(1) 「え?回避だって?」 ミッターマイヤーのその問いに、彼の妻エヴァンゼリンがちょっぴり寂しそうにつぶやく。 「そうなんですの。パウルさんが、ここで無理させても行けないので、とおっしゃって・・・」 二人の話題になっているのは、ミッターマイヤーと同じ名前を持つ今年のダービー馬、ウォルフ・デア・シュトルムのことだ。 この名馬(馬は名馬だ、あくまで馬は・・・)が、なんと今年前半のドリームレース、オーディン記念に出馬しない、というのだ。 (もったいない!) とミッターマイヤーは思う。 オーディン記念。 ファン投票の結果選出された馬が出場する、競馬のオールスター戦だ。 自分の持ち馬を出したい!と思っても、なかなか出せるものではない。 ・・・ミッターマイヤーも自分の持ち馬を一応登録してはいるが、 「まあ、五分五分ですね」 と、調教師の先生に言われている。 ダービー馬なら、無条件で出場できるであろうに。 「もったいない!!」 と、またまた口の中でつぶやくミッターマイヤー。 あの馬だったら、きっと古馬とも戦えると思う。まだ若い馬だが、それなりの実力もある。何よりも、自分と同じ名前の馬が伝統のレースに出る、と言うことが嬉しくもある。しかし。それが馬主の意向なら、仕方がない。 (くそ!!“あの”オーベルシュタインのせいだ!) と、心の中でごちるミッターマイヤーである。けしてそうではないのだが・・・。 そして。海鷲。 「ビッテンフェルト提督は最近はいかがですか?」 ミュラーがウィスキーの水割りを作りながら聞く。なにを聞いているかといえば、もちろん競馬のことだ。ミッターマイヤーの影響か、最近は提督方の間で競馬がブームである。特にビギナーズラックで高配当の馬券を当てたビッテンフェルトとミュラーの動向には、みなが注目している。 「ん?ああ、まあまあだな」 そう言ってグラスを傾けるビッテンフェルト。実はあのあとも一人でせっせと馬券を買い、少〜しプラスかな?くらいの成績である。 「プラスならそれだけで満足していい」 と、少々苦戦気味のルッツなどは言うのだが、ビッテンフェルトはあの高額馬券を当てたときの喜びが忘れられない。 そして、毎週、暇があれば中毒のように競馬場に通っている。 「そう言えば、ミッターマイヤー提督の部下の方々も最近競馬を始められたようですよ」 「ふん、ミッターマイヤーの影響だな」 「特にバイエルライン提督などはミッターマイヤー提督の持ち馬の馬券はすべて買っていらっしゃるとか」 「あいつらしいじゃないか。あいつにしてみれば、ミッターマイヤーは神か天使か、と言うところだろうからな」 「意外とビューロー提督あたりが高額馬券を買われている、と言う噂ですよ。 何でも、最近奥方が会員制のスポーツジムに通い出されたとかで、その資金はビューロー提督が当てられた馬券の配当金から出ているとか」 ・・・さすがは、フォーカス・ミュラー。 そういう裏の話題についてはほぼ正確な情報が彼の手元には入る。 馬券関係の情報についてはまだまだ、現在情報網を構築中、という段階だが。 「では、次のレースの時に誘ってみるか。まあ、知らない仲ではないからな」 ビッテンフェルトが楽しそうに笑う。 そして、次の日。ミッターマイヤーの執務室。 ビッテンフェルトがにこにこしながら、思いっきりドアを開ける。 「おい!・・・」 「ミッターマイヤー閣下はロイエンタール閣下の執務室です!」 ビッテンフェルトの顔を見るが早いか、不機嫌そうな顔でバイエルラインが言う。 「なんだあいつら、こりもせずいちゃついているのか?」 その言い方がよほどバイエルラインの気にさわったらしい。 「公務です!」 そう吐き捨てるように言うバイエルライン。 上官に対する配慮とか、そう言うものはすでに彼の頭から消えている。 まあまあ、とビューローがバイエルラインをなだめるようにする。 「・・・申し訳ありません。もう2時間も閣下が帰ってこられないので ・・・その、こちらの事務処理にも差し支えが・・・」 「事務処理なら、ミッターマイヤーよりもお前達お方がずっと能率よくできるだろうに?」 「はあ・・・しかし、仕事が手につかないものもおりまして・・・」 見るだけでよくわかる、とビッテンフェルトはため息をつく。 そして同情するようにビューローに言う。 「お前さん、本当に苦労性だな・・・」 「もう慣れました」 「で、なんで2時間もミッターマイヤーは帰ってこないのか?そんなに大事な公務なのか?」 「・・・わたしの口からは申せません」 「・・・つまり、職務放棄か」 「いえ、ロイエンタール閣下の執務室におられることはわかっております。ただ・・・」 「・・・もういい、何となくわかったような気がする」 「きっと閣下のご推察の通りかと思います・・・」 ビッテンフェルトは、もう一度バイエルラインの方を向く。 そして、ビューローの耳元でひそひそ声でつぶやく。 「・・・あいつ、知ってるのか?」 「知っているなら、今頃卒倒していると思います」 「・・・なるほどな」 二人して、盛大にため息をつく。 「・・・毎日こんなだと、ストレスがたまるだろう?」 「いえ、それなりに処理しておりますから」 「そうかそうか。では今度の日曜日、おれのストレス解消に寄与してくれ」 「はあ?」 「一緒に競馬に行こう」 「はあ・・・しかし、今度の日曜日はミッターマイヤー閣下の馬は出ませんが」 「あいつの馬は関係ない。おれはお前と馬券哲学を熱く語りたいんだ!」 「馬券哲学・・・ですか?」 ビューローは正直言ってとまどった。 哲学?ギャンブルにそんなものがあるのか? 自分はただ、直感で買っているだけなのだ。それも少額を、つつましく。 それが、先日の400万馬券からどうもおかしいのだ。 できれば、もう手を引きたい。 そして彼の愛すべき上司のように、できれば見る方に徹したいのだが・・・。 上官のお誘いを断るわけにはいくまい。 「わかりました。おつきあいします」 「よし!ならさっそく馬券検討だ!」 喜ぶビッテンフェルト。しかし。 「勤務時間だろう?」 と、後ろで声がする。聞き慣れた声。 「あ、ミッターマイヤー・・・用事は済んだのか?」 「ああ、とうの昔にな。で、ビッテンフェルト。今度の日曜日競馬に行くのか?」 「ああ。ビッグレースがあるからな」 「ちょうどいい、おれも行くからまた馬主専用席に行くか?」 「卿も行くのか?持ち馬は出ないのだろう?」 「それがな、有力馬が出走回避したので出ることになった。さっき連絡があった」 「おお!なら一緒に行こう!」 ミッターマイヤーと一緒に、馬主専用席で購入したときが一番もうけが多い。 ・・・今回も、それを期待したビッテンフェルトであった。 「・・・しかし、ミッターマイヤー、今までくロイエンタールの執務室で、なにをしていたんだ?」 「・・・内緒」 そう言うと、ミッターマイヤーは小さく笑う。 その笑顔を見て、一瞬天国への門をたたいてしまった哀れな犠牲者が一名・・・。 オーベルシュタインの馬が回避したので、自分の馬が出走できる。 ・・・何となく複雑な思いのミッターマイヤーではあった。 |
宝塚記念も終わりました。春のG1も終わり、いよいよ新馬戦、夏競馬。
新しい馬券も発売されています。
・・・しかし!帝国競馬はまだまだ熱い・・・少しの間、おつきあいを。