君影草

士官学校の中庭に、たくさんのスズランが咲いた。

「オスカー、見て!」
いつものように、ミッターマイヤーがあわただしくロイエンタールの部屋へと入ってくる。
士官学校の生徒は多いが、この部屋にこうも遠慮なく入ってくるのは彼だけだ。
「ノックぐらいしたらどうだ、ウォルフ」
と、一応釘を刺すロイエンタール。
二人は一応先輩後輩の関係なので、礼儀だけは忘れるな、と口を酸っぱくしていっているのだが。
「いいじゃない」
とミッターマイヤーは気にする風でもない。
「それより、見て。中庭にいっぱいだったからつんできた」
両手に抱えるほどのスズランを見て、ロイエンタールが苦笑する。
どうしてこいつは女のように花が好きなのだ?
「スズランか」
「そうだよ。きれいでしょ?」
部屋いっぱいにスズランの香りが広がる。

ロイエンタールは入学したときからずっと一人部屋だった。
最初はルームメイトがいた。
しかし、ロイエンタールと同室になって、うまくいく人間というのはまずいない。
一人かわり、二人かわり、気がつくと二人用の広い部屋に、一人で暮らすことになってしまった。
まあ、ほとんど使わない部屋だからそれもいい、とロイエンタールの方も考えていた。

そして、ミッターマイヤーはこの部屋が気に入っている。

「ねえ、部屋に飾らない?」
そういいながら、ミッターマイヤーはきれいな形のグラスを次々とテーブルの上に置いていく。
本当は、一輪ざしでもあればいいのだが。
「香りはきれいだし、かわいいし。
・・・あ、そういえばオスカー、スズランには別の名前があるの、知ってる?」
そう言いながら、スズランをグラスにさしていく。
「いや、しらん。Lily of the valleyというやつか?」
「違うよ。・・・君影草って言うんだ」
「ほう?」
「恋しい人の面影をしのぶ花なんだって」
「お前にそういう恋人がいたかな?」
「知らないよ・・・オスカーにはいるんじゃない?」
「面影をしのぶ暇がない」
「・・・あ、そなの・・・」
意味がわかったのか、少し赤くなるミッターマイヤー。
それを、ロイエンタールは好ましいものに思う。


スズランをビンにいけているミッターマイヤーの動きが止まる。
・・・後ろから、ロイエンタールが抱きしめている。
「・・・なに?くすぐったいよ」
「しのんでほしいのなら、そう言ったらどうだ?」
「だれが?」
「素直じゃないな」
「あなただって」

スズランが、ミッターマイヤーの手から離れ、床に散らばる。
むせぶような香りが、部屋に充満する。


「ミューゲの日って知ってる?」
・・・ややあって、ミッターマイヤーがスズランを拾って、ロイエンタールに渡す。
「ミューゲの日?」
「うん。その日にスズランをもらった人は幸せになれるんだって。
・・・あと、女性が男性にその日にスズランを送ると、自分の気持ちを告白することになるんだって」
「・・・本当に、お前は女みたいだな。そんなことだけはよく知っている」
「・・・はい、オスカー」
ミッターマイヤーが微笑みながら、ロイエンタールにスズランの花を渡す。
「今日はミューゲの日じゃないけれど、あげる」
ロイエンタールはミッターマイヤーの小さな手からスズランを受け取る。
そして、少々意地の悪い笑顔で言う。
「で。これは愛の告白か?それともおれに幸せをくれるつもりか?」


・・・答えは期待していなかった。
いつものように「ばか!」と、顔を赤くしながらつぶやくだけかと思っていた。
しかし。
「・・・両方」
そうつぶやいたきり、ミッターマイヤーはうつむいてしまった。


スズランの花言葉は、「純潔」「幸福が訪れる」そして、「意識ない美しさ」


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ミューゲの日は5月1日です。
士官学校の中庭にスズランが咲くのか?という疑問は考えないように(^.^;
裏にUPした小説の一部改訂版です。