(15) 士官学校の近くには、いまだ自然が多く残っている。 というか、士官学校は自然が多く残っている場所に建てられる。 だから、ピクニックをしようと思えば、絶好の場所がたくさんある。 「わぁ・・・ツユクサがいっぱいだ・・・」 ミッターマイヤーが嬉しそうに言う。 「ねえ、ツユクサの中にいると、自分が青く染まっていくような気がしない?」 「しない」 ロイエンタールがうっとうしそうに言う。 「大体ツユクサなど、士官学校の中庭にもたくさんあるだろう?珍しくもない」 「珍しいんじゃなくて、嬉しいんだよ。こんなにたくさんのツユクサ」 「変わったやつだな」 そう言いながら、ロイエンタールは何か嬉しそうだ。 ツユクサを踏まないように気をつけながら、どんどん歩いていくミッターマイヤー。 そのあとをものうげについて行くロイエンタール。 その後ろから二人を心配そうに見つめながら歩くビューロー。 そしてそんな3人を笑って見つめるベルゲングリューン。 やっぱり、男4人のピクニックというのは、少々目立つようだ。 しかも一応士官候補生だから、みな、がっしりとした体つきをしている。 ・・・一人をのぞいて。 「どう見ても白雪姫と3人の巨人だな」 と、変なことを言ってベルゲングリューンが笑う。 それが聞こえたのか、どうか。ミッターマイヤーが足を止める。 「どうした?」 「オスカー、ほら、そこ・・・鳥が鳴いてる」 ミッターマイヤーがさりげなく呼んだ、ロイエンタールのファースト・ネーム。 今まで、そんな風に呼ばれたことがなかった。 両親が彼の名前を呼ぶときは、呪詛を込めて呼んだ。 「オスカー、お前は生まれてこなければよかったのだ・・・・」 使用人たちが彼をそう呼ぶとき、同情がそこには含まれていた。 「かわいそうなオスカーおぼっちゃま・・・」 「ほら、オスカーあそこ」 「・・・どうしたの、オスカー?」 ミッターマイヤーが彼の名を呼ぶとき、なぜだろう? 心の中に、あの、薄墨色の桜の木が・・・・・・。 「オスカー?」 気がつくと、ミッターマイヤーがロイエンタールをのぞき込んでいる。 「いや、何でもない・・・ウォルフ」 ロイエンタールは蜂蜜色の髪をくしゃ、とかき回す。 「先輩を呼び捨てするのは感心しないな」 「いつもはなにも言わないくせに」 ミッターマイヤーが頬をぷぅ、とふくらませる。 ビューローは正直言って、自分の見たものが信じられなかった。 あのロイエンタールが笑っている。 瞳には、いつもの皮肉以外の光が宿っている。 そして、ミッターマイヤーが、人目もはばからずにロイエンタールに甘えている・・・。 「おまえがうらやましいな」 ベルゲングリューンが、ビューローに携帯用飲料をわたしながら言う。 「うらやましい?おれが?」 「あの二人」 「ああ。おれにはけしてあんな顔をしてくれないのにな」 「だが、お前の前でなければ、二人ともあんな風には振る舞わないだろうな。きっと」 「え?」 「いや、あのちびはそうだろうな、と思っていた。だが、ロイエンタールまでとは思ってもみなかった」 「なにが?」 「ふたりとも、お前に甘えているんだ。だから、あんな表情でいられる」 ・・・ロイエンタールが、おれに甘える?あまり考えたくない光景だ。 ビューローは一瞬、そう思う。 ・・・しかし、ベルゲングリューンの顔は真剣だった。 「おれはロイエンタールという男を誤解しているのかもしれん。 いや、おれだけでなく、みんなが誤解しているのかもしれん」 「なにをだ?」 「つまりが、あいつもがきだってことだ」 そして、ベルゲングリューンはビューローに向かって、真剣な顔で言う。 「お前はいい幕僚長になれるよ。きっと見えないところでも自分の上司を支え続けるんだろうな。 軍務関係でも、そして、心理的な面でも」 「おまえもだろ?おれも気がつかないような心の動きが、お前には見えるらしいから」 「二人で同じ人物を支えていくか?」 「機会があればな」 「きっとくるさ、そういう機会が」 二人は、顔を見合わせて、頷いた。もしかしたら、かなわぬ願いかもしれないが。 ミッターマイヤーは、ロイエンタールを手で招いた。 「なんだ?」 「いいから、来て」 少し甘えるような言い方に、苦笑しながらロイエンタールが従う。 二人は少し露に濡れたツユクサの上に座る。 「ツユクサって、白い布なら染まるんだ。知ってた?」 「いや、しらん。・・・お前の家は造園業と染物屋と、両方やっているのか?」 「いや」 「よく知っているな」 「ムッターが教えてくれた」 そう言いながら、ミッターマイヤーはツユクサを摘む。・・・小さな花束ができる。 それを、ミッターマイヤーはロイエンタールに渡す。 「ほら」 「おれにか?・・・女みたいなことを考えるんだな」 「いいから、取って」 ロイエンタールはツユクサの花束を取り、よく見ようと顔に近づける。 「・・・ほら!」 突然、ミッターマイヤーが大きな声を出す。ロイエンタールが驚いたように、眉を少し上げる。 「なにを大声を出す?」 「今みたいに、もう一度、して」 「・・・こうか?どうした?」 「オスカー、ツユクサがあなたの瞳も染めてる・・・両方とも、きれいな青だ・・・」 「・・・・・・」 ロイエンタールは、驚いたような表情をする。 「急に、なにを言い出す?」 「ううん・・・」 ミッターマイヤーは首を振る。 「やっぱり、やめた」 「なにを?」 「その瞳を気にしているかな?と思ったんだ・・・でも、それがないあなたはあなたじゃないって、よくわかった」 「・・・本当におかしなことを言うな」 ロイエンタールはミッターマイヤーの頬をなでる。 「そんなこと言われると、おれはまたおかしくなる。やめてくれ・・・・・・」 「いいかげん、ふたりでいちゃいちゃするのはやめろ!」 ビューローが、半分本気で、半分はわざと、怒ったような声で言う。 あわてて、ミッターマイヤーがロイエンタールから離れる。その仕草がかわいい。 「メシだ。たくさん、食べきれないほど持ってきた。だが、一つ問題がある」 ベルゲングリューンがわざと尊大に言う。 そして、ゆっくりとバスケットを開ける・・・・・・。 「うわ。サンドイッチがぐしゃぐしゃだ・・・」 ミッターマイヤーが情けない声を出す。 「これ、おれの詰め方が悪かったから?」 「そうだ。責任を取って、お前には倍の食料を片づけてもらう」 「・・・手伝ってくれる?ロイエンタール」 「いやだ」 ロイエンタールが笑って言う。 「お前一人でがんばれ。援軍は当分は来ない」 「この、ぐちゃぐちゃになった分しか食べちゃいけないの?」 「そうだ。上官の命令は絶対だぞ」 ビューローまでが、ミッターマイヤーをからかうように言う。 そして、蜂蜜色の髪をかき回す。 「そんなにして慰められても、ぜんぜん嬉しくない・・・」 ミッターマイヤーが、半分べそをかいたような声で言う。 その甘えたような言い方がなぜか嬉しいビューローであった。 士官学校は若葉の時代。 やがて、しっかりとした葉が生まれ、枝が伸び、若木は大きな木となる。 そして、ビューローたちが若木となり、巣立つ日が近づいてきた |