(4) ファンファーレが鳴り、いよいよスタートだ。 ガシャ!と音がして、ゲートが上がる。 一斉に馬が飛び出す。 ミッターマイヤーの持ち馬パーツィバルは、勢いよく飛び出す。 たちまちトップに躍り出る。 「お、おい、いいのか?」 少しばかり競馬に詳しい(自称)ワーレンが心配そうに言う。 「逃げを討って、途中でつぶれないか?」 「大丈夫だろう・・・」 ちょっと心配なミッターマイヤーである。 「どうして前に出たのですか?」 まだまだ初心者バイエルラインに、ミッターマイヤーが優しく?説明する。 「このレースはみんな同じ条件で走るんだが、牝馬と3歳の馬だけは少し有利にできているんだ。他の馬よりも2キロ少ない重量で走れる」 「なんですか?その重量というのは」 「このレースは定量と言って、騎手といろいろな付属品をつけたときの重さがみんな一緒になるように調整してレースに出るんだ。騎手は自分の体重と、鞍の重さとそれにおもりを身体につける」 「それでみんな同じ重さになるんですね」 「そうだ。しかし、このレースはまだ若い3歳馬と力の弱い牝馬だけは少し軽くなるんだ。その分有利になると言うことだな」 「2キロも大きいですね」 「ああ、大きい。パーツィバルは、だから、その有利な条件を生かして早めに前に出ようとしているんだ」 「過去、このレースで逃げ馬が勝ったこともあるしな、わからんぞ」 と言うのは、ファーレンハイト。 ちなみに彼はパーツィバル中心に3連復の馬券を数点買っている。 当たれば、確実に60万馬券近く行くものばかり、当然目の色も変わろうというものだ。 「しかし、ミッターマイヤー・・・他の馬もついてきているぞ」 「ああ、なかなか作戦通りには行かないものだな。一番人気の馬も好位置につけているようだし。・・・まあいい。無事であれば・・・」 「なあ、ロイエンタール」 と、聞くのはワーレンである。 「ミッターマイヤーはどうしてああも『無事』と言うことにこだわるのだ?」 「ああ、あれはな・・・あいつが初めて自分の馬を持って、初めてのレースの日だ」 ミッターマイヤーはエヴァとロイエンタールを伴い、初めての競馬場におもむいた。 彼が初めて持った馬は、血統的にもなかなかの、素質馬だった。 そして、期待にそぐわず、一着!エヴァと、ロイエンタールと、手を取り合って喜んだ。 ・・・その同じレースで、ある馬が骨折をした。 ミッターマイヤーは、自分の横で青ざめて馬を見ている紳士に気がついた。 彼は、決断を促され、調教師に向かってかみしめるように言った。 「・・・楽にしてやってください」 競走馬の足は「ガラスの足」と呼ばれるほど、もろい。骨折することもしばしばだ。 そして、最もひどい骨折の場合、その馬には「死」が待っている。 「3本足では、馬は、自分の体重を支えられないからな。骨折は死を意味している」 「それは知っている・・・なるほどな」 「あいつは、自分の馬にはそういう運命を味あわせたくないらしい」 「では、どうして勝てない馬まで所有するんだ?維持費も大変だろうに」 「あいつが牧場で買うのは、あいつに話しかけてくる馬なんだそうだぞ・・・子どもみたいなことを言う奴だからな」 「わかるな、でも。ミッターマイヤーらしい」 レースは後半に入る。 前半のリードを生かし、提督方の期待を乗せて、パーツィバルが疾走する。 その後ろから、一番人気の馬が迫る。 「がんばれ・・・残れ、残れ・・・」 ビッテンフェルトの応援にも力が入る。 「いけ!」 いつもの10倍のお金を馬券に費やしてしまったバイエルラインが、大きな声で叫ぶ。 ミッターマイヤーはなにも言わず、ただただ拳を握りしめ、じっとターフを見ている。 その横でロイエンタールが、ミッターマイヤーとパーツィバルを交互に見ている。 「・・・ウォルフ?」 「ん?なんだ?」 「少しは力を抜け・・・大丈夫だ。無事帰ってくる。そうしたら、一緒に激励に行くぞ」 「ああ」 ミッターマイヤーの顔に、笑みが戻る。 そして最終コーナー。 パーツィバルはまだ粘っている。 しかし、最後の直線で本命の馬と、もう一頭、実績のある馬に抜かれる。 そのまま、ゴール! 「・・・3着だ」 ほっと力が抜けたような声で、ミッターマイヤーがつぶやく。 「入着だ、おめでとう、ウォルフ」 ロイエンタールが右手を差し出す。その手をミッターマイヤーが握り返す。 「ありがとう、オスカー」 お互い、呼び名が二人きりの時のものになっていることなど、気がついていない。 ビッテンフェルトとバイエルラインは、自分の馬券を見つめる。 「・・・3着・・・複勝が当たった!」 「やりました!」 一攫千金をを夢見て3連復に手を出し、結局負けてしまったファーレンハイトは、それでもさばさばした顔をしている。 「・・・まあいいか」 そしてすかさず足元を見る。・・・誰か、あたり馬券を間違えて捨ててはいないだろうか? その手で先日は高額あたり馬券を手にしたのだ。 ・・・しかし、さすがに馬主専用席。そう言うことをするあわて者はいなかった。 「この馬券は記念に取っておく」 ミッターマイヤーはそう宣言し、ファーレンハイトを少々悔しがらせる。 しかし、複勝を1帝国マルク分、そうたいしたもうけではないな、と思い直す。 「そうだ、うちの馬の入賞を祝して、今夜は海鷲で騒ぐか」 ・・・と、こっちの宣言には 「もちろんおごりだろうな!」 としっかり確認する。 「もちろんだ」 「よし、ならおれも行こう!」 ・・・ちゃっかりしているファーレンハイトである。 そして、誰もいなくなった競馬場。 ミッターマイヤーはロイエンタールと、馬房に向かう。 そこでは、パーツィバルが、戦い終わった身体を休めていた。 「よくがんばったな」 そういうと、ミッターマイヤーは、パーツィバルの好物の角砂糖を取り出す。 そしてたてがみをなでてやる・・・。しかし、その手が、止まる。 「・・・パーツィバル?」 ミッターマイヤーが見ると・・・パーツィバルの大きな瞳に、涙が浮かんでいた。 馬が、悔しがって泣く。 それはミッターマイヤーの見間違いだったかもしれない。しかし。 「お前が無事に帰ってきてくれたのが、一番嬉しいよ・・・次もがんばろうな」 優しくそういうと、ミッターマイヤーはパーツィバルのたてがみをなでる。 パーツィバルが、ミッターマイヤーにそっと顔を近づける。そして、頬に顔をつける。 「おい!ミッターマイヤー!早く来いよ」 「お前が来ないと始まらないんだからな、主役!!」 「ああ、今行く!」 そういうと、ミッターマイヤーはパーツィバルから離れる。 「じゃあな。しっかり疲れをいやせよ」 ・・・パーツィバルは、一声いななくと、ミッターマイヤーにお尻を向ける。 秋には、もう一回り大きくなっているだろう。 競馬は、ロマンと夢のスポーツ。 あなたの、そして、わたしの夢を乗せて、馬が走る。 |
大レースに負け、悔し涙を流す馬のエピソードは、競馬ファンの間では結構有名な実話です。 さて、春のG1が終わりました。しかし、これからは新馬戦の季節。 新馬券もいよいよ発売ですし、まだまだこのシリーズ、続く・・・かもしれません。 |