ミッターマイヤー家の休日

  (1)

久しぶり、本当に久しぶりの休日だ。
ミッターマイヤーが起きたときには、もうお日様は高く昇っていた。

「ファーター!!今日は遊園地に行く約束でしょ?」
末娘のマリーテレーゼが、まるで起きるのを見計らったかのように部屋へ飛び込んでくる。
「おはよう、マリテレーゼ・・・いつそんな約束をしたっけな?」
「忘れたの?この前のお休みの時よ」
そう言うことも言ったな、ミッターマイヤーは思い出す。
そう言えばこの前の休みの時、みんなで遊園地に行く約束をしていた。
しかし、そのときは、急な公務が入り、約束を反故にしたのだった。
「じゃ、行こうか」
「やった!」
笑顔をみせマリテレーゼは寝室を飛び出していく。
(笑顔がエヴァに似てきたな)とミッターマイヤーは思う。
「ムッター!ムッター!お弁当作って!遊園地に行くんだって!!」
「そう、よかったわね、マリテレーゼ」
そう言うエヴァは、すでにお弁当を包み始めている。フェリックスがコーヒーをポットに入れ、
フレイアとヨハネスはおそろいのリュックに荷物を入れている。
「・・・みんな、おれが起きるのを待っていたという訳か」
ちょっぴり苦笑し、ミッターマイヤーはシャワーを浴びに行く。
そのあと、するべきことがある。

「・・・と言うわけだ。だいじょうぶか?」
電話の相手はビューローである。
遊園地に行くのはいいが、気になることは多い。
一番気になるのはテロの心配だ。
特に家族と一緒となると、ミッターマイヤーもいろいろと考えざるを得ない。
そこで、ビューローへの連絡となる。
「大丈夫ですよ、閣下。こちらでもこの休日の行動パターンをいくつか考えています。
遊園地はどちらに?」
「フェザーン・ドリームワールドに行こうと思っている」
「あそこなら、様々な警備体制がとれます。ご安心ください」
「ああ、まかせた」
「では、後ほど遊園地で」
ビューローが敬礼すると、ミッターマイヤーも返す形で敬礼をする。そして苦笑。
(まただ・・・もう軍人ではないのにな)
何年たっても、軍人以外の自分になかなか慣れない。

クロゼットの中には、実は、まだ軍服が掛かっている。
先日、久しぶりに袖を通して、一回り小さくなっている自分に気がついた。
・・・年を取ったせいだけではあるまい。
軍人である自分に、まだ未練があるのか。
(自分で選んだ道だろう?今更何を言ってるんだ?
それとも、お前はそんなに人殺しが好きなのか?ウォルフガング・ミッターマイヤー)
と、鏡の中の自分に向かってひとりごちてみる。
・・・休暇になると、ふと、こういう思いにとらわれるのはいつものことだ。

通信が切れると、ビューローは一つため息をつく。
そして、ケスラーに今の通信の内容を即座に伝える。
「・・・卿も大変だな」
ケスラーが同情するように言う。
「・・・本当に大変なのはミッターマイヤー閣下ですから」
ビューローのその言葉に、ケスラーはうなずく。
「ミッターマイヤー元帥には・・・いや、
国務尚書には、あまりにも多くのものを背負っていただいているからな・・・」
むろん、それを「いやだ」と言ったことも、
また、自分の重荷が表に見えるように振る舞ったこともないミッターマイヤーである。
しかし、まわりはそれを知りすぎるほど知っているし、
それゆえ、時として表れるミッターマイヤーの子どものような振る舞いも許容しているのだった。
そうでもしないと、彼の精神が崩壊を起こしてしまうかもしれない
・・・そこまではなかろう、と思いつつ、
いささかミッターマイヤーに危うげなものを感じているケスラーとビューローである。

エヴァンゼリンが用意したのは、ファミリーの定番、親子ペアルック。
ちょっと考え、ミッターマイヤーは、シャツだけを同じものにする。
炎天下のお出かけ故、色素の薄い瞳を保護するためと、
一応プライベートであることを強調するためのサングラスは欠かせない。
「別人みたいだね、ウォルフ」
フェリックスがこう言うと、ミッターマイヤーはちょっと警戒するような顔になる。

自分とロイエンタールのことを告げた日から、フェリックスは少し変わった。
自分のことをときおり「ウォルフ」と呼ぶようになった。
えてして、それはミッターマイヤーに甘えたいときなのだが。
その甘えるような言い方が、もういない親友を思い出させることがある。

最近はフレイアもそれをまねして、時々父親のことを「ウォルフ」と呼ぶ。
「だって、こう呼ぶと恋人になったみたいで、何となく嬉しいの」
自ら「宇宙一のファザコン」を自称するフレイアである。

子どもたちも、いつまでも無邪気なままではいられない・・・。
自分はどうなのだ?

ミッターマイヤーは小さく首を振る。
家庭に仕事を持ち込みたくない。今日は父親として楽しもうと思う。

遊園地までは国務省差し回しの地上車を利用する。これは警備する人間に配慮してのことだ。
「やっぱり絶叫マシーンは定番だよね」
そう言いながら今日の戦略を立てるヨハネス。
遊園地のかなり効率よい攻略ルートが完成しつつある。
「あん、マリテレーゼはメリーゴーランド乗りたいわ」
「うん、わかってるって。だから、ここでこうくる」
「じゃ、次はバイキングよね」
「ジェットコースターは制覇したいな」
「じゃ、お弁当はこの芝生だ」
・・・そこでミッターマイヤーが口を挟む。
「いや、そこはやめておこう」(そこの芝生広場では、狙撃される危険性がある・・・)
「こっちの花畑の前だといいだろう?」
フェリックスが、まるでミッターマイヤーの心を読んだかのように、比較的安全な場所を示す。
「ここ、きれいよね。ここにしよう!」
マリテレーゼの一言で、昼食場所が決まる。

・・・もちろん、地上車の会話はすべてビューローたちが聞いている。
そして、即座に本日の警備計画が綿密に立てられる。

BGM:フレデリック・ショパン ワルツ4番 op.34-3 (「ネコのワルツ」)

(2)へ      

novelへ

830番キリリク、ミッターマイヤー家の一日です。
休暇の日の、良きパパぶりを書こうと思ったのに、なぜにこんなに
暗い思考にとらわれなければならないのだ、国務尚書閣下・・・。
ま、続きでファミリーパパさせようっと(^^ゞ