(3) 「馬の瞳を見る」 ビッテンフェルトはそう言った。 では、とみんなで馬の瞳を見ることにする。すると、おもしろいことがわかる。 確かに、一頭一頭の馬の瞳は違う。 楽しそうな瞳、無理をしてるんじゃないか?と思わせる瞳。 走りたい馬、走りたくない馬。 生きるために走る馬。 生きるためには、勝たねばならない。・・・そのことは、馬にはわかるのだろうか? ・・・たかが馬、と思ってはいけない。 馬にも感情があり、理性がある。 それがわかる故に、ミッターマイヤーは馬を買う。 みんな大事な子ども達だ・・・勝てなくても、いいではないか。 「みんな無事で帰ってきてほしいだけなのに・・・」 ミッターマイヤーが独り言のように言う。 「それだけを望んでいる馬主は少ないんだろうなぁ・・・おれは、贅沢なんだろうか?」 「結局は経済動物だからな、勝てば生き残る、負ければそれまでだ」 ロイエンタールが、こちらも独り言のように言う。 「しかし、馬主に無条件に愛されている馬は、きっと馬主を愛してくれていると思う」 「ロイ・・・それ、おれのことか?」 「お前が愛さないものなどないだろう?お前はそう言う奴だからな」 それだけ言うと、ロイエンタールはパドックに目を移す。 「・・・きざ野郎」 ミッターマイヤーは小さく笑って、ロイエンタールの横顔を見る。 「なあ、ビューロー」 ソースカツを平らげ、今度はまたまた競馬場の定番、焼きそばをほおばりながら ビッテンフェルトが言う。 「なんでしょうか?」 「あの二人・・・最近親密度が増していないか?」 「二人?・・・ああ、ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督ですか?」 「そうだ。昔から、あいつら、そうだったか?」 「そうだったでしょう?」 「そうかなぁ?」 「・・・ただ・・・年齢をつまれて、なんだかだんだん人目をはばからなくなられたような気もしますが・・・そう思うのはわたしだけでしょうか?」 「ああ・・・いや、おれもそういう気がする・・・・・・」 「そのうち、堂々とキスの一つでもやってしまいそうで、正直いって心配しています・・・・・・あ、いや、あくまで親愛のキスですが」 「おれもそう思う・・・あいつ、かわいそうにな・・・」 ビッテンフェルトの視線の先にはバイエルラインがいる。 バイエルラインは、新品の双眼鏡でパドックを見ている。 そこには、敬愛するミッターマイヤー閣下の馬がいる。 バイエルラインは競馬を始めて以来、ずっとミッターマイヤーの馬ばかりを買っている。 もちろん少額ずつではあるが。 ・・・それで、気がついたことがある。 ミッターマイヤーの馬を追いかけていると、馬券的にはおいしいものが全くないのだ。 金に任せて、血統的に言い馬を買い求めるタイプの馬主ではない。 でも、それがまた閣下らしい・・・と、ひとり考えにふけるバイエルライン。 考えにふけるあまり、一桁違う所のマークシートを塗ってしまったことに気がつかない。 「ほう・・・卿にしては思い切った勝負に出たな、バイエルライン」 閣下の声だ! 「は、はい!閣下の馬を買わせていただきます!」 「しかし、これでは金額が多すぎないか?」 言われてバイエルラインは手元のマークシートを見・・・自分の間違いに気がつく。 (しまった!消しゴムは・・・) そう考えていると、 「よかったな、ミッターマイヤー、こんなに上官思いの部下を持って」 と、ロイエンタールが少々皮肉の混じった声で言う。 「お前の馬もこれだけ買ってもらえると、きっと本望だろう」 「は、はい!そうなんです!」 「・・・無理しなくてもいいのだぞ、バイエルライン」 「いえ、小官はけして無理はしておりません!小官は閣下の馬を信じております!!」 「そうか・・・すまないな、バイエルライン。おれの馬がもっと勝てればいいのだがな」 「いえ、閣下の馬はすべてすばらしい馬ですっ!!」 ・・・まわりの提督方がくすくす笑っていることも、ビューローが例によって頭を抱えていることもバイエルラインは知らない、いや、見ようとしない。 (あまりからかうなよ) ロイエンタールの耳元でミッターマイヤーがささやく。 (いいではないか。あいつもいい人生勉強だ) ロイエンタールがささやき返す。 (それに、お前は常々あの青二才を『次期宇宙艦隊司令長官』と持ち上げているだろう? そのくらいの才覚のある男が、このくらいでめげていてどうする?) (まあ、それもそうだけど・・・) ・・・二人の、この、耳元でささやきあう姿を見て、バイエルラインがまたまたまたまた嫉妬?に狂ったのは言うまでもない。 そして、いよいよレースが始まろうとしている。 ターフ(芝のコース)に現れた出走馬は、さすが大舞台、堂々としている。 ミッターマイヤーの馬パーツィバルもけして負けてはいない。 「・・・どの馬を買った?」 ビッテンフェルトがビューローに聞く。 「閣下と同じ馬です」 ビューローが応える。 「おれと同じ馬?ならミッターマイヤーの馬か・・・なぜだ?お前の上官だからか?」 「違います。閣下がおっしゃったでしょう?瞳が違うと」 「ああ」 「わたしもそう思ったからです」 「そうか・・・」 「ミッターマイヤー閣下の馬は、みんな、同じような瞳をしているのですよ」 「・・・勝てないのだろう?あまり強くない馬ばかりだと聞いたぞ」 「あれは、馬主に信頼されている、愛されていると感じている馬の瞳なんです」 「そうなのか?」 「はい・・・わたしはそう思っています。だから、どの馬もがんばるのですよ」 「ああ、そうか」 ビッテンフェルトはわかったように頷く。 「せっかくの大舞台だ。がんばってきてほしいな」 「はい、そうですね」 「・・・で、お前の馬券哲学は?ビューロー提督」 「わたしの、ですか?そうですね・・・」 少し考えて、ビューローが応える。 「ただのカンです」 ファンファーレが鳴り、出走馬がゲートインする。 ・・・ミッターマイヤーの手が、緊張しているのか、少し震える。 ・・・そのとき。パーツィバルがちらりとこちらを見たような気がした。 「・・・ばんがれよ!負けてもいいから、ちゃんと帰ってこいよ」 小さく、しかし、力強く、ミッターマイヤーがもう一度つぶやく。 |