若葉のころ

エピローグ

ビューローの卒業後の赴任先が決まった。
門閥貴族でもなく、また、抜群の成績を収めている訳でもない彼の赴任先は、けして安全なところとは言えなかった。
いや、むしろ士官学校卒業直後の新米士官には少々荷が重い場所、と言った方がいいかもしれない。

「え?」
「そう、イゼルローン要塞だ」
「・・・ふうん、遠くに行くのですね」
ミッターマイヤーが、いつものようにビューローの靴を磨きながら言う。
この靴を磨くのも、あと数日だ。
「最前線じゃないですか?」
「ああ」
「叛乱軍の攻撃も、一番激しいところですよね?」
「そうだな。帝国にとっても同盟にとっても、要になるところだ」
「でも、あそこなら難攻不落ですから、大丈夫ですね」
「ああ」
「それに、武勲もたてやすいし」
「そうだな」
「・・・しばらく、会えませんね」
ミッターマイヤーが、寂しそうに言う。
「しばらく、じゃなくて、もう会えないかもしれんな」
「そんなことないでしょ!」
ミッターマイヤーが怒ったように言う。その言い方の激しさに、ビューローは少し驚く。
全く、こいつは最後までおれを驚かせる。
「戦争に絶対はない。どんな優れた司令官でも明日の命は保証できないんだぞ。
まして、おれのような平凡な軍人など、いつ死んでもおかしくない」
「先輩は平凡じゃ・・・」
「おれも自分ではそう思っていたがな、お前たちを見ていると自信がなくなった」
「また、そんなことを」
「いいか、ウォルフガング・ミッターマイヤー。お前は軍事的な天賦の才がある。
確かにいずれはとてつもない戦績をあげて、名を後世に残すだろう」
「またそんな・・・」
「お前は自信にあふれ、怖いものは何一つない、そういう顔をしていろ。
そうすれば、お前の部下はみな安心して戦える。おまえにはそういうものがある」
「・・・・・・」
「お前は優しいから・・・お前が、お前の手にかかったもののために泣くときは、一人の時だけにしろ。・・・おれがそばにいてやれるなら胸を貸してやってもいいが、そううまくはいかないだろう?」
「・・・泣きませんよ。絶対」
「泣かなきゃ、お前じゃないぞ」
「じゃ、そのときは胸を貸してください。いつかきっと、ビューロー司令官のところに行きますから」
「おれがお前の参謀になれたら、胸を貸してやるさ」

じゃ今貸してください、そう言うと、ミッターマイヤーはビューローの胸に顔を埋めた。
そして、静かに泣き出す。
死なないでください、自分が司令官になって幕僚として招くまで・・・と何度も、何度も、つぶやく。
死なないぞ、お前の参謀長の地位はおれのものだ。
そう言ってビューローは小柄な後輩の背中をなでる。まるで子どもをあやすように。

ビューローは、思いっきり蜂蜜色の髪をくしゃくしゃにかき回してやった。
これでもうこの髪にもさわれないかな、と思いつつ。
ミッターマイヤーは、くすぐったそうにしていたが、いつまでも、ビューローが髪をさわるがままにしていた。グレーの瞳を、少しだけ潤ませて。


そして、数年後。


フォルカー・アクセル・フォン・ビューローは軍服のほこりをはらい、執務室の扉の前で身を正した。
この扉の向こうに、今日から自分が仕える上司がいる。

上司・・・そういえばそうだな、ビューローは苦笑する。
彼の新しい上司の名は、彼にとってはある種の親しみを持てるものだった。

ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将。
平民出身では、亡きキルヒアイスをのぞいては最年少の上級大将だ。

(あいつが上級大将か・・・)

知らなかったわけではない。
ローエングラム元帥府の幕僚会議で、何度かその顔を見ていた。
新入生のときの初々しさがまだどこかに残っているような彼を見て、ビューローは思わず笑っていた。

しかし、あえて話しかけない。
自分はあくまでキルヒアイスの幕僚であり、直接話しかけることは控えていた。
士官学校時代の旧交に甘えている・・・知っている者にそう取られるのがしゃくだった。
それに、彼が覚えているかどうかわからないではないか。

“疾風ウォルフ”の異名を持つ彼の戦場でのその姿は、士官学校1年生の時のそれとは別人だった。
視線だけで見るものを圧倒する、刺すようなまなざし。
こんな目ができたのか、ビューローは初めて彼の表情を見たとき、そう思ったものだった。
見るものをふんわりした気持ちにさせるような笑顔は、もうどこにもなかった。
少なくともビューローはそう思った。


(彼は昔の彼ならず、だ。昔の記憶に甘えるなよ)
ビューローは息を一つつき、ドアを軽くノックする。
『どうぞ』
中で、懐かしい声がした。
一瞬、決心がくじけそうになるのを、ビューローは感じる。

「失礼します」
あえて固い声で言い、ビューローはドアを開け、部屋の主に挨拶をする。
いつになく固い敬礼とともに。
「今日からミッターマイヤー閣下の幕僚を務めさせて頂きます、フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー中将です。よろしくお願いします」
ミッターマイヤーは顔を上げた。その顔に笑顔が広がる。
「ビューロー先輩!」

ビューローが驚いたことに、彼の新しい上司は、椅子から立ち上がり彼に抱きついてきた。
昔、彼がそうしたように。
・・・そして、今更ながら気がついたように、顔を少し赤くして離れる。
「えっと、せんぱい、じゃなくて、その・・・」
「階級は中将です、上級大将閣下」
「あ、そうか、ビューロー中将・・・」
確かめるように、何度かそう呼ぶ。そして、はにかむような笑顔を見せて言う。
「言いにくい。なんか、照れる」
新入生の時と同じ、日だまりのような笑顔がそこにはあった。


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ちょっぴり終わりたくなかったけれど、一応完結。でも、きっと番外編書きまくるんだろうなぁ・・・・・・・。
続きは書きます。ロイエンタールとミッターマイヤーのこと、ビューローとベルゲングリューンとのこと。
書かねばならないエピソードは山のようにあります。