(2) そして、日曜日。 例によって、馬主専用席に提督方はそろっている。 「・・・うん、みんなちゃんと正装だな」 ミッターマイヤーが安心したように言う。 「どうしたんだ?いつもはそんなに気にしないのに」 と、いぶかしがるワーレン。ロイエンタールがそれに応える。 「知らないのか?ワーレン。前回の開催の時に馬主席を取材しようとした記者が断られたんだ」 「なんだと!それは報道の自由の侵害ではないか!」 いつになく怒るのは、なぜかビッテンフェルトである。 「違いますよ、ビッテンフェルト提督。彼らは服装の規定違反だったんです」 ミュラーがなだめるように言う。 「規定違反?」 「つまり、彼らはTシャツにジャケット、もしくはジーンズというラフな格好で来たために取材拒否されたのですよ。競馬というのは、つまり、大人の紳士淑女のための社交場でもあるのです」 とミュラー。さすが自分も取材するだけ?あって、そういうことには詳しい。 「ふん、そんな難しいことはどうでもいい。楽しんで、もうければそれが一番だ、そうだろう?」 「・・・もしかして、それが卿の競馬哲学か?」 「まあ、これもおれの哲学のうちの一つだな」 と嬉しそうに語るビッテンフェルト。 「競馬は勝ち負けも楽しいが、なんといっても血のスポーツだ。自分の好きだった馬の子どもや、孫や、子孫達が活躍している、その血のつながりが好きだな」 とは、ミッターマイヤーの一言だ。 「では、卿が馬券を買うときはなにを重要視しているんだ?」 「・・・おれは、おれの馬の馬券しか買わないんだ。知っていたか?」 「この前はオーベルシュタインの馬を買っていたな」 ロイエンタールがからかうように言う。 「・・・ああ、たまにはそういうこともあるさ」 ミッターマイヤーは、しかし、その皮肉に笑顔で応える。 「馬はみんな、馬主のものじゃない。それぞれに命があって、それぞれ一生懸命に生きているんだ。馬主のためじゃない。自分のために、だ」 「そう言うのは、一般のファンからは嫌われるんだぞ」 オールド・ファンのルッツが口を挟む。 「結局ギャンブルだからな。馬券を買うとき、馬のことよりも自分のもうけのことを考えるファンや馬主が多いのも事実だ」 「それでいいじゃないか。それぞれで」 「そうだな、それでいいじゃないか。それぞれの楽しみ方で」 ワーレンとルッツが同時に頷く。 「おれは当たったら嬉しい。それが少額でも。大金が当たるともっと嬉しい。単純だからな」 ビッテンフェルトがすっかり気に入ってしまった競馬場の定番ソースかつをほおばりながら言う。 「大きな声で応援し、当たったら大声で喜ぶ、それがおれの主義だ」 ・・・前回400万馬券を当てながら、しっかり小声で喜び、それ以来黙っている3人が思わず同時に肩をすくめる。 「で、卿の競馬哲学とはなんだ?ぜひ聞きたいな」 ・・・話題を変えようと、さりげなくミッターマイヤーが言う。 「先日ビューローに話していただろう?」 「ああ。あれか?・・・おれは、もう前売りで馬券を買うのはやめた」 「ほう?」 「当日、目を見て買うことにした。馬の気持ちを読みとりながら買う」 「・・・・・・ほう」 らしくないことを言うビッテンフェルトに、他の提督方が思わず手を止めて話に聞き入っている。 「馬の気持ち、か」 ミッターマイヤーがかみしめるように言う。 「それが一番だろうな・・・」 「でもな、結局は思いつきだ!!ははは!!」 ビッテンフェルトが豪快に笑う。 「考えてもきりがないからな。楽しんで、興奮して、当たったときも、当たらなかったときも、大声で、だ!」 「で、それで行くとおれの馬はどうだ?」 「お前の馬?どれだ?」 「今回は旗艦シリーズの馬だ・・・あそこだ。パーツィバルだ」 ミッターマイヤーが指さした方を、提督方全員が見る。 そこにいたのは、少々小柄だが、美しい筋肉質の馬だ。 「・・・光ってるじゃないか」 ルッツが瞳を藤色に染めながらつぶやく。どうやら、何かをこの馬に感じたらしい。 「いい毛並みですね」 自分の旗艦と同じ名の馬をいとおしむように、ミュラーがつぶやく。 「・・・ほう」 と一言だけ言って、そのまま黙ってしまったのはロイエンタールだ。 「本来ならば出ることができなかったんだ。しかし、“あの”オーベルシュタインの馬が出走回避したので、出ることができた。・・・エヴァが、オーベルシュタインには一応お礼かたがた連絡したらしいが」 「オーベルシュタインに譲ってもらったわけだな」 意地悪くロイエンタールが言う。 「そうなるな・・・しかし、そのことはもうとやかく言うまい。とにかく全力を尽くして走ってくれれば、それでいい」 「馬はなんと言ってる?ビッテンフェルト」 ワーレンがからかうように言う。ビッテンフェルトはしばらく馬を双眼鏡で見ていたが、やがてつぶやくように言う。 「あの馬の複勝を買うぞ」 「え?」 「勝つことは無理かもしれんが・・・瞳が違うぞ、お前の馬」 「そうか?」 「ああ、おれはあの馬の・・・なんて名前だったっけ?」 「パーツィバルだ。ミュラーの旗艦と同じ名前」 「そう、パーツィバルのあの瞳を信じることにする」 「ありがとう、ビッテンフェルト」 「いや、あの馬のためだ、お前のためじゃない」 そう言うと、ビッテンフェルトは食べ残しのソースかつを一口でほおばった。 |
しまった!ビューローさんとの競馬談義がまだ始まっていない・・・。
まあいいか。みんなで熱く競馬を語ってしまったから・・・。