴族だから、それでも波風が立つことなくやってこれた。
しかし、こいつはどうだろうか?
平民出身で、しかも、どう考えても人にこびるタイプではなさそうだ。
少し話しただけだったが、それはよく分かった。
確かにそれはこいつの美点だろう。
しかし、ここでは、そして今の帝国軍ではどうだろうか?

・・・まあ、「始まって以来の好成績」だという実力に期待しよう。
あまり期待しすぎてはいけないだろうが。

もしも、こいつが面倒を起こしたら。
そのときは、仕方ない、おれが守ってやるか。
こいつを士官候補生として、立派に育てることがおれの卒業に向けての最後の試験だ。
少々ハンデがありそうだが、まあ、主席で合格したやつだ。何とかなるだろう。
そんなことを考えながら、ビューローは、つい、新入生の髪をくしゃ!とかき回した。
急に子ども扱いされ、ミッターマイヤーは、ぷうとふくれて見せた。


フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー、もうすぐ20歳。
卒業間近に出会ったこの小柄な新入生が
これからの彼の人生に大きく関わっていくことを、もちろんこのときの彼は知らない・・・。

BGM:やっぱり入学といえば「チューリップ」ヘ(__ヘ)☆\(^^;)

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士官学校時代の出会い、と言うと、
大体の方がロイエンタールとミッターマイヤーでしょ?
みつえはミッターマイヤーの副官たちが実は大好きなので、
ちょっとひねってみました。
サブタイトルは・・・
「フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー、
いかにしてわたしは苦労性となったか」ヾ(・・;)ォィォィ

少し続くかも。どうぞお楽しみください。