若葉のころ

      (2)

士官学校の朝は早い。
5時半には起き、6時ちょうどには身支度を整え、点呼に応えなければならない。
連日ハードな訓練が続き、疲れ果てている新入生には少々酷なスケジュールだ。
しかしビューローが感心したことに、
彼の同室者は弱音一つはくこともなく黙々と毎日を送っていた。
小柄故の体力的ハンデも感じさせない。
感心なことに、ビューローが初日に言った
「靴と階級章はぴかぴかに」
も、毎日実践している。
これはいけるかな・・・ビューローはちょっと同室者を見なおした。
こいつ、なかなか根性がある。

基礎的な訓練、戦術論、宇宙航行論、同盟公用語、一般教養。
士官学校では一般の大学のカリキュラムと、
加えて軍人としての訓練が同時に行われる。
結構ハードな毎日だが、ミッターマイヤーは楽しそうだった。

そして、ビューローは日に日にこの後輩がかわいくなってきていた。
弟を持った気分になってくる。
そして、この弟のなんと素直なこと!
一言言うと、決まって「はい!」といい返事が返ってくる。
忠告は素直に受け止め、努力する。
とどめは、そこだけお日様が当たったようなすばらしい笑顔だ。

幼年学校卒業生に比べて、
士官学校からの入学生は精神的に甘えていることが多い。

先輩・後輩は歴然としている。
たとえ同室といえどもけして同等には扱わない。
その点、ミッターマイヤーはけしてビューローに甘えなかった。
夜10時、夜間訓練が終わって帰ってきても、たとえ疲れ果てていても、
ビューローより先にはシャワーも浴びないし、ベッドに入ろうともしない。
毎日、ふたり分の靴を磨き、学年章を磨き、制服のしわを伸ばす。
先輩のベッドメイクも忘れたことがない。
そのあと、机に向かってその日の課題をこなしている。
教官たちが、身体条件すれすれのこの少年を合格させた理由が分かるような気がした。

そして。

「明日は初めての艦隊戦シミュレーションなんです」
ミッターマイヤーが制服をたたみながら、嬉しそうに言う。
「なんだかやっと士官学校に来たって気分になれます」
「甘く見るなよ。結構ここのはきついぞ」
理屈ばかり学んで、いっぱしの戦略家になった錯覚を持ち始めるとき、
艦隊戦シミュレーションは始まる。
たいていの1年生はこのシミュレーションで、
自分たちが持っていた自信がうぬぼれにすぎなかったことを知るのだ。
徹底的にたたかれ、惨敗するのが関の山だ。

そう言えば去年の1年生には、
この初めての艦隊戦シミュレーションで勝利を収めた学生が3人もいたと聞いている。
突撃を繰り返し、味方にも大きな損害が出たが、最終的には勝利を収めた学生。
地味だが確実、かつ効率的な戦法で緒戦を切り抜け、勝利を手にした学生。
そして1年生とは思えぬ柔軟、かつ巧緻な戦略で初めから戦いを有利に進め、
途中味方との連携がうまくいかなかったため圧倒的な勝利とは言えなかったが、
それでも1年生とは思えない好成績を収めた学生。
2年生になり、“主席トリオ”の異名を持つ3名だ。
3人とも、まだ顔を合わせる機会にビューローは恵まれていない。
だが名前だけは知っている。

「・・・がんばれよ」
そこまで好成績を収めなくてもいい、
しかし、こいつのくじけた顔は見たくないな・・・そうビューローは思った。
「はい」
ミッターマイヤーは満開の笑顔を見せた。

その夜、ミッターマイヤーはなかなか眠れなかったようだ。
ビューローが夜中に目を覚ますと、何か小声でつぶやく声が聞こえる。
「・・・右翼、転回、左翼、そのまま・・・反転しつつ反撃!・・・」
命令の練習か?それにしては声が震えているぞ・・・。
もっと機敏に、はきはきと・・・将兵に不安を与えないようにな・・・。
寝ぼけた頭で、ビューローはそんなことを考えていた。

次の日の朝。
いつになく緊張して、笑顔が見られないまま、ミッターマイヤーは部屋を出て行った。
ビューローは少々不安げな表情で、小さな“弟”を見送った。

その日の午前中、ビューローは卒業研究に向けての読書にいそしんだ。

図書室を出たとき、シミュレーション室の方が騒がしいことに気がつく。
見ると、黒山の人だかりだ。
何かあったのかな?・・・少し不安になる。

とにかく急いでシミュレーション室に行くと、モニターの前がすごいことになっていた。
たくさんの生徒と、教官が、固唾をのんでモニターを見つめている。
2年生の主席トリオらしき顔も見える。
人目につくオレンジの髪と、
2年生らしからぬ落ち着いた風貌、
そして、噂に聞く、あれが金銀妖瞳か?
・・・・・・その3人も、モニターを食い入るように見つめている。

シミュレーションを行っている学生の名前がモニターに表示されている。
その名前を、ビューローは確認し、もう一度読み直す。
・・・Wolfgang Mittermeire と、そこにはある。

(何かやったのか、あいつ!)
シミュレーション故、生命に関わる事故はあり得ない。
しかし、この黒山の人だかりは何だ?
・・・とにかく、状況把握が今は重要だ。
ビューローは首を少し振り、近くにいた後輩に声をかける。
「なにがあったんだ?」
「あ、ビューロー先輩・・・1年生がすごいんです!」
「すごい?」
「見てください。敵は全滅寸前です」

ビューローが見たものは。
本来プログラムに組み込んでいないはずの動きをする艦隊。
高速移動と、シミュレーションの極限まで徹底して能率化された命令系統。
そして、遊兵のない効率的な攻撃。

「あの新入生、高速移動の訓練と命令系統の徹底した効率化を図ったんですよ。
それも、敵の攻撃をかわしながらの艦隊の再編成で」
「しかし、あんな入力はプログラムされていないだろう?」
「徹底した訓練でやっちまったんですよ」
・・・ということは、こいつが指揮をすると、
どんな条件の艦隊も
最終的にはこれだけの効率的な動きができるようになる、ということか?
もしかしたら、目の前の小柄な少年は・・・。

シミュレーションは、結局、ミッターマイヤー軍の勝利に終わった。
しかし、ミッターマイヤーの方の損害も小さいものではなかった。
攻撃に執着するあまり、引き際を見極めることができなかったのだ。
「必要なのは、冷静に状況を判断できる参謀だな」
・・・ある教官が、ため息混じりにつぶやいた。

シミュレーションから出てきたミッターマイヤーは、ビューローの顔を認め、
軽く手を振って微笑んだ。
その顔は、いつものひまわりのような笑顔だった。

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出してしまった・・・“主席トリオ”(^.^;
これから話にどう絡めていこうかしら?
やっぱりロイエンタールはミッちゃんにひとめぼれ?ヘ(__ヘ)☆\(^^;)